第4話 若き新星と古き英雄の戦い

二人は程なくしてギルドの裏手にある高さ十数メートルありそうなドワーフの"錬成術"で作られた【修練所】に向かった。

修練所内は非番の冒険者が訓練をしていたり、熟練の冒険者らしき人物達が若い冒険者達に講習を行っていたりと様々な様子が伺える。


エルとフォルシュは修練所内に立て掛けられている武具庫からそれぞれ木剣を持ってきて、ある程度開けた場所で対峙する。


「好きなタイミングで来ていいぞ」


「行きますッ!」


ファルシュは力強く踏み込み、握りしめた木剣で素早い振り下ろしを放つ。それに対してエルは半歩下がることによって難なく初撃を避ける。


「やっぱ初撃は当たらないっすよねぇ!ハッァ!」


初撃は空を斬ることになったが即座に体勢を整え、二擊三擊と斬り下げ斬り上げ突き技と次々に止まることなく、エルに向かって攻撃の手を繰り出す。


エルは斬り上げ下げに対して服と木剣が触れ合うほんの少しの間を空けて避け切り、突き技に関しては、ワックスを塗っているのか?と言わんばかりの滑らかなさでフォルシュの木剣を絡め取り彼の身体ごと弾き飛ばす。


「おうおう、良い気概じゃねぇか!だが声だけじゃ俺に剣は当てれねぇぞ?」


「言われなくとも!」


フォルシュはエルの激に感化される様に体内の魔力を練り合わせその身に透明な鎧【闘気】を纏うことによって自身の身体能力を向上させる。



【闘気】それは近接戦闘を行う者たちとは切っても切り離せない技法である。


人は生まれながらにして二つの力を有している。それは【魔術回路】と【闘気回路】である。

"魔術回路"とはその名の通り、魔術を発動するのに必要な素質であるのだが、ここは説明を省こう。


闘気とは体内で練り合わせ、身体強化に重きを置いた魔力技法のひとつ。


闘気回路とは魔術回路が体外に魔力を放出するのを得意とするのに対し、闘気回路はその逆、

闘気を体内で循環させ練り合わせた魔力によって身体を強化することにより、ただの人では立ち向かえない屈強な魔物達と戦うことを可能にしてくれる技なのだ。


フォルシュはその"闘気"を全身に纏うことによって身体能力の向上、並びに並大抵の刃物を弾く事が出来る耐久性を授けてくれる【闘鎧気バトルアーマー】という高位の闘気技法を用いてエルへと急接近する。

闘鎧気バトルアーマーにより強化されたフォルシュは素早く、そして先程よりも数倍の膂力をもって駆け出し、鋭い一閃を振りかざす。


「ハッ!」


力加減、手首のひねり、肘の角度、重心の位置、剣の傾け具合、そのどれもがフォルシュの中でに型にハマった。


対峙するエルさんは脱力した状態で軽く木剣を構えているだけ、コレなら初めて一本取る事が出来る!

はずなのに、どうしようも無い不安と恐怖が心の内でじわじわと滲み出てくる。

エルトリアに一閃を見舞う一瞬、手の握りがほんの少し、緩んでしまった。

それはほんと些細な緩み、指先で角砂糖を摘む程度の力の緩み。だがそんな力の緩みが、完璧に型にハマっていたフォルシュの一撃を足元から瓦解させる。


クソッ気圧されてしまった!一度体勢を整えたいけど、もう剣は振りかざしてしまっている。ならばこのまま振り切る!


「ハァァァァッ!」


握りが緩み全体のバランスが崩れたとしても、その一撃は、名声を得る為の切符を手にしている者に相応しい鋭き一閃である。



だが、そんな一撃に対応してくるのがエルトリアという人物。


「前も言ったぜ?剣を振るう時は臆する事無く、心を無にしろってなッ!」


フォルシュの振りかざした木剣の重心位置となる部分に自身の剣を当て、一度引くことによってフォルシュの剣のエネルギーを利用し、彼の木剣を弾き飛ばす。

そこで丸裸になった土手っ腹にフォルシュの一撃とは隔絶された極限まで無駄を省いた一閃を見舞う。


「ヴッッガハッッ!」


"闘鎧気バトルアーマー"を纏っていたとは言え、エルの一閃をまともにみぞおちに食らったフォルシュは悶絶している。


「スマン、スマン、あまりにも絶好の一撃タイミングだったからつい力加減ミスったわ」


「うぅぅぅぅ、闘気無しの素の膂力と.....はぁ、技術だけで.....闘鎧気バトルアーマー纏っててこんな重い一撃.....かよ.....。バケモン過ぎるッスよ.....エルさん.....」


「人をバケモン呼ばわりすんな、お前さんも数十年と生きてりゃこんぐらい軽々と出来るようなる。それでギブアップするか?」



あぁ遠い、とてつもなく遠い、のらりくらり酒場や修練所に現れては消える不思議で酒中毒な老人のくせに、いざこうも対峙すると手足が震え、攻める糸口を一切見つける事が出来ない、多分エルさんはこの街最強の剣士だ。


後、十数年はこの人に勝つビジョンが浮かば無い。もうとっとと降参して早めの昼食取りてぇ〜だが!それで良いのか自分?敵わないから諦めるのか?いいや、挑むね!なんせ壁は斬り飛ばしてなんぼの剣士道だろうがッ!


このまま弱い心に負けてしまいそうな己に激を飛ばし、吹き飛ばされた木剣を拾い直して再度、構える。


「はっはっふぅ。よし、息も整ったし、セカンドマッチ行来ますよ、エルさん!」


「良いじゃないの!そんでこそ剣士よ!さァ俺に一撃見舞うことは出来るかな?」


「絶ッッッッ対一撃入れる!ハァァァァ!」


再度立ち上がったフォルシュは見るも止まらぬ連撃と攻撃の数々を繰り出すが、そのほとんどを避けるまたは木剣で軽々と弾かれてしまう。

それからもフォルシュは巧みに攻撃の手を休ませず奮闘したが、エルに一撃も入れることは叶わずにとうとう力尽きてしまった。


「はぁ、はぁ、あぁクソッ一撃ぐらい、受けてくれたって、いいじゃないですか」


「阿呆、お前みたいなペーペーの斬撃を受けるわけないだろ」


「俺自惚れじゃないですけど、これでもBランクの中じゃ強い方なんッスよ?」


「あぁお前の言う通り、B確かに目を見張る程に強い。だが、お前は良くも悪くも攻めに愚直すぎる。もう少し一歩下がった立ち回りをしろ、それと小手先の技を覚えた方がいい。例えばこれとかな」


ファルが瞬きをすると数メートル離れていたはずのエルが


「うわっ!?」


突如自身の目の前に現れたエルに驚き、尻もちを着いてしまう。

ファルは一度もエルの姿から目を離していなかった、それなのに気づいたら自身の目の前にエルが立っていたのだ。

彼からしたら不思議でしかない、おとぎ話に出てくる様な魔法を使ったと言われた方がまだ納得出来る話だ。


「えっ、全くもって認識出来なかった.....転移魔術でも使いましたか?」


「戯け、そんなわけないだろ。これは【縮地】という歩法の一種だ。生物は誰しも一定の呼吸リズムがある。強者であればあるほど、呼吸のリズムを無意識に意識して相手と対峙している。それに対して相手の認識をずらす技だ」


「それどうやってるんですか?ただの歩法技術だけで相手の認識をすり抜けるって相当えぐいことしてますよ?」


「方法としてはわざと自身の呼吸リズムを崩し、踏み出しの際に重心を僅かにずらすことによって、相手の認識から外れることができる。特に近接戦闘に長けている奴ほど、無意識に相手の呼吸を意識してるからな。これがめっちゃ刺さるんだわ」


フォルシュからしたら理解不能な桁外れた技術を実戦され、それを実行しろと言われても無理な話である。


「えぇ.....それ簡単そうに言いますけどそもそも自身の呼吸リズムの把握なんて普通はできないッスよ。それって普段、無意識にしている呼吸のリズムを踏み出す際にずらすってことでしょ?絶対一瞬だけずらすとか無理だわ〜」


エルは簡単そうに言うが、そもそも呼吸のリズムを把握しようと意識すればするほど、リズムは崩れてしまう。自然体の呼吸リズムを把握しなければこの技は完全しない。

それに実際は自身の呼吸リズムを把握出来たとしても、一瞬だけずらすことなど、長い修練の果てにやっと可能にするレベルに難しい技法だ。


【縮地】を習得した者でも、踏み出す際に

「フッ」という呼気が一瞬漏れてしまう。エルのように完全に予備動作もなく踏み出せるのは極わずかな実力者だけだ。


「はぁ、これを習得しろとは言わんが踏み出しの際に重心をズラしたり、効果的なフェイントを入れるぐらいには覚えた方がいいぞ。そしたら極々少数の可能性で、俺に一撃を入れれる事が可能になるかも知れん」


「フェイント系の技術を得てもそんな天文学的な可能性かよッ!まぁ、エルさんみたいなことはできないですけど、もう少し小手先の技をできるよう努力しますよ」


「おう、その意気だ。向上することを忘れ、現状に満足していては衰退だけが待っとるからな。それじゃ昼飯行くぞ、稽古代としてお前が奢れ」


「えぇ!エルさんそれなりに持ってるんですから自分で払ってくださいよ。俺別でエルさんに酒奢る約束したじゃないっすか。それに装備の買い替えで今スッカラカンなんスよ?」


「お前がEランクの頃、レッドリザードから助けてやって、冒険者のイロハを教えってやったのは誰だったかなぁ〜?」


エルは修練所内に響き渡るように大声で発し、周りからは笑い声が吹き出る。


「あぁ分かりましたから!そんな大越で言わないでくださいよ!俺が恩を仇で返すクズみたいに噂されるじゃないですか」


「わかったならとっとと昼飯食いに行くぞ」


それから一行は修練所からギルドへ戻り、受付とは離れた奥に併設されている酒場へと向かう。

まだお昼には早い時間ということもあってか、酒場には少数の冒険者しかいない。エル達は適当にテーブル席へ座り、各々食べたいものを頼む。



店主マスターブルゴーニュ産のワインとアクアパッツァ一つ」


「俺は水と瞬撃猪ストライクボアのステーキで」


「あいよ、ちょいと待ちな」


朝食でハチミツ酒を飲んでいたにも関わらず、またしてもエルはお酒を頼んだようだ。


「エルさん昼から酒ってキツくないっすか?なんかあった時動きにくくなりますよ」


「瓶で飲むわけじゃねぇし、グラス一杯飲む程度じゃ酔うに酔えねぇよ。ま、飯来るまで時間あるんだ、先に飲むか?」


そう言いエルは"空間拡張"の魔術が込められた魔導袋マジックバックからひょうたん酒を取り出す。


「ほんとエルさんは酒豪ッスね。俺なんか飲んだ後は注意力が散漫しちゃって有事の際に動けなくなりますよ。それと酒は夜だけって決めてるんで遠慮しときます」


「俺が酒豪なんじゃなくてお前が弱過ぎるんだよ。飲まないなら俺だけでも飲むわ」


エルは自前のグラスに酒を移し、一人で飲む。フォルは、エルがいつも飲んでいるひょうたん酒が気になり、料理が来るまでの話題として質問した。


「て言うかエルさんいつもそのひょうたん酒飲んでますよね?なんかお気に入りなんですか?」


「まぁ....なんだ。昔、旅をしていた頃の思い出の味ってやつだ」


「うわっ.....なんかいつものエルさんよりカッコよく見える」


「馬鹿野郎、いつもかっこいいエルさんだろ?」


「えぇ、エルさんって酒飲みの物知り爺さんってイメージが強すぎますよ。だって隠居してもう長いんでしょ?俺とか一部の冒険者はエルさんにシゴかれてますから強いって知ってますけど、それ以外だとだいたいそんなイメージッスよ?」


ファルシュと雑談を交わしていると、人が少ないこともあってか店主直々に湯気が立ちのぼる料理を運んで来た。


「待たせたな。ワインとお冷、アクアパッツァと瞬撃猪ストライクボアのステーキだ」


「それじゃ食うか」


「そうっすね、先に食いましょう。俺エルさんとの稽古で腹ぺこッスよ」


運ばれきた料理を受け取り各々食べ始め、フォルシュが護衛で向かった森王国について会話に花を咲かせていると、突如としてギルドの扉が空け放たれ、一人の少女が現るのであった。



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