第3話 冒険者組合そして修練の時間


エルが見上げる先は、ここ酒都ブルゴーニュの冒険者達が集まる冒険者組合ギルドである。

数十人は人が入れそうな大きさを持ちながら二階建てであり、他の建物とは片目で見たとしてもここが何か違うものというのがわかるだろう。

それに加え建物を覆う白磁の塗装は【耐火】【耐魔】【耐物】性能を向上させる特殊な顔料でコーティングしており、非常時が起きた際には避難所となる様な設計を施されている。



冒険者組合ギルドの扉を潜ると朝のピーク時を過ぎたこともあってか、ギルド内部は閑散としている。


「ちょっと待ってくださいエルさん!」


ギルド併設の修練場に行って、非番の冒険者の指導でもしてやろうかと思い踵を返そうと思いきや、ギルド内部の酒場からこちらを大きく手を振り大声を発する黒髪の青年の姿が目に映った。



「っとと、改めてエルさんお久しぶりッス!」


「おぉ随分の間見ないと思ったら、ファルシュじゃねえか久しいな」


俺に声をかけてきたのはBランク冒険者のファルシュ、黒髪に茶目っ気のある童顔の青年だ。

彼との出会いは遡ること数年前、彼がまだ新米冒険者だった頃に少し世話を焼いたことがきっかけで、それ以来拾われた犬よろしくと言わんばかりに少し鬱陶しい程に慕ってくれている冒険者の一人だ。


「最近見なかったが、長期の依頼でも行ってたのか?」

「そうなんですよ!商隊の護衛依頼で森王国の方まで行って来たんで、すんごい長旅でしたよ!」


「これまた遠くまで行ったもんだなぁ、直通か?それとも迂回?」

「今回はッスね。いやぁたまには国外冒険もいいッスねぇ!」


森王国とは正式名称【カルダモン森王国】と呼ばれるエルフが主体の国家であり、酒都ブルゴーニュの西にある【アトルの森】と呼ばれる魔物が蔓延る大森林を越えた先にある隣国だ。

特出すべき点は国の六割が森林地帯という森に覆われた国であり果実酒が有名でエルが一度訪れたいと考えている国の一つだ。


今回彼が述べた直通ルートとは大森林の一部を開拓することによって今までかかった日数の半分程度までに短縮することが可能になったのだ!

今までは、大森林の外側を迂回するしか方法が無かったのだが、数十年前程に森王国からインフェリア王国の方に『"大賢者"から力を借りる目処が経ったので森を開拓しないか?』という申し入れがあった。


フェリア王国側としても森王国が大賢者に貸しを作るというリスクを背負ってまでの提案ならば、飲まざる負えないという事で"奇跡"とも言える大賢者ので、森の一部にフェリア王国と森王国を繋ぐ一直線の交通路ができたのである。


大幅な時間短縮に成功したとは言え、元は強力な魔物が跋扈する森を無理やり引き裂いたものだ。通常の迂回ルートに比べて頻繁に魔物が襲撃し、運が悪ければ、一般冒険者の一番の鬼門と言えるB級の魔物が出る事もある程に危険だ。

故にこのルートを使うほとんどの者が冒険者か、商人達であり、そんなルートの護衛依頼を完遂仕切れる彼のパーティーの実力の高さが伺える。


「俺に声かけたのは挨拶だけか?それなら俺はもう修練所に向かおうと思ってるんだが」


「ちょちょ待ってくださいよ!俺、エルさんに相談したいことがあったからわざわざ止めたんッスよ」


「おいおい深刻そうな顔して唐突にどうした?何を悩んでる?」


「最近、俺のパーティー内で話題になってるんすけど、近々迷宮国で行われる数年ぶりのAランク昇格試験を受けようって話になってるんッスよ」


「へぇ、あの【レッドリザード】に小突かれて逃げ回ってたガキンチョがもうAランクとはねぇ」


それは昔、彼とファルシュを引き合わせた事件の話、その記憶すら懐かしみを感じるのだから時と言うのは残酷である。


「いやいや、それを言うのは無しッスよ!俺だって今なら一人で.....うーん.....まぁパーティーならばね?レッドリザードの一匹や二匹倒して見せますよ!」


「おぉそうかそうか、なら心配も無さそうだな。ほんじゃ俺は修練所の方行くからまたな〜」


「いや待ってくださいよぉぉぉぉぉぉ!」


「ったく、そんなでけぇ声出さなくても聴こえるわ。俺はそこまでジジィじゃねぇぞ?」


「そりゃエルさんは年寄りにしては大人気おとなげないですし、稽古の時に割と躊躇なく木剣振って来ますし、なんなら俺エルさんに奢りはしますけど奢られたことないですか――」


奢りの話が出た瞬間、現役引退した者とは思えぬ素早さで、フォルシュの頭を自身の五指でしっかりと万力の握力で掴み、彼を持ち上げる。


「痛イ痛イ痛イぃぃぃぃ!だってエルさんケチんぼなの事実――チョ更ニ力ヲ込メルノヤメテクダサイヨ!!」


「うん?なんか言ったか?お前さんが良ければ六時間連続無休実戦稽古をしてやってもいいんだぞ?」


「スミマセンスミマセン!次オレ酒奢リマスカラソノ御手ヲ離シテイタダケナイデショウカ」


「ま、それで手打ちだな。そんで本題は?何が心配なんだ?」


降ろされたフォルシュは押さえられた頭部をさすりながら語り始める。


「それがAランク試験受けるにあたって俺の実力が足りて無いように感じるンッスよ!そりゃあヒーラー兼魔術師をこなしてくれてる"ケミィ"はその対応力の高さから、パーティーの中で一番昇格の可能性が高いし、戦士の"カタロフ"も盾役タンクをこなしながら時には、敵に大打撃を与えれる火力の持ち主だし、狩人の"カレン"に至ってはその類まれな狙撃能力を持ちながら剣鉈による近接戦闘も得意なんッスよ!俺なんてただの指示飛ばすだけのカカシッスよ?」


フォルシュは周りの成長の早さを感じ不安になっているようだ。

ただアイツの言う司令塔指示飛ばすだけのカカシがパーティーに重要なんだがな。


「そりゃAランクってのは上位冒険者ハイ・ランカーと呼ばれ、英雄に成りうる可能性持った冒険者達だけにその名を冠することを許されたクラスと言うのは重々承知してます。、冒険者として最大の線引きであり、最大の関門であることは理解してます。

それでも!それでも俺はエルさんの様なカッコイイ冒険者になりたいんですッ!」


言い切ったな、コイツ。ただの一般人で終わるのでは無く、華々しく名声を一身に見に受ける存在になりたいと―――――。

ここで追い返してやってもいいが、男の覚悟を馬鹿にするほど俺も腐っちゃいねぇ。

ここは仕方がないな、たまには稽古を付けてやるのも一興だ。


「ま、ってことで、このままだと俺だけBランクという一番気まずい最悪の事態を免れたいので稽古つけてください!」



ったく、なんやかんや最後が緩いのがコイツの良いとも悪いとも言えるとこなんだが、コイツの良い部分として見ておくとしよう。


「ったく、仕方ないやつだな。さっさと修練所行くぞ、俺と打ち合って直々に稽古してやるよ」


「ありがとうございます!」


彼は満面の笑みでエルにお礼を言うのだった。


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