第5話 少女到来、募る苛立ち
バタンッ、勢い良く木製の扉が開かれた。開け放たれたその扉から、堂々とした佇まいで入ってきたのは金色の髪をツインアップで結び、宝石かと見間違うような美しい翡翠色の瞳をしたエルフの少女であった。
「ここに"エルトリア"と呼ばれる人物はいる?」
突然現れたエルフの少女は、ギルド全体に響き渡るように大声で問いただすが、ギルド内は恐ろしいまでに静まり返ってしまう。
皆、薄々感じ取っているのだ、ギルドに堂々と入り込んで大声で尋ね人を探す様な人物が、めんどくさいことを抱えていない訳が無いと――――
「どうするんですか?ここいらで有名なエルトリアって名前エルさんぐらいだと思うんですけど――っ!?」
その問いに対しての答えと言わんばかりに、素早い拳が振り下ろされた。唐突に降ってきた拳骨にファルシュが反応できるはずも無く、無防備にゲンコツを受けてしまった。
「お前は黙っとけ、面倒事に絡まれたくなきゃなぁ空気に徹するってのも大事なことだ。ありゃあ確実に厄介事の臭いがする、お前より長く生きた俺としての直感だ」
「だとしてもゲンコツはないでしょ!?これ腫れますよ。ほんともう少し手心を加えることを覚えた方がいいッスよ!?」
「そんだけ無駄口吐く余裕あるなら大丈夫だろ」
エルにゲンコツを打たれ不貞腐れながら愚痴を吐くファルシュに対し、呆れながらアクアパッツァとワインを堪能するエル。
唐突にやってきたエルフの少女は、ギルド内の冒険者達を組まなく見渡し、一瞬の逡巡後、ずかずかとエル達がいる酒場へと迷い無く向かって来る。
そんな彼女に対し、エル達は限りなく素知らぬふりをしていたが徒労に終わりそうだ。
向かって来る彼女を見たエルの感想としては、少女と言うには大人びており、大人というには少し落ち着きがないそんな様子だ。
「ねぇ、貴方が六大英雄が一人【幻狼の翁】エルトリアなのでしょ?」
彼女は迷いもなくそれが"真実"だと言わんばかりの自信に満ち溢れた表情でエルに問いただす。
その問いにフォルシュは目をパチクリさせて驚き、そして笑い声を漏らした。
「ッッハハハハッ!エルフのお嬢さん、確かにエルさんはエルトリアって名前だけど、あの大英雄な訳ないッスよ。だってあの戦争から百年以上たってるんだ。エルトリアという名前は、
そう、彼が言うように【エルトリア】という名前は別にそう珍しいものでは無い、ある地方では聖人の名前にあやかって子供の名前に同じ名付けにすることがあるらしいが、それと同じように戦争終結後は大英雄にあやかって【エルトリア】という名前が溢れ返り、今ではオーソドックスな名前のひとつになっている。
「いや、そんなわけないわ!その特徴的なひょうたん酒、長い髪をひとつ結びにしているところ、そして何より腰に指している刀!年老いてはいるけど、貴方なんでしょ?」
彼女は人差し指でエルを指し、特徴的な点を上げてゆくがフォルシュが反論する。
「そりゃあ、エルさんは変わった酒を良く飲んでいるけど、エルさんは引退した元Aランク冒険者だぜ?刀を使うやつは少ないが、別にとことん珍しいという訳でもないだろう?」
「ちょっと外野は黙ってて!」
フォルシュの弁明は彼女の一言で切り伏せられてしまう。
「ちょっ!?外野って一応エルさんの代わりに弁明してるだけなのに、その言いようはないぜ.....」
そんなフォルシュを無視してエルフの少女はエルに問いただす。
「ねぇ、貴方なんでしょう?お願い、力を貸してほしいの。カルディナ叔母様を救うのに貴方の力が必要不可欠なの、だからどうか力を貸して!」
いくら無視ししても何度も、真剣な眼差しで訴えかけてくる少女にエルはとうとう食事の手を止め彼女に声をかけた。
彼は呆れながら、少女に説き伏せるように説明する。
「はぁ、そもそもどうやって俺があの大英雄だと思った?あの戦争から百二十年たってるんだ、アンタが探している大英雄様なんてとっくに死んでるかもしれないだろう?」
そんなエルの否定に対し、意気揚々とサイドポーチから首飾り風に作り込まれた金の鈴を取り出した。
「ふふん!それなら確証はあるわ、カルディナ叔母様から【共鳴の鈴】を預かっているの。この鈴は確かに貴方を指し示しているわ。これが確証よ」
彼女が指し示した金色の鈴は、僅かにチリンチリンと優しい音色奏で震えている。
ちっ、こりゃあ悪い意味で当たりだな。音は鳴ってねぇが、俺の"鈴"が震えてやがる。まさかカティの姪っ子が突っ込んで来るとは予想外だ。
エルが抱いていた悪い予感は見事的中する。彼女が出した人物の名前は、かつて第二次魔神戦争で共に戦場を駆け抜けた仲間の一人、魔導の開拓者と呼ばれ、エルフの【大賢者】とまで称された"カルディナ・ハープティ"と呼ばれる人物であった。
彼女が取り出した【共鳴の鈴】とは魔神戦争の最中、仲間同士の居場所が分かるようにとカルディナが制作したお手製の魔導具だ。
【共鳴の鈴】はパスを繋いだ鈴同士が近づけば近づく程に強く鳴る仕組みだ。
エルはそれを自己流で改造しており、彼のは鈴の音が極力鳴らないようにしており、その代わりに強く震えるようになっている。
プライドの高いあの若作りババアが人に助けを求めるだって?それもわざわざ自分の姪っ子を使ってまで?
有り得ねぇ。ま、どうせ今更俺らは相容れねぇンだ、関わる必要なんて無い。適当に流せばその内、勝手に諦めてくれるだろ。
そう目処を立てたエルは彼女の質問をはぐらかす。
「はぁ、それがどうした?見ず知らずの俺にそんな説明をされてもさっぱり分からねぇ。アンタが確信を抱いているその魔導具が故障してるんじゃないか?」
エルはあくまでも自分は他人だと飄々とした態度で偽り通す。
「なんで知らないフリをするの?貴方の大切な昔の仲間でしょ?叔母様は【
彼女は切羽詰まった様子でエルを説得してくる。エルはそんな彼女に対し、欠けら程興味が無い装いを保っているが、その内は彼女が発した病名に驚いている。
(まさか"木樹病"とはこれまた厄介な病気にかかりやがったな、あの若作りババア)
木呪病とは【マンドレイク】と呼ばれる植物魔物からごく稀に感染する病気であり、感染すると身体から魔力が徐々に失われ、足先から樹木のようにしわがれ変質し、最終的には全身が本物の樹木へと変貌する恐ろしい病気のことだ。
この病気自体そもそも発症例が少ない影響で治療薬の開発が進んでおらず、希少な素材から調合される治療薬しかないのだ。
それ故に求める素材の要求難易度は高く、下手をすればAランクに指定されかねない素材まであると言われている。
それを鑑みれば彼女一人では到底素材を集めきることは不可能だろう。
最低でもAランク上位の冒険者、あるいはSランクの実力があるものでないと厳しいとしか言えない。
そんな状況で叔母のかつての仲間であり、大英雄と呼ばれた彼に頼るのは最良の選択だと言えるだろう。
だがエルは関わらない、関わりたくない。かつての仲間達とは半ば喧嘩別れに近く、今更合わせる顔もないし、あったところでまた喧嘩になるだけだ。
エルとしては出来れば昔の仲間を助けたいし、力を貸したい。だがそれは無理な話だ。
無駄にプライドだけがデカくなった自分達では出会ってしまえば因縁を掘り返した結果、最悪の場合、殺し合いに発展しかねない。
あの時、喧嘩別れで済んだだけ儲けモンだとエルは考えている。
「アンタがどれだけ頼もうが俺には知ったこっちゃねぇ。急に現れて見ず知らずの人間を救えってのが無理な話だ」
「嘘!貴方で間違いない。なんで無視するの?」
「だから俺じゃねぇ」
「嘘!」
「違う」
「嘘よ!」
「本当のことだ、何度言えばわかる?」
「貴方が本人だわ!」
「
何度も諦めず言い返してくる少女に苛立ち、ついついギロリと軽い殺気を込めて睨みつけてしまった。
「ッ!?」
睨みつけられた少女は一瞬怯んでしまい、後ろに一歩下がってしまうがそれでも踏みとどまって臆せずエルを睨み返した。
「は、度胸だけはいっちょ前か。まぁどれだけ頼もうが俺は関わらねぇよ」
「は!?何よ!人を小馬鹿にした言い方して! 私は本気で貴方にお願いしているのよ?それに対して最低限の態度ってもんがあるでしょう!もういいわ、私一人で何とかするから」
「あぁ、そうしてくれ、俺は見ず知らずの他人に力を貸す程お人好しじゃないんだ」
彼女はどれだけ頼もうとも姿勢を変えず、挙句の果てには小馬鹿にされたことに激怒し、足早にギルドを去っていってしまった。
突如現れた少女に一時は、皆そちらに視線を向けていたが彼女が去っていく様子を見るや否や、いつも通りのギルドの姿へと戻った。
「あ〜あ、行っちゃましたッスけど彼女。良かったんですか?だいぶ困っている様子でしたけど」
「いいんだよ、俺は誰彼構わずお節介を焼くタチじゃあない。逆に聞くが、お前は討伐対象不確定、予想難易度Sランク、報酬未定の
それを聞き、フォルシュはなぜエルが頑なにも断ったのか納得してしまう。
「いや、さすがに遠慮しますね。対象が分からなければ、対応するのに現場判断しないといけないから危険度が上がりますし、受けるとしても報酬が未確定では旨みがない。と言うか、そもそもSランクの魔物と殺り合う実力ないッスからね、俺」
「まっそういうことだ。俺もそんな爆弾抱える余裕はねぇよ」
軽くフォルシュと言葉を交わし、食事を再開する。
エルはすっかり冷めきったアクアパッツァをフォークで刺して口へ放り込み、咀嚼してワインで胃の中へと流し込む。
ここの店主の味はそこらの店よりも確実に美味いはずなのだが全く味をしない、それどころかワインですらまともに味わえず苛立ちが募る。
まるで、泥水啜ってまで無心で刀を振り続けたあの頃見たいで気分が悪くなる。
「けっ、これじゃあ酒も飯も不味くてしゃあねぇ。フォル、昼からも稽古をつけてやる。飯食い終わったら修練所行く準備しとけ」
その発言にフォルシュは嬉々として喜ぶ。
「えっ昼からもつけてくれるんですか!いやぁエルさんって結構あちこち出かけるタイプだから、てっきり午前中までかと思いましたよ」
「
ファルシュはブルンッと背筋が凍る様な違和感を覚えたが気のせいだろうと特に気にしなかった。
この後絶望するとは知らずに―――――。
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