第18話 酒の酔いと共に現れた風来坊


日が落ちきり外は闇夜に閉ざされ、店内の客層も入れ替わった頃。店の暖簾のれんがなびき、これまた新たなお客が姿を表す。

訪れた彼は旅人らしき装いを身にまとっており、麦わら帽子に荒んだマントとボサったい衣装に身を包み込んでいる。


そんな彼は、店内を見渡してから今にも酔い潰れそうなエルフの少女へと目を向けるや否や、心配気な――あるいは面白い物を見つけたかのような――表情を浮かべ、カウンター席へと腰を下ろし、声を発した。


「あらあら、可愛いお嬢さんがそんなに飲んじゃってどうしたんだい?」


「誰よォ私に話かけるのは〜?げふぅ」


話しかけるは、謎の旅人。


風来坊よろしく粗野な格好に見えるが、その姿には粗野な風貌は無く、彼が放つ雰囲気なのか、それとも一見粗野に見えても彼の身に着ける物に価値あるためか、それは判然とはしないが人の良さそうな顔をしているのは確かだ。


彼は煙管キセルを吹かし、カッカッカッと快活の良い笑い声をあげる。


「おぉ、これまたすごい酒の臭いだ。いい歳した乙女がこんなところで飲み過ぎるものじゃないぜ?」


突然現れ、説教垂れたことを言う風来坊にルミィはアルコールによって赤熱した顔に、怒気を含んだ声色で彼に言い返した。


「うるしゃいわねぇ〜あんたなんかに、わたしの悩みがわかってたまるもんか。そもそもアンタ、私と知り合いなわけでもないでしょうが!」


思いの外に彼女が強く言い返してくるタチの人物とは予想していなかったのか、その顔は驚きと楽しげな表情をごっちゃ混ぜにした不思議な顔をしている。


「あらら、これは手厳しい。まぁ、見ず知らずの風来坊が酒場で乙女に話しかけると言うのも変な話しか.......」



(からかうつもりでいたが、強く言われちまってなんか冷めたな。よし、たまには相談に乗ってやるとしますか)


彼女にたしなめられた彼は、ふざける気も無くなったのか落ち着いた声音で彼女に話しかける。


「まぁ、別に他意がある訳じゃないさ、ただ酔い潰れる程に悩むとは、相当追い詰めているのではないかと気になってね。

それにこれもなにかの縁だ。君の悩みを聞かしてくれはしないかい?心の内に抱え込むよりかは、酒の勢いと共に吐き出した方が楽なこともあるだろうさ。」


優しげに彼は語りかけて来るが、どこの世界に口調は優しくとも何処ぞの馬の骨か分からぬ、

ナンパ師に自身のアイデンティティにも関わる悩みを告げなければいけないのだろうか。


どう考えたって『貴方に話すことは無い、席を離れてくれ。』たったこの一言で一蹴してしまえばそれで得体の知れぬナンパ師ともお終いだ。


だが何故だろう。彼になら話してもいい気がする。心のどこかで彼に対する安堵を覚えているのは何故なのだろう?

優しく包み込んでくれる母の様な温もりを抱えつつ、身を委ねたくなる父の様な暖かみを彼に感じる。


彼は信用に足る人物なのか思考を描きめぐらせたが、固まった答えは脳裏に浮かばない。

本来見ず知らずの風来坊など拒絶した方がいいのだろう。

だが、彼の言うように時には酒の勢いと共に吐き出すことも大事なのは事実だ。

あぁやはり、お酒はいい物だが時に重要な場面に限って邪魔をしてくる。もう考えがまとまらないのならいっその事、吐いてしまおう。



「そうねぇ〜まぁ、たまには人に頼りゅのもいいかしら?」


「おっ、話す気になってくれたかい?」


酔いの影響で彼の顔は判然とはしないが、その目は好奇の色を浮かべ、愉快そうに彼女の話へと耳を傾ける。


「そうねぇ、私はある人物を頼るべくエルフの国から、この街にやってきたの。それでようやく彼を見つけて協力を申し込んだら、知らぬ存ぜぬと自分のことを否定するのよ。そんで挙句の果てには私に殺気を込めて!」


ドンッと木製のジョッキをテーブルに叩きつけ、彼女は怒り心頭と言わんばかりにエールを胃の奥底へと流し込む。


「ははーん、頼るべく尋ねた人物がいい返事を返してくれずその挙句、殺気を込める脅しをしてまで拒絶ねぇ。それでそれで?」


「そこでわたしは、冒険者の彼を納得させるべく魔物の討伐とか行ったのだけど.....まぁこの辺は省くわ。そんで色々あって一週間のアプローチを経て彼から《決闘》に勝利することで協力する約束に漕ぎ着けたわ。」


あの頑固者を納得させたのだと意気揚々に語る彼女だったが、途端に彼女の表情は曇り出す。


「けれど、結果は敗北。剣士として私は、あらゆるハンデと制限を受けた彼に惨敗したのよ。恥も恥でいいところよ.....。結局彼に情けまでかけられて、勝負勝ちということで協力を得られたのは良いけど.....そうじゃないのよ!」


曇り空な表情から一転、彼女は力強く語り出した。


「私は正々堂々戦って協力を得たかったのよ!あんな情け勝ちにゃんて私は認められ無いわ。だから絶っっ対あの爺さんからいつか一本取ってやるんだからぁ!」


彼女は勢いづいて譲れないプライドを吐き出すが、それはあまりにも荒唐無稽な子供の駄々の様な発言だ。

しかし、その言葉には並々ならぬ再戦への熱い意志が込められている。


そんな再戦への闘志を滾らせる彼女を目に彼は楽しそうに笑う。


「ふふ、若いってのはいいねぇ。そんだけやる気あるんだったら悩む程でも無いんじゃないかい?」


と解決へと彼の言葉を一蹴して怒気を含んだ.....いや、殺気を孕んでいるとも言える程に怒り滾った彼女が言葉を遮る。


「ち・が・う・の・よ!!」


「おぉ、これまたそんな怒ってどうした?」


「さっき話した《決闘》のことは特に思い詰めてないわ。彼に負けたことは、私の実力不足という変わりようの無い事実のことだし。」


「それじゃあなんだって言うんだい?」



「それは.....彼が私に剣の道を捨てろって言ったことよッ!」


「おぉっと怖い怖い。そう怒りなさんなって、一回エール飲んで落ち着きな。」


「ええ、しょうね。ッんゴクゴク.....はぁ、ごめんなさいね。話を続けるわ、決闘が終わって彼から協力する約束を得たのだけど、一つの条件を提示してきたわ.....『剣の道を諦め、魔術を学ぶこと』彼が言った条件よ。」


そんな怒り上戸といった様子から一変して、テーブルに身体を伏せつけ沈んだ様相へと変わる。


「あぁ彼が言うように私の剣では【上位種】と呼ばれる魔物に立ち向かえないのは事実だわ.....。」


「ふむふむ、なるほどなぁ。そりゃあ突如自分が進んで来た道を投げ出せって、急に言われても受け入れられないわな。しかも彼が求める実力の水準に達していない。

お前さんの気持ちもすごく分かるし、納得できないのも分かる。」


一拍置き、彼はおちゃらけた態度から一変して真面目な声音で、彼女に進むべき道を語りかける。


「だがな、嬢ちゃん。悩んで進む先すら見つけられず停滞してしまうなら、一歩踏み出してしまえばいい。要は『悩むなら踏み込んじまえ』ってわけよ!」


「悩むぐらいならしゅしゅむねぇ〜?」


「あぁ、そうさ。今すぐに剣の道を捨てなくとも魔術の道を歩いてみて、そこからどうするか考えればいい。寿のんびりと決めればいいさ。」


「しょうね、あなたの言うようにけんの道をあきらめなくとも、魔術を学んでみるのもあり.....か.....ZZZ」


彼女の中で悩んでいたことに「答え」が見つかったのか、憑き物が落ちたように穏やかな表情を浮かべ眠ってしまった。


「あらま、寝っちゃったか。おーい起きてる?」


頬を軽くつつくが、酒によって眠ってしまった彼女を起こすには至らないようだ。


「放っておいてもいいが.....はぁ、仕方ない。よいしょっと.....以外と重いな?こりゃあ、たわわに実る立派な果実の影響かねぇ、まま、ええわ。大将、俺と彼女のお代を頼む。」


「おお、あんちゃん持ち帰るつもりかい?アンタ優男なナリをしてながら、隅に置けないねぇ」


ニタニタと下卑た笑みを浮かべる店主に対して彼は乾いた笑みを浮かべ、そんなつもりは無いと言う。


「俺が酔った女性を持ち帰る様に見えるかい?ハハ、俺にはそんな度胸ないさ。ただ彼女を近くまで送り届けに行くだけのことよ。」


そう告げた彼は彼女をおぶりつつも、器用に財布から硬貨を取り出し店主へと渡した。


「そうかい、勘定は受け取った。気ぃつけて帰るんだぞ。」


「それじゃあ店主も達者で。ここのエールは美味かったよ。」


「おう、また近寄った時には顔を出してくれ。サービスするからな!」


風来坊はその言葉に口では返さず、手を振って伝えるのだった。




旅人と彼女が去ってから店主が小休憩をとった頃、彼の頭に一つの疑問が浮かび上がった。

あのエルフの少女は、やって来た旅人のことを確か.....と言っていたが、彼は彼女を近くまで送り着けると言って帰って行った。


なぜ、知っているのか?


些か店主の頭に不可思議な矛盾が残ったが、それも繁盛する店の忙しさもあり、頭の中から離れてゆくのであった。


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