第16話 古き情景と義理の姉

親戚の葬儀関連でちょっとメンタルやれちゃって投稿出来ずにいました。

ほんとすみませんm(_ _)m

次回からは毎週投稿に戻すよう致しますので、どうか暖かく見守っていてください。

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一人の探究者は、自身の執務室で山積みの研究書類と睨み合い、現在進行形で研究していることについてまとめるべく、レポート用紙の上でペンを走らせていた。

別に学会に発表する用では無く、個人的な研究なのだから自分が分かる程度で紙に箇条書きでまとめれば良いのだが、往年からの癖でついついレポートとして書き上げてしまう。


レポート用紙と研究状況について思考を巡らせていると彼女のエルフとしての鋭い聴覚が、トテトテと可愛らしい足音を立てながらこの部屋へ向かってくる愛しき存在の訪れを知らしてくれる。


『うんしょっと、叔母様!叔母様!』


重たげに執務室の扉を開けるのは、私の愛しい姪っ子。

凝り固まった学者としての姿を姪っ子に向けるのもあれなので、ずり落ちない様に施されたチェーン着きの眼鏡を外し、書類仕事の影響でしわよった眉間を指先でほぐして普段他人には滅多に表さない素の笑顔を姪っ子に向ける。


『なんだい?ルミナリア。』


『見てみて!私とっても可愛いお花さん見つけたんだよ!』


愛しき姪っ子が抱え込むのは、六つの花弁と垂れ下がった特徴を持つ、花を両手いっぱいに溢れんばかりと抱えていた。


『.....ふふっ、さすが私の姪っ子だ。これ程、憎々しいまでに美しい花を見つけれるのはルミィ、君しかいないよ。』


『うんうん、そうでしょ!私とっても眼がいいんだよ!』


『ほんと可愛らしい姪っ子だ。.....少し危なっかしいところはあるがな。』




それは懐かしき幼き日の記憶、そして言い表せない様ないびつな夢の記憶。


懐かしい幼き記憶の情景は、幻の如く揺らいで消え去り、目の前はどよめく暗闇に支配される。


暗闇の中で映し出されるは、おぞましき負のオーラを纏うと戦う魔術師の姿。

放たれるは多種多様、千変万化の空を埋め尽くす程の大魔術グレイトマジックの数々。

その姿はまるで一定の魔術を極めた者だけが魔術協会から名乗ることを許される魔導探求者ウィザードと呼ばれる魔を追求する探究者のようではないか。


その争いを眺めているのも束の間、目の前で繰り広げられる戦いに目を釘付けにされ、近づいて来る存在に気づかなかった私は、地面から這い出る無数の黒腕の数々に四肢を掴まれ引きずり込まれようとした瞬間、引き戻されるかのように夢の世界から意識が引き離される。




「.....はっ!?はぁ、はぁ、あれ?私、今何かに引き込まれそうになって.....」


滝の様に汗を体に滲ませ、息荒く吐息を吐き出しながら私は現実の世界へと目を覚ました。


「えっ.....起きたの?ルミィ!?ルミィィッッ!!」


眠たげな目をこすり辺りを見渡すと、ケミィがその手に持っていた濡れタオルを手から落とし、唖然とした表情で私を見るや否や、駆け足で胸元まで飛び込んで来た。


「うわっ!もう、急に抱き着かれるとビックリするわ」


「ビックリするじゃない!なんで無理したの!?分かる?貴方先週まで瀕死の重傷を負ってたのよ!私が開いた傷口から流れる血を抑えながら、いくら治癒魔術を掛けたとおもってるの!ほんと心配したんだからッ!」


飛びついて来てケミィから零れ出た言葉は、先週の傷を開かせてまで無茶をした彼女に対しての怒りと心配が篭った不安の声だった。


「えっ!あっ、そのぉ.....ごめんなさい」


咄嗟に私の口から子漏れ出たのは、動揺と謝罪の気持ちをミックスした頼りげない言葉だった。


「もう!ごめんなさいじゃないよ?ルミィ、貴方がとっても!叔母のことを大好きで、治療薬の素材を集めるためにどれだけ彼に協力して欲しいのか痛い程分かるけど、それでも貴方が死んじゃったら元も子もないでしょ!生きてなきゃ叶えたい夢だって叶えられないんだよ!?」


瞳に涙を浮かべ語る彼女の様は、聖職者が罪人に諭すように貴方は許されざる行いをしたのだと、ケミィは本気で私に説教を垂れる。


そしてケミィは、ルミナリアの安否を確かめるように深く腰に手を回して、熱い抱擁をする。


「私は、ルミィがこれからどんな人生を歩もうと文句は言わない。だけど、これからはもっと自分自身を大切にして欲しい。」


今にも掻き消えそうな子細い声で彼女はルミナリアの耳元に語りかける。


これではまるで怪我をした娘を心配する母と子のようではないか。


(私も叔母様から離れて独り立ちしたと思えば、このザマ。全く叔母様に会わせる顔もないわね。)


「ええごめんなさい、ケミィ。貴方を心配させるつもりは無かったの。ただあの時は何としてもあの爺さんを説得したくて、つい無理をしてしまったわ。」


「もう終わったあとのことだから深く追求はしないけど、次からは自分の体を大切にすること、わかった?」


「ええ、天に御座す神に誓って自身の体を大切にするわ。」


彼女が誓う約束の言葉、それはこの世界で一番信仰されている天秤教において使われる約束の言葉であり、一般的にも広く普及している誓いのフレーズのひとつだ。


そして私は彼女に自分は生きているのだと示すように強く抱き返す。


それからひとつふたつ言葉を交えてから、ここが何処であるのかケミィに尋ねてみる。


「あまり見慣れない場所なのだけど、ここは一体どこなのかしら?」


今いる部屋は簡易ベッドが等間隔に配置されており、私以外にもちらほらと人がいる。


「ここはね、修練場横に併設されている簡易医務室だよ。ルミィが倒れてから私のとこのリーダーに運んでもらって、そこから私が治療してたの。もうほんと大変だったんだからね!」


彼女はどれだけ心配していたのかを示すように、弄り気混じりの返答を私に返した。


「私を診ていてくれてありがとう、ケミィ。そういえば、私が倒れてからどれくらい時間がたったのかしら?」


「うーん、日が暮れ始めているから、だいたい半日ぐらいかな?受付まで戻れば、大時計があるから詳しく分かると思うけど.....」


私は日が暮れる程に眠っていたらしい。

軽い昏睡状態により、体感的に二、三時間程度眠っていたと感じたが、思いのほかに私は長いこと眠っていたようだ。


「私はそんなに眠ってたのね。教えてくれてありがとう。時間も夕刻を過ぎたみたいだし、あんの爺さんも心配しているだろうから私、帰るわ。」


私はベッドから起き上がり、立て掛けられていた直剣を帯刀し、部屋を出ようとすると、両手に紙袋を抱えたケミィから待ったの声がかかる。


「帰る前にこれ持って帰って!」


渡された紙袋には、中に液体が満たされた薬品らしき小瓶が数本入っている、恐らくポーションの類いだ。


「これは...何かしら?」


「ルミィが目覚める間に、私が調合した自家製の治癒ポーションだよ。外傷は治癒魔術である程度塞いだけど、体の内側はまだまだ酷い有様だと思うし、何よりルミィは血を流し過ぎ!五日分入れてると思うから朝昼晩の食後にちゃんと飲むこと、いい?」


どうやら病み上がりの私に気を使って、お手製のポーションまで用意してくれたらしい。

こんなに尽くされてしまったらケミィと呼ぶより、って呼んだ方がいいかしら?


なんてちょっとイジわるな考えが脳を過ぎるが、「そこまで歳寄りじゃありません!」って言いながら鬼の形相で怒られてしまうだろう。


(心の内で留めて置く方が良いかな。)


「そこまでしなくたっていいのに.....有難くいただくわ。」


「いいのいいの!私はなんたって、ルミィのなんだから。お大事に!」


「ええ、ありがとうケミィ。それじゃまた今度!」


ケミィに別れを告げた私は、ギルドの扉をくぐり抜け、春風が駆け抜ける夕暮れ時の街中へと駆け出してゆくのだった。

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