第15話 揺るがぬ信念は巨木すら打ち砕く


疲弊仕切った肉体を再度引き締めることによって強く大地を蹴飛ばし、深く引き絞った直剣に渦巻く風を刀身に纏わせ、エルトリアの持つ木剣を打ち砕くというたった、この一つの目的目掛け一心不乱に駆け抜ける。


「ハァァァッッッ切り裂けッ!!【一陣烈風イチジンレップウ】ゥゥッツ!」


残り僅かとなった体力で彼女が唯一、放つことが出来る大技。それは正しく疾風の如く猛々しく、他の追随を許さぬ程の速さ、そして一寸のブレも無い大きな一撃であった。




だが、英雄微動だにせず。



「なっ!?これですら....効かない.....と言うの?」


あまりの実力差、叩きつけられる現実、これが大英雄と呼ばれる者が居座る高みと言うのか.....。

耐え難い程の屈辱と己の全てを投じても勝てぬという事実に恐怖すら感じる。


「何ほうけてる暇はないぞ」


指を弾き、そんな軽い一言から放たれる一撃は彼女にとって経験した事の無い恐るべき死の一撃とも言える出会だった。


まずいまずいまずい!?あれは死ぬのだわ!


迫り来る衝撃波に何とか剣を交差させようにも、疲弊仕切った体では間に合わせることが叶わず身体全体に、特に腹部にモロ攻撃が直撃する。



「グッッゥ!?うぁぁァァァッ!!」



それはエルにとって児戯にも等しい、そんなたわいもない一撃。

たった軽いデコピンの一撃、そんな一撃で彼女は数十メートル離れた修練場の岩壁へとめり込む程の激突をした。


「うわっ、マジかよエルさん、あれはやり過ぎでしょ.....」


「ルミィ!」


吹き飛ばされたルミナリアの元へ急いでケミィは駆けつけようとする。


「外野は動くなッ!」


が、エルの強い一喝により彼女の元へ駆けつけることを阻止される。

ここは剣士と剣士が闘う神聖な決闘の場、傍観者たる彼ら外野が口を挟む資格は無いだろう。


動け、動け、動きなさい、私!今ここで立ち上がらなければ何のために長い年月、剣を振ってきたのよ!



ルミナリアは地面に両の手を着ついて、体を起こそうと力んだ瞬間、呆気なく肘から腕の支えが崩れ去った。


「かはっ!?腕が.....動か.....ない?」


今すぐにでも立ち上がって剣を構えなければいけないのに、この場から立ち上がろうにも肩から先の筋肉全てが力めないのだ。


過剰疲労オーバーワークだ。一時間以上に渡る剣撃、それに加え極度の集中状態による技の数々、それりゃあ筋肉もへばっちまうのも無理ないわな」


「関.....係ないわ.....まだ戦いは.....終わってない....わよ」


「だが、今の一撃すらお前は防げなかった。それでもお前はまだ挑むと言うのか?」


「当.....たり前よ.....」


彼女は動けるはずも無い肉体を、己の内に宿るたった一つの揺るがぬ感情「信念」と呼ばれるものだけで突き動かす。


「おいおい、それ以上動くな。ようやく治った腹の傷が開くぞ?」


「関係無いわ!腹の傷が開き、臓物が垂れ出ようとも!それでも、それでも私は立たなきゃいけないわッ!!あの人のために、私に愛を育んでくれた叔母のために!」


過剰疲労オーバーワークによって震える筋肉を無理やり動かし、ゆっくりと、ゆっくりとだが、腕で身体を支え二本足で立ち上がる。



「ったく、無理しやがって.....。お前のその揺るがぬ信念は認めやるよ。だがな、お前が望む治療薬となる素材の場所は、今の一撃が当たり前のように飛び交う世界だ。

そして、お前さん自身が感じているように、恐らくお前さんは剣士として成長限界に達している。生半可な実力ではこの先、容易く壁にぶつかるだろう。

お前が叶えたい望みと言うのはそれ程に険しく、難関で、そして―――


彼女の覚悟を探るべく、真剣な眼差しでルミナリアの瞳を見つめる。


「それでもお前は挑むと言うのか?」


「ええ、だから私は貴方が納得するまで挑み続けるわ。それが私の今を生きる理由だから」


かつて在りし日の英雄達のように、その目は自身が進む未来が正しいと、あるいはそれが進み通す覚悟を持った人間の眼であった。



ったく、つくづくこれだから若けぇ奴ってのは.....。誰かのために向こう見ずになれる姿勢ってのは、、ことごとく俺の心を掻き立てる。


マリアお前が言ってた通りだよ.....。他者のために己をかえりみない奴ほど厄介な人間はいないってな。



「はぁ、


エルトリアから零れ出た言葉は、彼女が予想だにもしていなかった一言だった。


「えっ.....なっ何を言ってるの?確かに私は貴方に一太刀も浴びせてない.....のだわ。だから私の負けでしょう?」


彼女は問い詰めると、しかと英雄は語る。

確かに自分の負けであると。


「いや、俺は確かに負けた。反撃を行わないというルールに反して、闘気を込めたデコピンでお前をぶっ飛ばしたからな」


「でも貴方、あれだけ旅に出るのを嫌がってたじゃない?それに貴方だって相当なご年配だし....」


彼の急な態度の変化により、ついテンパって訳の分からないことを話してしまう。


「そうかい?ならお前の言う通り、俺はこの街でゆっくり余生を過ごさしてもらうわ」


「えっ?あっ!さっきの言葉を取り消しよ!旅に着いて来て!そして私に闘い方を教えること!いいわね?」


「はいはい分かりましたよ。お嬢様」


「ちょっと!その言い草はなによ!」


軽くジョークを挟み、抜け切らない場の緊張感を緩ませ、そしてエルは思いもよらない条件を告げた。


「ははっ、すまんすまん。ほんと、からかいがいのある面白いガキンチョだ。よし、約束通りお前に協力しよう。だが、お前の頼みを受ける代わりに一つだけ条件がある。それは――


エルトリアから突如告げられたその発言は、死刑宣告にも近しい強烈なインパクトを秘めていた。


「.....は?わっ、私に剣を捨てろって言うの?アハハ.....急にどうしたのかしら?もしかして昨日の二日酔いが響い.....いや、まさかもうボケが始まって.....」


突如言い渡されたことに、彼女の脳は混乱極まり支離滅裂な発言をする。そこにエルからのお怒りのゲンコツが振り下ろされた。


「阿呆か!。」


「痛っった〜い!乙女にゲンコツするなんてどうかしてるわ!」


「うっさいわ、どこの世界に単騎でAランク指定の魔物の群れに突っ込む乙女がいるんだよ。まぁとにかく、冗談やボケとかそういう事じゃねぇ。本気で俺は言ってるんだ。《《剣の道を諦めろと

》》」


ふざけた空気から一転して、場は凍てつく氷の世界のように静けさと緊張感をもたらす。


「冗談キツイわよ、お爺さん。私に剣の道を諦めろと?ハッよく言うわ。私が十数年間鍛え上げて来た剣をバカにしてるのかしら?」


先程のふざけた彼女の態度も変わり、本気の態度をもって拒絶する。

我が道に剣無くして何を語るのかと――彼女の思いは言葉に表さなくとも、眼がそう訴えかけてくるのだ。


「俺だって剣の道を諦めろなんて言いたくはねぇよ。だがな、お前は自身の命を投げ打ってまでカティを救いたいんだろ?なら剣を握るのは諦める方がいい。」


そしてエルは言う。あのカルディナ・ハープティが、他者を頼る程の難病の治療薬など並大抵の素材では無いと。


「あの【大賢者】とか言われてる若作りババアが、自身で治療しきれない程の難病だ。求める素材もAランクあるいは、考えたくないが最悪の場合、Sランク級の物を要求されるだろう。そんな国単位で戦うバケモノ共に挑むには、お前の素質じゃあ戦うどころか自衛するのもこの先厳しいぞ。」


彼女には酷だが、この世界は技術的才能より、魔術回路あるいは闘気回路の素質が優先される。

百戦錬磨の剣術が有ろうとも、それに肉体が追いつかねば本末転倒もいい所だろう。


正しく老いた英雄のように―――



「だが、魔術となれば話は変わってくる。お前の身に宿るその膨大な魔力、そしてなんて言ったって最高品質の魔術回路、魔術においてお前は大成する可能性を秘めている。ほんと血筋ってのは恐ろしいねぇ」


百二十年前の戦争を駆け巡り、あらゆる強者を見て来たその彼が絶賛する程の身に秘めた可能性。それはジョークやお世辞などではなく、一人の英雄として、彼女の秘めたる魔術師としの可能性を告げているのだ。


「これでも俺だって剣士の端くれだ。お前がどれだけの思いを込め、剣に打ち合って来たのか、その太刀筋を見りゃあ分かるし、俺がどれだけ鬼畜なことを言ってるかは理解してる。

だがな、現実はそう優しくねぇぞ、ルミナリア」


非常に告げるエルだが、その瞳は優しく諭すように彼女に訴えかけている。


「そんなの関係無いわ!私がどれだけの思いを込めてこの十数年間、剣に向き合って来たと思ってるの!だから、わた.....あれ.....?めのまえが....グルグル....して..........」


ハッと膝から崩れ落ちるルミナリアを、エルは咄嗟に両腕で抱え込む。


「あ.....なん..で.....」


虚ろな瞳で彼の顔を見つめ、薄れつつある意識を繋ぎ止めて僅かに口を動かし、彼に訴えかけるがそれは意味ある言葉にはならない。


「おっと、そろそろ限界か、まぁいい。まだ意識はあるな?ならよく聞いておけ、この先どう進もうがお前の勝手だが今のお前じゃ、AランクSランクと言った天災級の怪物達とわたりあえないことだけは肝に銘じておいとけ。それじゃあな」


「【酩酊来たる霧ネビュラス】」


「ちょ.....待ちな.....さ..........」


意識が掠れ始める私の瞳に映るは、私の元へ駆けつけるケミィの姿と、私を地面に寝かせ修練場から出て行く彼の姿。


あぁもう。何とも、この弱々しい肉体が腹立たしくて仕方ない。あの爺さんは言いたいだけ言って、挙句の果てに剣を捨てろですって?ほんとイカレてるわ。私がどれだけ剣の道を鍛えてきたのかわかってるのかしら?


それに彼も私を魔術師の子供として見るのね.....あぁ、どれだけ逃げようとも私に流れる魔術師の血は争えないってことかしら?はぁ、もう考えるのが億劫だわ.....。


こうして彼の魔術の後押しもあって、私の意識は深い闇の中へと吸い込まれるのであった。





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