第77話

 おれたちと死の暴君デスタイラントとの戦いは続いている。

 いまは、リアリアリアが戦場から離れるための時間を稼ぐことが目的だ。


 聖僧騎士ブルームとムルフィが遠距離から魔法で攻撃を加えている。

 ダメージを与えることが目的ではなく、派手に土煙を巻き上げて、リアリアリアがいなくなっていることを悟られないようにしているのだ。


 しかし……。

 死の暴君デスタイラントが、その広く長い翼を振るう。


 旋風が、土煙を一瞬で消し飛ばした。

 その余波が、ソニックブームとなっておれたちを襲う。


 宙に浮いていたムルフィとテルファ、それにシェルが遠くに吹き飛ばされてしまう。

 おれとブルームは、懸命に地面にしがみついた。


 おれは、低い姿勢で前方に青い指輪でバリアを張る。

 バリアのおかげで、音速を超えた風圧をかろうじて耐え忍ぶことができた。


 バリアに、がすがすと石つぶてが衝突し、弾けていく。

 ブルームは顔の前に太い腕をかざしているが、彼の腕にも無数の小石が衝突し――。


 ごいん、ごいん、と音がして。

 その筋肉が、小石を弾いている。


 すげーなほんとこのひと。

 指輪のバリアのせいで、おれの魔力が急速に消耗していって――。


 あっ。

 くらり、ときた。


 やべっ、いつの間にか、螺旋詠唱スパチャが切れてる。

 おれは慌てて、青い指輪のバリアを解除した。


 シェルが遠くに飛ばされてしまって、一時的に魔力リンクができなくなっていたのだ。

 危うく干からびるところだったぜ……。


 幸いにして、突風は止んでいた。

 身を伏せさせたまま、ふうと息を吐き出す。


「厄介ですな! あやつは、ただ無闇に暴れているだけ! にもかかわらず、手が出せなくなってしまいました!」

「時間を稼ぐなら、このままみているだけでもいいんじゃない?」

「前脚が一本折れたことで、自由に動けなくなったのは幸いですな」


 とはいえ、こいつはいつでも空を飛ぶことができる。

 無論、それはムルフィが禁術の誘爆の魔法インドゥークションを撃ち込む隙になるのだが……。


 そのムルフィはいま、遠くに吹き飛ばされてしまっていた。

 シェルともども、戻ってくるには少し時間がかかりそうだ。


 どこまで意図しての行動だったのか。

 はたして死の暴君デスタイラントはいまこそ好機とばかりに翼をはためかせ、宙に舞い上がる。


 五つの頭部が周囲を見渡し――それぞれ口が、おおきく開かれた。

 五つの火球が、遠くに飛ぶ。


 そう、火球はおれたちではなく、周囲の森を焼き払ったのだ。

 土煙があがり、着弾の衝撃で地面が激しく揺れた。


 死の暴君デスタイラントは、空中でホバリングしながら、さらにおおきく空気を吸い込み――次々と、それぞれの口がてんでばらばらに火球を放ち続ける。

 森は、たちまち火の海となった。


「劣等種! 劣等種! もはや許さん! 殺す! すり潰してやる!」


 死の暴君デスタイラントが、耳を聾する咆哮をあげる。

 おれの全身が恐怖でうち震え、その身がこわばり、地面から立ち上がることすらできない。


 これ、咆哮そのものが魔力を持って、おれの身体を打ちのめしているんだ。

 恐怖耐性の魔法がまだかかっているはずなのに、それを易々と貫通してくるなんて。


 そのとき、だった。


「喝――――っ!!!!!!!!」


 ブルームが、叫ぶ。

 その空気の波は死の暴君デスタイラントの咆哮を突き破り、おれの全身のこわばりを粉々に打ち砕いた。


 すごい、叫び声に魔力を乗せて、恐怖の咆哮を撥ねのけたんだ。

 ブルームは立ち上がり、死の暴君デスタイラントを睨む。


「理性を無くした魔物など! いかに強大であろうと!! いささかも恐怖する必要はありませんな!!!!」


 耳が痛くなるような大声でそう宣言して、口の端をつり上げてみせる。

 はー、かっこいい。


「この聖僧騎士、イケメンすぎるでしょ」



:おっとぉ?

:ちょっと、アリスちゃん?

:いまの言葉、どういうことかな!?

:詳しく

:中断してる間になにがあった?



 あっ、このタイミングで中継が戻った。

 つーか身体に魔力が戻ってきた。


「お姉ちゃん、ごめんっ! だいじょうぶだった?」

「ああ、うん、シェル。こっちは平気」

「それはそれとして、お姉ちゃん。いまの台詞の意味を詳しく教えてください」

「まってシェル、声が平坦だよ? 特に深い意味はないからね?」

「ん、わたしも興味がある」

「興味しんしんですわーっ」


 こいつら、わかってていってやがるな。

 かつてない強敵を目の前にしているっていうのに、ずいぶん呑気なことだ。


 いや、逆に頼もしいか。

 絶望的な状況でも諦めない、その不屈の魂をこそ、いまは尊ぶべきか。



:ところで、あまりよくない報告がある



 ディアスアレス王子のコメントだ。


「え、なに?」



死の暴君デスタイラントが無差別に火の玉を放ったせいで、炎上が広がり、聖教の応援部隊がこちらに近づけないとのことだ



 あー、それはたしかにまずい。

 リアリアリアが上手く逃げきれればいいのだが……。


 彼女のことだ、魔法で上手く炎から身を守ることくらいはできるだろう。

 あとはこっちが時間を稼げば……。


「お姉ちゃん、まずい」


 と、上空にあがったシェルが焦った声をあげる。


「炎のなかで、一ヶ所だけ――露骨にひとひとりぶん、炎が避けて穴になってる場所がある」

「え、えっと、リアさま、透明化してても位置がバレバレってこと!? っていうか、火の玉を乱射したのってそういう戦術!?」


 げっ、魔王の首を積極的に探してる様子ではなかったのに。

 てっきり、戦いの空気と血の臭いに酔ってると思ってたのに。


 はたして、上空の五つ首が、一斉にひとつの方角を向く。

 リアリアリアがさきほど走っていった方角だ。


 五つの口がおおきく息を吸い込む。

 口のなかから、ちろりちろりと赤い炎の舌がみえる。


 まずい。

 あんなの喰らったら、いくら大魔術師とはいえ、ひとたまりもないだろう。


「させない」


 ムルフィが死の暴君デスタイラントに向けて、火球を放つ。

 火球に偽装しているけれど、おそらくあれも誘爆の魔法インドゥークションだろう。


 翼にぶつけて、また落下させようというたくらみだ。

 リアリアリアとの距離はかなり離れているから、地面に落としてしまえば、いくらこいつでも射線に捉えることは不可能である。


 しかし――。

 竜の首のひとつが素早くムルフィの方を向き、火球に向かって炎を吐く。


 誘爆の魔法インドゥークションの火球が爆発し、炎はその爆発を貫いてムルフィを襲う。

 小柄な少女は慌ててバリアを張り、炎を遮断、すぐに落下してまだ無事だった森の木々のなかに身を隠す。



:怒りにわれを忘れているかと思ったけど、思ったより冷静か?

:本能じゃないの?

:厄介すぎる

:ムルフィちゃん、完全に目をつけられてる

:なんせやつには目が10個もあるからな、がはは

:笑えない……



 コメント欄がいつものノリすぎる。

 そんな悠長なこといってる場合じゃないんだけどぉ!?


 残る四発の火球が、一斉に発射される。

 それらはリアリアリアが逃げた方向に飛んでいき――。


 小山のように巨大な岩が、一瞬にして、地面からいくつも隆起した。

 リアリアリアの生み出した、破竜鉱のビルディングだ。


 火球は破竜鉱の大岩に衝突し、派手な爆発を起こす。

 まさかこのタイミングで防がれるとは思わなかったのか、死の暴君デスタイラントがつかの間、空中で硬直する。


 あ、そうか。

 死の暴君デスタイラントからすれば、魔王の気配を追っただけ。


 こいつは、破竜鉱のビルディングを生み出しているのが、その魔王の気配をまとった人物だとは知らないのだ。

 故に――やつにとっての好機、おれたちにとってのピンチで、みすみす絶好の機会を逃した。


 おおきな隙であった。


「やろう、ブルーム」

「うむ、アリス殿!!」


 おれはブルームと顔をみあわせ、互いにひとつうなずく。


 おれは、白い翼を広げて宙に舞い上がる。

 同時に、ブルームが見当違いの方向へ走り出す。


 阿吽の呼吸で、ブルームが死の暴君デスタイラントの飛び立った跡地に駆け出すのがみえた。

 互いに、いまどうすれば、この傍若無人なちからを誇る化け物にダメージを与えられるか、すでに理解している。



:アリスちゃん、無謀だよ!

:なにか秘策があるの?



「あるよっ!」


 反射的に、そう叫んでいた。

 おおきく両手を広げる。


「みんな! もういちど、アリスにちからを貸して!!」



:わかった、信じる

:ありったけ魔力をあげる

:ここで気絶するね



 シェルを通じて、おれの全身に魔力が溢れる。

 おれはちらりと、下をみた。


 おれとは別の方向に走るブルーム。

 その彼が、地面に落ちていた重力大槌グラビティ・ハンマーを拾い、ちょうどおれをみあげるところだった。


 おれは、うなずきを返す。


「いっけえっ!」

「むうんっ!!!!!!!」


 ブルームが、重力大槌グラビティ・ハンマーを両手で握り、ハンマー投げの要領でなんどか回転したあと、上空のおれめがけてこれを投擲する。

 彼の視線の先には――死の暴君デスタイラントが、未だ呆然とした様子でホバリングしていた。


 おれの頭上を飛び越えていこうとする重力大槌グラビティ・ハンマーに追いつき、その柄を握る。

 重力大槌グラビティ・ハンマーの回転に巻き込まれて、おれ自身もぐるぐる回転しながら死の暴君デスタイラントに接近し――。


 回転制御スピンコントロールの指輪を起動させる。


「もう一発っ! どっっっっ――」


 おれの役目は、最後のコントロールだけ。

 最小限の方向転換だけ。


 にもかかわらず、もらった螺旋詠唱スパチャのほとんどが消費されてしまう。

 やっぱりこの武器、欠陥品すぎるだろ!!


「――っっっっっっっかーんっ!」


 だが、いまはこの欠陥品だけが頼りだった。

 ほかの方法では、その鱗を傷つけることすらできない。


「りゃあああああああああああああっ!!」


 渾身の一撃を、おれは――。

 巨竜の左の前翼、そのつけ根に叩きつけた。


 インパクトの瞬間、空気が爆発する。

 反動で、重力大槌グラビティ・ハンマーがすっぽ抜けてなお、おれの身体が吹き飛ばされる。


 空中でホバリングしていた竜の巨躯が、ぐらりと揺れた。

 耳を聾する咆哮と共に、死の暴君デスタイラントが落下していく。


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