第72話

 陣形を少し変更することになった。

 聖僧騎士ブルームが先頭に立ち、そのすぐ後ろにリアリアリアと、アイシャ公女を抱えたおれが続く。


 残りの面々がその後ろに続くかたちだ。

 紅の邪眼ブラッドアイとセミが戦っている場所から逃げるわけだから、いまさら後方に備える必要は薄い。


 それよりも、先ほどののようにリアリアリアが不意打ちされることを注意する必要がある。

 なにせいま、魔王の首を持っているのは彼女なのだから。


「わたしとしたことが、少し焦ってしまったようです」


 リアリアリアが頭を下げる。

 珍しく、しゅんとしていた。


「無理もないよ。魔王の首とか、お婆ちゃんとか、いろいろありすぎだもん。アリスだってちょっと混乱してる」

「ですな。吾輩も少々、落ち着く時間が欲しいところです。残念ながら、そのような余裕はなさそうですが」


 おれとブルームがリアリアリアを励ますように告げる。

 急展開すぎてみんながついていけてない感じがあるのは、本当のところだ。


 魔王の首。

 それを狙って襲ってきた六魔衆の魔術師、紅の邪眼ブラッドアイ


 魔王の首を五百年間ずっと封印してきた、リアリアリアの祖母セミ。

 そんな戦いに巻き込まれ、戦いはセミに任せて逃げるしかないおれたち。


 そして、逃げるおれたちを襲ってくる魔物の群れ、多数。


 いまもまた、大蜘蛛が二体、前方の茂みから飛び出してきた。

 ブルームが速度を落とさず、遠い間合いから拳を振るう。


 拳の先から天馬な流星拳みたいなのが出て、十メートルほど離れた空中の大蜘蛛たちを粉砕した。


 アリス・アルティメット・ブラスターみたいな魔力の過剰放出だ。

 いや、おれの使う力任せのそれとは違い、充分に収束率を高めて効率化してるけど。


「ブルーム、いまのってなんて名前の必殺技?」

「必殺、ですか? いえ、名前などない、ただの牽制の拳ですが」

「じゃあアリスが名づけてあげるね! えーと、ブルーム・ブルシット・デストラクター……!」



:ダッサ

:アリスちゃん、名づけの才能ないよ

:ひどい……いくらなんでもひどい……

:っていうかなんなの、この集まり

:なんか森の中を走ってる?

:ムキムキのハゲのおっさん、誰?



 唐突に、視界の隅で文字が流れた。

 あっ、王国放送ヴィジョンシステムが立ち上がってる。


 そうか、結界が破れたから、通信が回復したんだ。

 それに気づいた王都のひとたちが、急いで放送を始めたというわけだろう。


「あ、やっほー、みんな! いまね、六魔衆の紅の邪眼ブラッドアイに襲われて逃げてるところ! リアさまのお婆ちゃんのセミさまが紅の邪眼ブラッドアイと決闘中なんだけど、アリスじゃ足手まといなんだ! それからこっちのムキムキハゲは……」

「剃っているのです」

「ムキムキ剃ってるおっちゃんは、聖僧騎士ブルームさん! とっても頼りになるんだよ!」



:待って待って待って

:情報が……情報が多い……

紅の邪眼ブラッドアイって六魔衆でもいちばんヤバいっていわれてるやつじゃん!

:セミさまって誰!? 大魔術師の祖母ってどいうこと!?

:聖僧騎士! 聖教最強の七人のひとり!? なんでそこに!?

:っていうかアリスちゃん、そこってどこなの!?

:そんな森のなかでなにしてたの!?



「あ、えっと。魔王軍が狙ってるっぽいモノがあって、それの争奪戦? をやってるんだ」



:争奪戦? あっ(察し)

:魔王軍の精鋭が浸透してくるほど重要な……

:おれたちは知らない方がいいやつだ

:間違いなく知りたくないやつ

:耳をふさいでおくわ

:理解したけど理解したくないですわー



 コメント欄が賢明すぎる。

 いまコメント書いてるアカウント、みんな高位貴族っぽいからなー。


 ちなみに理解したけど理解したくない、って書いたのはマエリエル王女だ。

 そりゃ彼女の立場だったらなあ。


「というわけで、殿下、ここから先は自分で走れるね」

「は、はいっ」


 おれは小脇に抱えていたアイシャ公女を地面に降ろす。

 公女はうなずき、すぐ肉体増強フィジカルエンチャントを使うと、自分の足で走り出した。


 王国放送ヴィジョンシステムが動いたなら、おれだって立派な戦力のひとりだ。

 いつまでも荷物運びをしているわけにはいかない。


 自己変化の魔法セルフポリモーフで白い翼を生やし、宙に舞い上がる。

 前方を確認し――。


 赤いビームが数本、樹上を薙ぎ払ってきた。


「わわっ」


 おれは慌てて指輪の回転制御スピンコントロールで軌道を変化させ、薙ぎ払いビームを避ける。

 そのまま低空で加速して、ビームを放ってきたあたりに突っ込む。


 フードつきの灰色のローブを羽織った人型のモノたちが、十体以上、そこに集まっていた。


 灰色の魔術師団ウィザーズ・オヴ・アッシュ

 紅の邪眼ブラッドアイの配下の魔族だ。


 これまで紅の邪眼ブラッドアイのそばでしか観測されていないため、その実力は未知数だが……。

 マリシャス・ペインと同等か、それ以上の戦力と推定されている。



灰色の魔術師団ウィザーズ・オヴ・アッシュ! まずい、逃げろアリスちゃん!



「だーめっ! ここでアレを潰さないと、後ろが危ないよ!」


 だから、とおれは大声で叫ぶ。


「みんな、力を貸して!」


 応、というコメントが、無数に流れた。

 王国放送ヴィジョンシステムを通じて、魔力が流れてくる。


 王国中の人々の想いが集まってくる。

 おれは肉体増強フィジカルエンチャントにいっそう魔力を込め、力強く翼をはためかせて、灰色の魔術師団ウィザーズ・オヴ・アッシュとの距離を一気に詰めた。


 回転制御スピンコントロールで小刻みに向きを変え、赤いビームの雨をかわす。

 集団が、慌てたように散開するが……もう、遅い。


 すれ違いざま、対魔法剣アンチマジック・ブレードを振るう。

 灰色のフードに隠れた首をほぼ同時にふたつ、刎ねてみせる。


 フードが剥がれ、宙を舞う頭部が露となった。

 それは骨と皮だけになった、眼窩の落ちくぼんだヒトの顔だった。


 ただし、血が流れない。

 首を切断したというのに、その傷口からは一滴たりとも液体が流れていない。


 まあ、そうだ。

 この大陸の人々は知らないとしても、おれは知っていた。


 灰色の魔術師団ウィザーズ・オヴ・アッシュ

 その正体は、紅の邪眼ブラッドアイに好き放題改造された、かつて降伏した各国の魔術師、その成れの果てなのである。


 もはや生命活動はとうに終わっているにもかかわらず、紅の邪眼ブラッドアイの傀儡として動かされている存在。

 強大な魔力を生贄となった人々から移植され、永遠に蠢き続ける、哀れな生ける屍である。


 マリシャス・ペイン相当、という評価はある意味で合っていていて、ある意味で間違っている。

 たしかにその身が抱える魔力こそマリシャス・ペインと同等だが……。


 近接でも遠距離攻撃でも死角がなく、己の意思で戦うマリシャス・ペインと違い、灰色の魔術師団ウィザーズ・オヴ・アッシュたちはただ紅の邪眼ブラッドアイに命じられた作業を為すだけの人形に過ぎない。


 その特性さえわかっていれば、対処は難しくない。

 相手が振り向き、こちらを視認する前に回転制御スピンコントロールで急に角度を変化させ、上昇する。


 灰色の魔術師団ウィザーズ・オヴ・アッシュたちは、おれを見失った様子で、きょろきょろした。

 歴戦の戦士なら絶対にしない、無防備なありさまだ。


 おれは上空から落下し、また二体の首を刈りとる。

 着地し、灰色の魔術師団ウィザーズ・オヴ・アッシュたちが距離をとる間を与えずさらにもう二閃、二体の身体を両断する。


 これで六体、仕留めた。

 残りは……五体か。


 敵が散開しようとする。

 魔力を肉体増強フィジカルエンチャントに注ぎ込み、地面を蹴る。


 爆発的な加速で、飛び退る一体との距離を一気に詰める。

 対魔法剣アンチマジック・ブレードを振るい、その首を刎ねて――。


 残り四体が一斉に赤いビームを放ってくる。

 おれは首がなくなった灰色の魔術師団ウィザーズ・オヴ・アッシュの身体の後ろに身を隠した。


 赤いビームは、いずれもすでに機能停止した灰色の魔術師団ウィザーズ・オヴ・アッシュの身体に当たることなく、そのすぐそばを通り過ぎていく。

 やっぱり、だ。



:そうか、同士討ちできないのか!

:へ? どういうこと?

:こいつら、ゴーレムみたいに一定の命令の通りにしか動けない存在ってことだよ

:え? アリスちゃんそれを一瞬で見破ったの?

:いまの、わかってて隠れたよね

:ごめんアリスちゃん、もっと脳筋だと思ってた

:悲報……アリスちゃん、考えて戦ってた



「ちょっとちょっとーっ! アリスだって傷つくんだからね!」


 コメント欄がひどい。

 でも、そんなノリノリの様子に、少し安心している自分がいた。


 おれはコメントに抗議を入れながら、残りの四体も手際よく始末していく。

 互いの射線上に入ると動けなくなるという弱点を露呈した灰色の魔術師団ウィザーズ・オヴ・アッシュたちを、各個撃破する。


 ほどなくして、そのすべてが地に伏し、動かなくなった。


「まったく、もう。アリスがみんなから貰った魔力任せで暴れるしかない馬鹿だとか、みんなひどいよっ」



:そうはいってない

:そこまではいってない

:でも怒ってるアリスちゃんもかわいい

:もっとぷんぷんして

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