第67話

 豪雨のなか、魔族との戦いが続いている。


 アリスおれと第四王女エネステテリアは共に跳躍し、マリシャス・ペインからいったん距離をとった。

 王女は着地と同時に低く呻き、その身をよろめかせる。


 さきほどの鞭の一撃で肩の骨をやられたのか、痛みに顔をしかめていた。

 おれは黄金色に輝くコインを指で弾き、エネス王女に投げ渡す。


 相手がなにを受けとったのかと眺める隙も与えず、キーワードを唱える。

 コインが無数の黄金色の粒子となって消滅し、温かい光の粒が王女の全身を包んだ。


「治療の力ですか。あっという間に痛みまで消えるとは……たいしたものですね」

「リアリアリアさまのとっておきだって!」

「援軍は近くにいるのですね」

「そのはずだけど、はぐれちゃった! でもそう離れてはいないはず!」

「なるほど、その言葉だけで充分です」


 傷が癒えたエネス王女は、剣を手にした右手を天に抱げた。

 剣の刃が、ぱちぱちと乾いた音を立てて、青白く輝く。


 雷をまとったのだ。

 マリシャス・ペインが追撃しようとして、しかし警戒するように下がる。


 その隙に、エネス王女は雷を剣先にまとわせ、軽く振るった。

 轟音と共に、無数の稲妻がマリシャス・ペインの周囲の地面に突き刺さる。


「無駄だ。そのような魔法で、この身は貫けぬ」


 マリシャス・ペインが嗤った。

 たしかにいまの一撃はコントロールが甘いし、仮に直撃したとしても、この程度の魔法で上位魔族を倒すことはできないだろう。


 この程度、といってもこの一撃だけで、普通の騎士五、六人分の魔力を使ってるはずなんだけどね……。

 王族で、戦闘に長けた彼女ならば、もっと強力な魔法を行使できるはずだ。


 マリシャス・ペインはさきほどまでの戦いで、それを理解しているのだろう。

 だから最初は警戒し、しかしすぐに警戒を解いて嘲笑ったというわけである。


 だが、エネス王女の狙いは違った。


「これでよろしいのです。感覚は掴みました」


 王女はさらにおおきく魔力を練って雷を剣先にまとわせると――その剣を鋭く突き出す。

 天に向かって。


 雷が天に向かって伸びていき、そして……頭上の結界に衝突して、すさまじい爆発を起こした。

 きっとこれは、豪雨のもとでも、かなり離れていても、目印になるであろうと――。


 そんな、豪快な狼煙であった。


「あとは、時間を稼げばよろしいのでしょう?」



        ※※※



 マリシャス・ペインが下の二本の腕を伸ばし、たて続けに火焔魔法を放ってくる。

 おれとエネス王女は左右に分かれて跳び、火球を回避した。


 王女は行きがけの駄賃とばかりに細身の剣でローパーの中心に刺突を入れ、追い詰められていた部下を救う。

 そのままマリシャス・ペインの横にまわりこもうとする。


 おれは王女とは反対の方向に駆け、挟み撃ちの態勢に入った。

 タイミングを合わせて方向を転換、左右から同時に魔族への距離を詰める。


 これば別に、おれと王女が阿吽の呼吸で動けているわけではなく、先ほどから彼女が風を操る魔法でおれだけに囁き声を届けているからだ。

 シェリーもよく使うやつである。


「その程度か」


 だが相手は、上位魔族だ。

 余裕の態度で壊れた武器を捨てると、新たに腰から別の剣を抜く。


 おれと王女の攻撃を、おれの攻撃は剣で、王女の攻撃は槍で、それぞれ受け止めてみせる。


「あいたたたっ」


 手が、ひどく痺れた。

 おれは対魔法剣アンチマジック・ブレードをとり落とす。


 マリシャス・ペインは、ここぞとばかりに盾を突き出してくる。

 こっちを吹き飛ばそうとするそれに対して、おれは身をかがめて盾をかいくぐり――。


 直後、魔族の下の手が生み出した火球を、転がって回避する。

 火球はまっすぐ飛んで、近くの樹の幹をへし折って爆発を起こした。


 冗談じゃない、あんなもの、当たったらこの身がまっぷたつに砕け散る。

 ただでさえいまは、螺旋詠唱スパチャがないのだから。


 反対側で王女が牽制し、相手の動きを押さえてくれていなければ、きっとあっという間にやられていただろう。

 というか下手しなくても……いまのおれ、足手まといになってるな?


「ヒトの幼体め、動きが鈍い。きさまのような雑魚が、なぜ戦場に出てきた?」


 マリシャス・ペインがせせら嗤う。

 相手はどうやら、アリスという存在を知らないらしい。


 人間の区別がつかないのかもしれない。

 こっちだって、前のマリシャス・ペインとこのマリシャス・ペインの顔の区別なんてさっぱりである。


 まあ、王女が掲げた狼煙は、きっと別動隊の目に止まるだろう。

 こっちは時間を稼ぐだけだ。


「援軍を待っているのか? 無駄だ、幼体。きさまがどこから来たか知らんが、この空間はすでに隔離した」

「空間を、隔離?」


 エネス王女が怪訝に片眉をつり上げる。

 マリシャス・ペインは、得意げにうなずいた。


「そうだ。きさまらのような矮小な者どもとて、数が集まれば面倒なことになると、おれの同族がその身をもって教えてくれた。辺境の町ひとつを落とすことすらできなかった愚か者がいたのだ」


 あ、そいつ知ってる、知ってる。

 殺したのおれだよおれ。


「矮小な雑魚を相手にいたずらに時間をかけ、無駄に敵を呼び込んだが故の愚挙だ。おれは愚か者と同じことをしない。まずはこのひとつの集団を潰すことに全力を傾けるため、周囲の空間を閉じたのだ」


 なる、ほど?

 でもそのなかにおれが入って来てるよね。


 いや、セミさまが開けた通路が、たまたま閉じた空間のなかに通じていただけか。

 ――それって、本当にたまたまなのかな。


 どっちでもいいか。

 セミさまがここに繋げてくれなければ、エネス王女は助けられなかった。


 おれは小杖ワンドを抜いてこれを槍に変化させ、突進する。

 マリシャス・ペインはエネス王女と刃を交えて、おれへの警戒が薄い。


 いや、もはやおれごとき、警戒する意味もないということか。

 事実、おれが槍で繰り出した刺突は、マリシャス・ペインの赤茶けた肌に傷ひとつつけることができず、弾かれてしまう。


 反動で、おれの身体が弾き飛ばされる。

 マリシャス・ペインが、呵々と笑った。


 くそっ、余裕かましやがって!


「きさまらはここで死ぬ。結界を破ることはできん。なにせ、このおれ自身が結界を維持しているのだからな」

「え、マジ?」


 思わず、素で返してしまった。

 マリシャス・ペインはこちらの奇妙な様子に、あれ、と首をかしげている。


 まあそんなことを話しつつも、この上位魔族は余裕しゃくしゃくでエネス王女と激しい戦いを繰り広げているんだけど。

 本当に、おれと話しているのも余興のつもりなんだな、こいつ……。


 でもいま、なんていった?

 こいつが結界を維持している?


 王女が、一瞬だけおれと視線を合わせる。

 おれの反応がへんなことに気づいたみたいだ。


 目線だけで、このまま注意を惹きつけておいてくれ、と頼みこむ。

 エネス王女は、ほんのわずか、うなずいてみせた。


 よし、これなら。

 おれは地面に落ちた武器を拾い、マリシャス・ペインに駆け寄る。


 相手は、またもや無防備であった。

 もはやおれの攻撃を防御する意味をみいだせないのだろう。


 故に、おれは魔族の肌に武器を叩きつける。

 対魔法剣アンチマジック・ブレードを。


 マリシャス・ペインのまわりで、ぱちっとなにかが弾ける音がした。

 次の瞬間、叩きつけるような雨が止む。


 雨雲が瞬時に消滅し、森の上空にさあっと青空が広がった。

 あの雨雲が結界だったのか。


「幼体! きさま、なにをやった!」


 マリシャス・ペインが少々慌てて、鎖を振りまわしおれを狙う。

 おれは慌てて後ろに転がり、鎖を避けるも……。


 避けきれず、その先端が右脚に触れた。

 おれの身体は勢いよく弾き飛ばされる。


 鋭い痛みを覚えながら、マリシャス・ペインの方をみる。

 にやり、と不敵に笑ってやる。


「自慢の結界を破られて、いまどんな気持ち? ねえどんな気持ち?」


 ざまあみろ、おれを雑魚だと侮るからだ。

 余計なことをべらべらとくっちゃべっているからだ。


 だから、おまえは……。

 その愚かさを、命で贖うことになる。


 おれにいい返そうとしたマリシャス・ペインの頭上から、なにかが降ってきた。

 それは筋肉だった。


 降ってきた筋肉の塊が、魔族の身体を押し倒す。

 身の丈二メートルはあろう大男は、マリシャス・ペインよりひとまわり小柄にみえたが……それはただ、魔族がそれ以上にでかいというだけのこと。


 ヒトの身としては最高級の筋肉、太い太い腕が、落下しながらマリシャス・ペインの首にからみつき……。

 勢いよく、こきり、とその首をひねる。


 筋肉は、そのまま地面に魔族の身体を叩きつけた。

 きっと魔族は、自分の死因すらわからなかっただろう。


 ただ落下の衝撃を乗せて首の骨を折っただけにみえるそれは、おそらく極限までその男が身にまとった魔力によって、魔族の分厚い魔力防護を一瞬で剥ぎとっていたのだ。

 そのうえで、圧倒的な衝撃を叩きつけ、上級魔族の意識と命を瞬時に刈り取った。


 達人の業である。

 ひとりの達人が、磨き上げ練り上げてきた技術の粋の発露であった。


「聖僧騎士ブルーム!! ただいま!!!! 参上いたしました!!!!!!」


 相変わらず、ひどくうるさい。

 だがいまは、その大声がこのうえなく頼もしかった。


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