第65話
地底湖の神殿で魔王の首を封印し続けていた女性、センシミテリア。
愛称セミさまは、
「やはり、結界のほころびが深刻なのですね。あなたがたが落ちた穴は、本来、トンネルとして……非常用の脱出口として用意されていたものです。普段は閉じられており、内側からのみ開くよう設定されていたものなのです」
「アリスたち外から落ちてきたんだけど!? あと中からは開かなかったよ!?」
「無論、開閉には特殊な魔法を用います。幾重にもセキュリティをかけていたのです。設計段階では完璧でした。あの部分、実際につくったのは別の者なのですが……」
設計と施工を分けるとトラブルのもとだってば!
まあ……。
「五百年経ってるからねえ」
「耐用年数は二千年を想定しておりました」
どんだけ、このなんもない場所に引きこもるつもりだったんだよ。
ただ、魔王を封印するためだけに。
外ではみんな、つい最近まで魔王のことなんて忘れていたというのに。
このひとは、どうしてこんな過酷な使命を……。
「一族の間で、わらわがもっとも高い魔力の持ち主でありました。故にもっとも長い時に耐えるであろうと目されておりました故。ほかの者は、いつの日かわらわに代わる任につく者を育てるため、地上で力を蓄えるはずでありました」
「リアリアリアさまはそんなこと全然いってなかったよ? あと、あのひと一族のほかの人のこと、最近まで全然話したことなかったんだけど」
「そのあたり、改めてあの子に聞いてみなければなりませんね。はたしてわらわの一族はどうなってしまったのか。あまり良い結果にはならなかったこと、ほぼ確実ではありましょうが……」
だよなあ。
もしリアリアリアの一族がほかに生きていたら、いまのこの状況だ、絶対に表に出てきて、力を貸してくれているはず。
そもそも、孤独に何百年も対魔王軍用の魔法を研究したりしてないはず。
結局、彼女のあの研究が
「じゃあさ、さっさと地上のひとたちと合流したいんだけど。どうすれば合流できるかな?」
「短時間、地上への道を開きます。おふたりは地上の方々と合流を。しかるべき合図を設けて、合図と共に再度、この場所への道を開きます」
「ずいぶん厳重な警戒ですね」
アイシャ公女が訊ねる。
たしかに、もうちょっとさくさくできないものかね。
「魔王の身体を狙う者が、いつこの場所に気づくかわからないのです」
「あっはい」
やべえ、一瞬で納得してしまった。
なにせこのおれも、半年前に魔王の腕を狙ってきた魔王軍の幹部とやりあったしなあ。
それが魔王の首なら、なおさらだ。
表に出てないだけで、魔王軍も懸命に、この場所を捜索しているに違いない。
王都にめちゃくちゃスパイがいたのも、きっとそのひとつだ。
今回のこの作戦行動、そいつらにバレていなければいいんだけど……。
本命の作戦がバレないように、昨日わざわざアリスのコンサートなんて開いたのかな。
アリスは王都にいる、というアピールとして。
そのうえで、目立つマエリエル王女に司会なんてさせて。
裏では、エステル王女やアイシャ公女といった目立たない面子をこっちにまわした、と。
うん、うちの王族たちが優秀すぎる件。
でもあのひとたち、ここに本物の魔王の首があるなんて知らなかったんだぜ。
懸念があるとしたら、今朝になってリアリアリアと聖僧騎士ブルームが動いたことを察知されたら……くらいだけど。
リアリアリアはどうせ、いつも通り、王都から移動するとき
王都側の対策は、だいだい大丈夫かな?
聖教側はわからん。
「これを持っていきなさい」
セミさまはどこからともなく握り拳くらいのサイズの赤黒い宝石をとり出して、おれに手渡す。
濃い魔力を感じた。
「これを地面に叩きつけ、破壊することで合図とします。こちらと地上を繋ぐ道を開きましょう」
「わかったよ。でも、昨日突入した部隊ともまだ合流できてないから、ちょっと時間がかかるかも」
「すでに五百年待ったのですから、いくらでも待ちますとも。頼みましたよ、あの子の弟子の兄君殿」
だから心を読むなってばさあ。
絶対、リアリアリアと直接の血縁でしょ、このひと。
「さあ、それはわかりません。計画の後に生まれた子ですからね……」
このひとがここに閉じこもったのが前回の魔王軍との戦いの直後、つまり五百年前。
リアリアリアは四百五十歳くらいだから、五十年の開きがある。
リアリアリア自身に聞けば、詳しいことを教えてくれるだろう。
そのためにも、合流しないと。
セミさまが、さっと右手を振る。
おれたちの前に赤く揺れるカーテンが現れた。
カーテンが左右に割れて……。
そこに、虚空へと続く白い石造りの登り階段が出現する。
階段の一段、一段を構成する石は淡い輝きを放っていた。
おかげで階段がずっと上まで続いているありさまが見通せる。
その階段が、現れると同時に、最下段から順に薄っすらと消失し始めた。
「ちょっ、消えるの早い、早い! いくよ、殿下!」
「は、はい、アリスさま!」
「それじゃあね、セミさま!」
おれは挨拶もそこそこに赤黒い宝石を懐にしまうと、殿下の手をとり、カーテンのなかに飛び込む。
ふたり並んで、階段を駆け上がった。
階段は、無限に上方へ続いているようにみえた。
途中でいちど、背後を振り向く。
ずっと下、おれたちが飛び込んだ入り口のカーテンが閉じられていた。
おれたちのいるところから十段くらい下までが、すでに消滅している。
「ひっ、階段がっ」
「ああもうっ、だから消えるの早すぎるってばあっ!」
アイシャも下を向いてしまったのか、押し殺した悲鳴があがる。
「殿下、失礼!」
「ひゃあっ」
おれはひょいと公女を持ち上げると、お姫さま抱っこした。
こうなったら、なりふり構っていられない。
公女は少し慌てた様子で、頬を朱に染めて、おとなしく抱きかかえられてくれていた。
この子にとっては、さっきの会話はわからないことだらけだろう。
聞きたいことが、いっぱいあると思う。
「殿下、あのさ。ごめんね、あんまりちゃんとした説明ができなくて」
「さきほどの、魔王とか神とか、おっしゃっていたことですね」
「うん。いまは忘れてね、話せないこと、だから」
悪いけど、この世界の本当の構造とかをいまの彼女に説明することはできない。
宗教的にも、政治的にも、あまりにも微妙すぎる問題だからだ。
この子なら、きっと空気を読んで黙っていてくれると思うけどね。
いちおう、釘はさしておかないと。
「退屈な話ばっかりで、ごめんね」
「いえ。むしろ、わたくしは……」
殿下は、ぼそりと呟いた。
「嬉しく思ったのです」
「うん?」
「あの方は、わたくしをみて、一族が成功した証、とおっしゃいました」
セミさまのことだろう。
妖精、という魔族から離反した一族の力をとり込んだ公女の一族は、なにを願って未来探知などという力を磨いてきたのか。
「そういえば、いってたね」
「わたくしは、アリスさま、あなたに命を救われ、この国に来ました」
「うん」
「わたくしひとり、生き残ってしまった。そのことを、ずっと後悔していました。わたくしもあのとき、死んでしまうべきだったのではないか、と……」
「殿下」
「実は、なんどか死のうと試みたのです。そのたび、エステルさまに阻止されました」
知らなかった。
エステル王女がこの子にメイド服を着せたりしていた裏で、そんなことがあったなんて。
「自死は、魔王軍に殺されていった、わたくしひとりを逃がすために死んでいった父や母、姉妹たち、家臣の方々の献身を無にする行為です。わたくしには好きに死ぬ権利すらないと、エステルさまに諭されました」
この国の王族なら、そういうだろうな。
みんなガンギマリしている。
「どうすればいいか、わかりませんでした。わたくしが生まれた意味はなんだのだろう、となんども考えました」
「うん」
「あの方のお言葉で救われた気がしたのです。父や母の、姉妹たちの、家臣の方々の行動には意味があったのだと。皆が繋いでくれたものの先に、いまのわたくしがあるのだと」
この子は。
おれはいま自分が抱き抱えている少女に視線を下ろす。
少女はとめどもなく涙を流しながら、微笑んでいた。
「殿下。あのね、いえないことはいっぱいあるんだけど」
「はい」
「改めて、ありがとう。殿下が生きていてくれて、アリスも嬉しいんだよ」
「はい!」
ほどなくして、上方に明かりがみえてくる。
眩い太陽の輝きだ。
おれは殿下を抱えたまま、その輝きのなかに飛び込む。
地上に出た。
※※※
アイシャ公女を抱えたおれが飛び出したのは、深い森のなかだった。
長く洞窟のなかにいたからか、むせかえるような草木の臭いに思わず呼吸が止まる。
ゆっくりと、おおきく、息を吐いた。
それから周囲を見渡し……。
呑気で悠長なことをしていたな、油断していたな、と後悔する。
数歩の距離に、魔物がいた。
大柄な犬の口が膨らんでいる。
いましも口から火焔を放つ、その直前であった。
「わあっ!」
おれは公女を脇に抱えたまま、とっさに横に飛ぶ。
魔物が吐きだした灼熱の火焔弾を紙一重で回避、アリスの衣装の肩口が焼け、灰となって舞い散る。
「あちっ、あちちっ、ああもうっ! こっちはいま、バリア張れないんだからっ」
とはいえ、まあ。
相手は中型の魔物がたったの一匹、尻を向けて逃げるほどではない。
そもそも、こんな大型の犬を相手に走って逃げるのも難しいしね。
ここは倒す、その一択。
とはいえいまのおれは、十歳の少女を両腕で抱えているわけで……。
あ、つまり、抱えてなければいいわけか。
「殿下」
おれは親愛なるアイシャ公女に、にっこりと笑いかけた。
「あ、あの、アリスさま? 嫌な予感がします」
さすがは、予言の力を持つ一族の最優である。
「なるべく優しくするから」
「ま、待ってくださ……」
駄目、待たない。
おれは敬愛する公女殿下を、ぽーんと真上に、天高く放り投げた。
悲鳴をあげて空中で回転する殿下から視線を切り、背負った
直後、
おれは
相手の噛みつきを回避すると同時に、斜め下から上へと斬撃を見舞う。
青い血と共に、
頭部を失った胴体が、勢いを失い、おれの背後で転倒する。
「よっし、っと!」
おれは刃についた青い血を掃う間もなく剣を捨て、か弱い悲鳴をあげながら落ちてきた愛すべき公女の身体を両腕でキャッチする。
ふう、とおおきく息を吐いて、
「あー、つっかれたーっ」
「そ、それだけですかっ」
アイシャ公女に、涙目で睨まれた。
普段は過酷な目に遭っても文句ひとついわない彼女でも、さすがにぽーんと放り投げられるのは堪えたのか。
「さ、さっきの、感動的な話の後でっ!」
「えーと、ごめんねっ! 敵が素早くて余裕がなかったから、緊急回避ってことで!」
アイシャ公女が赤と青の指輪を持っているといっても、あそこまで機敏な敵が相手では素人の出番はない。
魔物が確実におれを狙ってくるよう、公女には一瞬だけ、消えてもらわなければならなかった。
敵の思考を誘導したからこその、一撃必殺である。
シェルと合流するまでは、なんとか魔力を節約しないと。
アイシャ公女は、なぜかおおきくため息をつく。
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