第56話

「みんなーっ! 今日はアリスのコンサートに来てくれてありがとーっ! みんなのために、心を込めて歌うねーっ!」


 テルダ公爵領の公都で散策していたおれとシェリー。

 ふたりが訪れた広場の奥には、映画館のスクリーンくらいはある、巨大な王国放送ヴィジョン受信端末が設置されていた。


 広場の四方に設置されたスピーカーから、元気のいいアリスの声が流れてくる。

 端末の映像は、王都のどこか、おそらくはふれあい公園(という名のカジノ)あたりで行われている……。


 アリスのコンサートであった。

 紹介のテロップいわく、歌って踊って戦えるアイドル、らしい。


 不思議なことに、おれはこんなコンサートを開いた覚えはないし、ましては歌なんてさっぱり歌えないということであった。

 しかも、やたらキレッキレな踊りをみせている。


 つーかこのアリス、おれじゃないよな!!


「影武者……ってことは、メリルかあれ」

「た、たぶん」


 広場には数百人の男女が集まり、そばの屋台で買った果実ジュースや香ばしい料理を手に、映像を眺めている。

 けっこうな割合が、アリスが踊って歌う姿に見惚れているようだった。


 娯楽の少ない世界だ、こういう活動は地味ながら効果があるのだろう。


 ちなみにメリルアリスが歌っているのは、昔からある恋の歌のアレンジみたいだ。

 いまは会えない、引き裂かれた恋人への想いを歌う歌である。


 たぶんマエリエル王女とその配下の者たちが、総合的にマネジメントしているのだろう。

 おれになにも知らせずに。


 あーもー、勝手なことしてくれちゃってさー!


「想いのこもった、いい歌だ」

「アリスちゃん、恋してるのかなあ」

「きっとおれに恋してるんだろうなあ」

「おめーアリスちゃんと会ったこともねーだろ!」

「この前、画面越しに笑ってくれたもん!」


 見物客たちの会話が聞こえてくる。

 こいつら営業スマイルをみただけで「おれに惚れてる」とかいいそう。


「兄さん、あれからメリルさんと会ってるの?」

「いや、いちども。なんどか手紙のやりとりはしたけど、それだけだ」


 メリルアリル。

 おれの婚約者……になるはずだった少女だ。


 彼女は一時的に、シェリーのかわりにシェルとなり……。

 エステル王女をかばって対魔法剣アンチマジック・ブレードの一撃を受けた結果、王国放送ヴィジョン放送の最中に魔法が解けてしまった。


 大衆は、彼女メリルこそ本物のシェルだと信じている。

 マエリエル王女たちも、広報でそれを事実だと認めた。


 ついでにアリスはメリルアリルの姉(架空の人物)が変身した姿である、という事実・・も公式に発表されている。

 おれとシェリーの存在を大衆の目から、ひいては魔族の監視から隠すため、メリルアリルは影武者として生きることとなった。


 そのメリルアリルとおれがいま接触するのは、たいへんに不都合がある。

 どこから真実の情報が洩れるかわかったものではない。


 そういうわけで、おれは未だ、あれから彼女と会うことができていない。

 手紙のやりとりだけは、必ずエステル王女を経由するという条件で許可されている。


「みんな、アリスの歌と踊りを喜んでいるんだな」


 広場を見渡して、おれは呟く。

 あのアリスはおれではないが、そもそも戦うとき以外、アリスがおれである必要はないのだ。


 姿かたちだけではなく声だって、魔法を使えば真似することができる。

 あのアリスは、言葉遣いや微妙なイントネーションまで、おれの演じるアリスそっくりだった。


 きっとメリルアリルが、とても努力して、おれのアリスをコピーしてくれたのだろう。

 そこに文句は、なにひとつない。


 よくみれば広場に集まる者のなかには、少し薄汚れた服を着ている者、疲れ切った様子で座り込みながらも食い入るようにスクリーンをみつめている者も多い。


 もっと裕福な者たちは相応の酒場に設置された受信端末で、この映像をみているのだろうか。

 貴族たちは、各々の家に設置された双方向端末から応援のコメントを打ち込んでいるのだろうか。


 こうして掴んだ人々の気持ちは。

 おれがアリスとなって戦場にでるとき、きっとおおきな力となって返ってくるだろう。


 アリスの歌が終わり、舞台から手を振りながら退場する。

 司会とおぼしき若い貴族の女性が画面に入ってきて、トークが始まる。


 っていうかこれマエリエル王女だな。

 いちおう変装してるけど。


 なんで王族が自分でトークショー始めるの?


 しかも小粋なジョークで、みている人々を笑わせている。

 たぶん観衆は、この気さくな人物がマエリエル王女って気づいてないよなあ……。


「殿下、こんなことまでしてるから忙しくて徹夜が続くのでは?」

「自分がいちばん上手くやれるから、って前いってたよ……」


 完全にワーカーホリックな労働者の台詞である。

 困ったことに、マエリエル王女は非常に多才で、彼女の言葉は自信過剰でもなんでもなく、ただの事実なのだった。


 シェリーは苦笑いしている。

 ここ数か月で、マエリエル王女とは、少しは打ち解けることができたらしい。


 ディアスアレス王子とは、いまだにぎこちないのだとか。

 うちの妹はどこに出しても恥ずかしくない人見知りだからなあ。


「これ、録画か?」

「たぶん生放送だよ。殿下、そういえば今日、王国放送ヴィジョンの仕事があるからっていってたから……」


 ほんと、おつかれさんである。

 おれとシェリーも、この前、『アリスとシェル』というカードゲームのプロモーションをやらされたからわかるけど、王国放送ヴィジョンの番組に出るのって本当に緊張するんだよ。


 戦闘で王国放送ヴィジョンシステムを利用するときは、もう完全に慣れちゃったけど。

 というか戦っている最中は、端末の向こう側の人々なんて、コメント欄に書き込んでいるひとたちくらいにしか意識していないけど。


「戻って、指示が来るまで待機するか」

「あ、待って。次、『アリスとシェル』の新情報だって」


 きびすを返そうとしたところ、おれの服の端をシェリーが掴んだ。

 あっ、これ、テコでも動かないやつだ。


 すでに時刻は夕暮れ時。

 広場には、ひと仕事終わった者たちが集まってきている。


「なんだなんだ、『アリスとシェル』の情報か? おれ、この前、新しいデッキつくったんだぜ」

「おまえ、あれやってるの? カード高いだろ」

「金持ちのガキを騙して、クソカードと強カードを交換してさ……」


 おい、鮫トレはやめろ。

 集まってきた労働者たちには、そこそここのカードゲームを遊んでいる者がいるらしい。


 王都より人口が少なく、店に並ぶパックも相応に少ないはずだが、それでもけっこうなプレイ人口がいるんだなあ。

 なんかあっという間に、前世におけるトランプくらいの立ち位置に近づいていっている。


 マエリエル王女には、くれぐれも激レア商法などで煽ることがないよう務めてもらいたいものである。


 ちなみに新情報とは、『アリスとシェル』の公式大会を王都以外でも定期開催し、冬には各都市対抗の大規模大会を開くというものだった。

 加えて、王都のふれあい公園と同様の施設を各地につくる、とも。


 なんでそんなこと……と思ったけど、これ、国家戦略の一環か。

 王都のふれあい公園、という名の巨大カジノ。


 あそこの地下は、マエリエル王女の配下の諜報組織のアジトになっている。

 大会と称して各地にマエリエル王女配下の者たちを送り込んで、諜報を強化するということか?


 彼女もディアスアレス王子も、各地の治安の悪化を懸念していた。

 加えて、魔族のスパイがどれだけ入っているかわからないとも。


 『アリスとシェル』をダシにして王国全体の諜報を強化、来年から始まるに違いない魔族との決戦に備える。

 そのための施策ということなのだろう。


 それにしても、魔族ってカードゲームするのかねえ。

 カードで魔族と決着がつけられたら、どれだけ平和か。


 無理だけど。

 この世界は一枚のカードからつくられたわけではないのだ。



        ※※※



 はたして、それから。

 公宮に戻り、あてがわれた一室で妹とふたり、『アリスとシェル』で対戦しながら待機する。


 夕食のあと、王女の使いを名乗る者が、おれとシェリーに報告を届けてくれた。

 というかやってきたのは、エステル王女とアイシャ公女だった。


「アランくんとシェリーちゃんの正体を知ってるひとは、少ないほどいいからねー」

「役職を持っていないわたくしたちであれば、身軽に動けるというのもあります」


 とのことで、王から命じられ、追加人員として急遽、この地に派遣されたとのこと。

 王は今回の事件をそれだけ重視しているということだ。


 だからってこのふたりをパシらせるのか。


「わたくしが望んだことでもあります、アランさま」

「場合によってはこの公都だけのローカルで王国放送ヴィジョンシステムを稼働させるからさー。その場合、ぼくとこの子が魔力を送るってこと」


 なるほど、限定的な王国放送ヴィジョンシステムか。

 エステル王女はともかく、アイシャ公女の魔力の多さは、恐れの騎士テラーナイト戦でも証明済みである。


 最後の数十秒とか、ほとんどアイシャ公女ひとりでアリスとムルフィを支え続けたからな……。

 魔力量だけなら、うちの王族の大半より上だろう。


 ちなみにそのアイシャ公女は、今日もなぜかメイド服である。

 エステル王女、そろそろ身バレしたの許してあげないの?


「あ、それでね。森に向かったエネスから通信があったんだけどさー」


 そうだった。

 おれとシェリーは、エネステテリア王女からの指示を待っていたのだ。


「大型の魔物の痕跡あり、これより森の深部へ向かう。翌朝までに続報ない場合、王国放送ヴィジョンシステムを起動し支援を求む、だって」

「つまりおれたち、このまま朝まで公爵家こっちで待機ですか」

「うん、寝てていいて。いくらエネスだからって、ちょっと危ない気がするけどねー。王国放送ヴィジョンシステムをケチってるんじゃないかな」


 エステル王女は呑気そうな口調でそういうが、いつもと違って目が笑っていなかった。

 アイシャ公女が、なにか感じとったのか、おろおろしている。


「ケチってる、ですか」

「触媒代もかかるし、ね。それにアランくんたちは特殊遊撃隊で、エネスは第零遊撃隊を仕切ってる。助けを求めるにはきちんと証拠が必要、とか考えてるんだと思うよ。あの子真面目だもん」


 やっぱりエステル王女って、政治に関わるのが嫌なだけで、このへんのカンみたいなのは悪くないんだな。

 あるいは今回の場合、姉妹のことだから、ある程度相手の気持ちがわかるのだろうか。


「アランくんなんて使い倒してナンボなのにね」

「エステル姉さま!」


 ある程度は事実だけど、いいかたを考えて欲しいな!

 こういうところがエステル王女の駄目な部分、というのは皆の意見が一致するところである。


「ぼくは別に、品行方正とかヒトを上手く使うとか目指してないから」

「それ以前の、礼儀の問題です!」


 はい、論破。

 十歳児に論破されてーら、へっへっへ。


 とかにやにやしていたら、エステル王女が唇を尖らせる。


「十歳に言葉で守ってもらう騎士ってさあ……」

「どんな負け惜しみですか、どんな」


 まあ、とにかく。

 朝までゆっくりする時間があるというなら、そうさせてもらう。


 いまのうちにコンディションを整えておくべきだ、という予感があった。


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