第50話
それにしても、トレーディング・カードゲームとは。
いったいマエリエル王女は、どこからそんなアイデアを持ってきたのだろうね……。
その日の夜、リアリアリアに訊ねてみた。
「もちろん、あなたの頭のなかからです」
やっぱりな!! そんなところだろうと思ったよ!!
これ、アイデアの盗用で訴えることできないですかね……。
よく考えたら、どのみちアイデアを考えたのはおれじゃないな。
「アラン、きっとあなたも喜ぶと思ったのですよ」
おれとリアリアリアはふたりきりで、彼女の書斎にて。
テーブルをはさんで向かいあって座り、リアリアリアは不敵に笑う。
頭を振るたびに、青い髪が波のように揺れる。
緑の瞳が蠱惑的に輝き、尖ったエルフ耳が嬉しそうにぴくぴく揺れている。
その手には……『アリスとシェル』のカード五十枚が束ねられたものが……。
すなわち、デッキがあった。
大魔術師は、スリーブに入った五十枚のカードの束を、しゃらしゃらと手際よくシャッフルしている。
ちなみにカードを入れるスリーブもまた、合成樹脂製のものが複製魔法によって大量生産されているらしい。
なんでそんなところばかり全力を出すかなあ。
「さあ、勝負です、アラン。不完全情報ゲームで高頻度でファンブルを出す女という悪しき称号を、今日こそ返上してみせましょう」
「あー、トレカなら構築次第で手札事故も最小限にできるけど……まさかあんた、ただそれだけのためにトレカを広めようとしたのか?」
目の前の四百五十年を生きた大魔術師は、長年の経験とその卓越した思考力故、将棋やチェスのような完全情報ゲームは王国中に敵がいないほど得意だ。
対して、運の要素が強いトランプなどのカードゲームでは、とんでもない確率で手札事故を起こすという特技を持っている。
つまりリアリアリアとチェスをしても相手が圧勝ばかりで楽しくない、トランプをすれば相手がボロ負けして楽しくない、という……。
こうして考えると、けっこう可哀想なひとだな、彼女。
だからって、わざわざまったく新しいゲームを開発させたりする?
王国の資源は全部自分のためのものだと思ってない?
「わたしとあなたの長年の因縁、今日このとき決着をつけるとしましょう!」
「なんか勝手に盛り上がってますけど、おれはデッキ持ってないですし、このゲームやる気ありませんよ」
「えーっ、そういわず、やりましょうよ! ほら、カードはここに全部ありますから!!」
こ、こいつ、トランクケースに全カード三枚ずつ揃えてやがる!
どんな大富豪だよ!!
我が国唯一の大魔術爵だったわ!!
「ほらほら、上司を接待すると思って!!」
「おれの記憶から、そういうロクでもない風習ばっかり読みとるから、ほんとにもう……」
「でも本気でやってくださいね! 手加減は駄目ですよ!!」
仕方がない、一回だけだぞ。
ルールは昼間、シェリーがやっているのをみてだいたい覚えた。
リアリアリアが後ろを向いている間に、ざっくりとカードを確認して……このへんでいいか、と五十枚を揃える。
彼女のデッキはみていないけど、ある程度は推察できるから……うん、メタになるのはこのへんかな。
「よし、できた。それじゃやりましょうか」
「はいっ! さあ今日こそ、不完全情報ゲームであなたをぼっこぼこにしてやりますよっ!」
いつも以上にテンションが高く、エルフ耳をやたら上下させているリアリアリア。
テーブルをはさんで座り、準備を整え。
おれたちは――。
「先行、おれのターン。持続魔法『王都の大結界』をプレイ。低コストのユニットは攻撃時に追加で魔力をコストとして払わなければ攻撃できない」
「あああああああっ!! わたしの低コストビートがああああああああっ!!!! なんでぇぇぇぇっ! どうしてピンポイントで
そりゃ、極限まで手札事故が起きにくいようにデッキを組めば低コストビートになるからじゃないかな?
さっきのリアリアリアの発言と考え合わせると、彼女のデッキも読めてくるというもの。
たいていのトレカと同様、この『アリスとシェル』にも低コストビートがあるようだった。
そして当然のようにそのメタカードが存在した。
しかもレアに一種類と、その劣化版がコモンにも一種類。
そりゃ両方とも上限までガン積みするわ。
かくしておれは、デュエルに勝利を収めたのであった。
ふっ、これが闇のゲームでなくてよかったな。
「ま、まだです。この勝負はマッチ制ですから!!」
「えっ、ルールの後出しとか、まともな大人のやることじゃないですよ」
「えーいだまらっしゃい! 十五枚のサイドデッキから数枚入れ替えるので少しお待ちください。そちらは、そこの全カードから入れ替えて結構ですよ」
いいけどさあ。
そういうことなら、こっちも何枚かカードを入れ替えさせてもらおう。
たぶん持続魔法を破壊するカードを入れてくると思うから、それなら……。
五分ほどかけて、お互い、デッキのカードを数枚変更する。
「よし、二戦目です! このあと連勝すれば、わたしの勝ちですよ!!」
リアリアリアが勇んでデッキをめくり、再戦が始まる。
おれは先ほどと同様、持続魔法『王都の大結界』を張って相手にターンを渡した。
リアリアリアは鼻息荒くドローしたあと、にやりとする。
キーカードを引いた、か?
「行きますよ! 魔力を払って発動、大規模魔法『
「カウンター発動、『
「どぉぉおおおおしてそんなカードが入ってるのぉぉぉぉっ!! 大規模魔法にしか効果がないでしょ、それぇぇぇぇっ!!」
そりゃ、ピンポイントの読みが当たったからじゃないかな。
このゲーム、ちゃんとメタのメタまで用意されていて、妙にバランスがいい。
手札で腐る可能性もあるけど、ハイリスクハイリターンなデザインが気に入って、入れてみたら最高のタイミングでプレイできたというわけだ。
かくしておれは二連勝し、めでたくこのマッチ戦を制した。
「ふっふっふ、アラン、実はこれは十先だったのですよ」
「諦めてデッキ練り直してきてください。また相手をしてあげますから」
ちなみに十先とは、文字通りどちらかが十勝するまで戦うことである。
負けず嫌いも大概にしろ。
※※※
後日のこと。
リアリアリアは仕返しのつもりか「アランは『アリスとシェル』の達人である」という噂をばらまいたらしい。
知り合いの何人かから、『アリスとシェル』の勝負を挑まれた。
そのたびにおれは、デッキを所持していないことを理由に断る。
それでも断れない相手がいたため、仕方なく、コモンとレアだけで適当にデッキを組んで持ち歩くことにした。
そんなデッキでも、けっこう高い確率で勝てるもので……。
「アラン様は、人と人とのかけひきがとてもお上手なのですね」
とおっしゃられたのは、相変わらずメイド服を着た十歳のアイシャ公女である。
いつもの屋敷での、未来探知に関する打ち合わせのあと、『アリスとシェル』を一戦、挑まれたのであった。
当然のようにおれが勝利したあと、彼女は負けたというのに目を輝かせて、そんなことをいう。
おれは深いため息をついた。
「そうでもないです。実際に、騎士同士で模擬戦をすれば、おれは平凡な成績しか残せませんよ」
「では、こうしたゲームが得意なのですか?」
「昔とった杵柄、ですかね」
彼女はきょとんとしていた。
まあこのゲーム、出てからたいして時間が経ってないもんな。
でもリアリアリアがおれの記憶からトレーディングカードゲームの基本的な概念をとり出しただけあって、この『アリスとシェル』の攻防のキモはおれがいちばん得意とする部分にフィットしているのだ。
具体的には、メタのまわりかたとプレイングのコスト管理、事故と確率論あたりが特に。
「アラン様、わたくしはこのゲームでもっと強くなりたいのです。よろしければ、コツを教えていただけますか」
「おれが知る程度のことでいいなら、喜んで。まずは最初の数ターンにプレイするカードを引いてくるための確率ですが……」
いきなりカードが手札に来る確率の話から始めたところ、横で聞いていたマエリエル王女が露骨に耳を寄せてきた。
おい、あんたがそこに興味を持つのかよ!
「開発したわたくしたちより、アランの方がゲームに詳しいのですね」
「確率を計算するの、好きなんですよ」
この世界、聖教の寺院で基礎教育として四則演算くらいは教えてもらえる。
貴族なら、家庭教師がもっと高度な教育をするだろう。
でも確率計算をきちんと学ぶ場はほとんどない。
騎士団とかでは戦争の演習に使うシミュレーションゲームのために、確率論の基礎を習うらしいけど。
「ひとまず八割、手札事故が起こらない構築にすることを心がけましょう」
このゲーム、サーチと
初期手札とは別に一枚、相棒カードがあるから、完全な手札事故というものは発生しないつくりなんだけど。
でも相棒を活躍させるために必要なカードはデッキから縦引きするしかないから、やっぱり確率論が重要になってくる。
「アラン、あなたのデッキ構築論を広める気はありませんか? たいへんに興味深いです」
「おれの名前を広めず、開発側からのアドバイス、という体をとってくださるなら」
たいしてこのゲームをやっているわけではないが、トレーディングカード全般で共通する定石、程度なら語ることはできる。
何人かと対戦して、ついでに他人の対戦もみていて思ったけど、ターンごとに魔力が増えていくタイプのゲームなのに、みんなあまりマナカーブを意識したデッキ構築をしてないんだよな、とかその程度のことだ。
ついでに、コストとリターンの配分が駄目な感じのカードについても指摘しておく。
いわゆるぶっ壊れってやつだな。
案外、コモンにもぶっ壊れカードがあったので、このへんは次の弾か次の次あたりでメタが配られるか、いっそ禁止にされることだろう。
あるいは、そのぶっ壊れカードを中心にメタがまわっていくか。
そんなことを、アイシャ公女とマエリエル王女を相手に語る。
今日はディアスアレス王子もエステル王女も別の仕事で不在なため、おれの話を聞いているのはこのふたりだけだ。
「こんなことを語ってはみましたが、おれはあまりこのゲームをやりこむ気はありません。妹の練習につきあうくらいはするけど」
「まあ、もったいない。アランの腕であれば、チャンピオンも夢ではありませんでしょうに」
「そんなところで、へんに目立ちたくないですね……」
ただでさえ、シェリーの兄、ということで悪目立ちする部分もあるのだから。
シェリーは先日、十五歳にして正式に魔術爵となることが発表されたばかりなのである。
ちなみにこの大陸においては、数え歳が一般的だ。
冬の新年を迎えると一歳、年を取る。
「妹の金で金満デッキをつくった成り上がり貴族のチャンピオン、たしかに悪目立ちしそうですわー」
「だからコモンとレアのデッキしか持ち歩かないんですよ!」
そもそもおれは、このゲームをやらないつもりだったのに、どうして……。
思い返せば、ぜんぶリアリアリアが悪いな。
「わたくしとしては、アラン、あなたも多少は修行以外に目を向けていただけると安心できますわ」
マエリエル王女は、少し心配そうな口調で、諭すようにそんなことをいう。
あー、まあ、ねえ。
妹といないときのおれは、このところずっと、鍛錬に励んでいる。
まだまだ力が足りないことをよく理解したからだ。
手札も、底力も、なにもかもが足りない。
切り札も欲しい。
今日も、新しい武器の開発についてマエリエル王女に相談したばかりだ。
資金的に厳しいが、冬にはなんとかしてみせる、と前向きな返事をもらった。
「アラン、あまり遠くばかりみていては、近くの石に躓きますわー」
「おっしゃる通りだとは思うんですけどね」
なにせ、おれは現在、出動を制限されている身だ。
とっくに身体は全治しているのに。
「というわけですので、『アリスとシェル』のプロモーションの一環として、アリスちゃんがデュエルをするという企画はいかがでしょう」
「なんでそうなるんです?」
「アランとして有名になるのは駄目でも、すでに有名人のアリスちゃんがいっそう有名になる分には問題ありませんわー」
うわっ、ぶっこんできたなあ。
でもそのプロモーション、めちゃくちゃ効果あるかも。
「先ほども申しました通り、新兵器のための資金繰りですわー」
アリスの新兵器、か。
お金かかるっていわれてるしなー。
悔しいっ、新兵器の開発資金のためには逆らえないっ!
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