第49話
夏が過ぎ、秋が来る。
間もなく畑の収穫が始まろうとしていた。
今年の収穫はとても重要である。
特に王国の西側では、収穫が終わったあと、国を挙げての疎開が開始されることとなっていた。
秋が終わり、冬が来て。
早ければ春の訪れと共に。
遅くとも、来年の夏までには……。
デスト帝国は、滅ぶ。
その後は魔王軍の先遣隊が、帝国国境の山岳を越え、我が国に侵入してくるはずであった。
王国の西に広がる草原地帯が戦場となるだろう。
つまり王国西方では、今回は魔王軍との戦いの前、最後の収穫となる。
そんな、とてもとても大切な収穫なのであった。
王国は、数年かけて保存できる限りの食料を保存し、その日に備えている。
西方の畑がなくとも二、三年は戦えるだけの準備をしていた。
※※※
ある日の昼下がり、おれとシェリーは、ふたり並んで王都の商区を散策していた。
相変わらず、おれの単独行動は禁止されていたのである。
どこでどんな無茶をするかわからない、どんなトラブルに巻き込まれて無茶をするかわからない、というわけだ。
まるきり信用がないな!
ここ最近の素行から考えて、納得できるフシしかないけど。
自分の身を人質にしてシェリーにリミッター解除を強制したのは、本当に悪かったと思っているよ……。
そんなこともあって、いまのおれは以前の十割増しでシェリーに甘々である。
デートのお誘いに一も二もなく承諾し、こうして仕事も修行もサボって妹のお供をしているわけだ。
今日のシェリーは機嫌がよかった。
おれの手をとって、あっちのお店、こっちのお店とウィンドウショッピングを楽しんでいる。
ちゃんと服を買ったり魔道具を買ったりしているのだけれど、このあたりのお店はだいたい「大魔術爵の屋敷に運んでください」で終わりなので、いくら買っても商品は荷物にならない。
それをいいことに、我が愛しの妹はだいぶ派手に散財していた。
それがストレスの解消になっているのだろう。
おれの年棒数年分から数十年分の金額がぽんぽん飛び交っていると、みていてちょっとばかり心臓に悪い。
「お金は大丈夫なんだよ、兄さん。わたし、これでもいろいろ稼いでるから」
「知ってる。リアリアリアとの共同開発品だけでも目が飛び出るような額だよな」
「だから兄さん、なにか欲しいものがあったら教えてね。いくらでも買ってあげるから」
そういわれても、妹に貢がれる兄の立場になって考えてみて欲しい。
戦いに関しては、いまさら情けないとは思わないけど……こういう日常においては、少しくらい兄の威厳を……。
無理かな。
うん、無理かも。
大魔術師の弟子というネームバリューも含め、妹の才覚が溢れすぎていて辛い。
「兄さんは自分に自身がなさすぎるよ。わたしがここまで来られたのも、兄さんが背中を押してくれたからだよ」
いや、それはきっかけにすぎなくて、結局はシェリーの努力と才能があったからこそ、なんだけど。
もちろん、おれがいろいろ動いた結果、いまがあるのもわかっているつもりではある。
「未来が変わった、か」
先日の、アイシャ公女の言葉を思い返す。
彼女がみていた未来に、二年前のあるとき、変化が訪れたという。
時系列を整理しよう。
おれがリアリアリアに初めて記憶を覗かれ、実質的な
魔王軍の侵攻が開始されたのも、そのころだ。
二年前といえば……そう、我が国の王が
アリスの活動が本格的に始まり、彼女が魔物を退治する光景が初めて王都の端末に映し出されたのが、そのころだったはず。
アイシャ公女が生き残る未来は、そのとき生まれた。
それまでの彼女には、どうあっても魔王軍に殺されるか、囚われるか、どちらかの未来しか存在しなかったという。
そこに第三の道が現れた。
その道は細く険しいかもしれないが、とにかく新しい道が、希望が唐突に現れたのである。
それは、おれの知るゲームの世界に続く未来とはまた違う道がある、という決定的な証拠なのだろうか。
あるいはそうしてみえた未来も、また別の絶望に繋がっているのだろうか。
リアリアリアは、「ひとつの手ごたえを得た、と考えましょう」とアイシャ公女の言葉を素直に喜んでいた。
同時に「これに油断せず、彼女がさらなる善き道を発見できるよう、力を尽くさなくては」とも。
ちなみに大魔術師である彼女によると、大公家特有の魔法である未来探知とは、厳密には魔法ではなく、その一族固有の特殊能力のようなものであるらしい。
「とある魔族に角があるように、とある魔物が目からビームを放つように、かの一族の血には未来をみる力が備わっております。ずっと昔に、禁忌の実験によって手に入れた力です」
リアリアリアは、禁忌、とはっきり告げた。
具体的なことについては、口をつぐんだ。
こと魔法に関しては倫理もクソもあったもんじゃない彼女をして、禁忌という実験。
それがなんなのか、きっとおれは知らない方がいいことなのだろう。
というかあの婆さん、なんでそんなことまで知ってるんだよ。
四百五十歳は伊達じゃないってことか。
なんてことを考えていたら、並んで道を歩くシェリーが、むーっ、と不満そうな顔で睨んできた。
「兄さん、ほかの女のこと考えてる顔してる」
「ああ、リアリアリア様のことを考えてた。あのひと、魔法に関しては大陸中のあらゆることを知ってるんじゃないかなって」
「どうしてデートの最中にそんなことを考えるかなあ」
それは本当に申し訳ない。
妹とのふたりきりのふれあいの最中くらい、余計なことは考えないようにしないと。
「ではお嬢様、次はどこに参りましょうか」
「うむ、わらわはあっちの甘味処でパフェを食べたいぞよ、ぞよ」
どんな口調だ、我が妹よ。
口を尖らせる様子もかわいいから、いいけど。
「あ、でね、兄さん。そのあと、ふれあい公園に行きたい!」
あ、珍妙お嬢様の真似はもうやめるんだ。
ふれあい公園ね、はいはい……知らない場所だけど。
「そこでね、賭けカードゲームをやってみたいんだ!」
「待って、ふれあい公園ってどういう場所なの!?」
※※※
ふれあい公園。
といってもそれは屋外ではなく、商区の郊外に建設された地上五階地下三階建ての立派な建築物で、正確にはカジノというべき遊興施設であった。
もちろん国営の。
胴元は、またもマエリエル王女だ。
なにと触れ合うの?
もちろんディーラーとプレイヤーさ!
ポーカーに似たゲームやダイスゲーム、ルーレットのみならず、パチンコやスロットに似た魔道具の筐体まで設置されている。
加えて、最近発売された『アリスとシェル』というトレーディング・カードゲームのレーティング戦まで行われているという。
ちなみに『アリスとシェル』はアタッカーとサポーターを組み合わせて五十枚以上のデッキをつくって戦う、まったく新しいカードゲームだ。
ブースターセットに収録されたウルトラレア、『輝光のムルフィ』と『禁術:
みたいなことをシェリーから早口で説明された。
実際にどこからともなくとり出した現物のデッキをもとに。
ちなみに前述の『輝光のムルフィ』の値段は、わりと眩暈がするほど高騰していた。
封入が極悪すぎるだろ……いい加減にしろ!!
札束を印刷魔法で刷ってるようだ、とはマエリエル王女の言葉だとのこと。
王女の高笑いが聞こえてくるようだった。
まあ、シェリーは当然のように、上限枚数である三枚を揃えていたけども。
「で、そのレーティング戦に参加したい、と」
「その……駄目かな、兄さん?」
上目遣いに頼まれて、OKしないわけにはいかない。
賭けるのはあくまで個人が持つデュエリストとしてのレートであって、別にレーティング戦でカードを賭けたりするわけじゃないらしいし。
カジノのほかのゲームに比べれば、きっと健全だろう。
健全だよな?
デュエルで命のやりとりとかしないよな?
「ちょっと不安だから、おれも横でみていていいか」
「みていてくれるのは嬉しいけど、兄さんがなにか勘違いしている気がする……」
妹が闇のゲームに巻き込まれないか心配なんだよ。
※※※
ふれあい公園という名の遊興施設、端的にいってカジノ。
なんかお城くらいあるでかい建物がいつの間にか商区のはずれに建てられてるなあ、と思ったけど、それがふれあい公園であった。
ちなみにこの世界、魔法のせいでやたら建築技術が発達しており、特に優秀な建築魔術師は地下をがっつり掘り進んで土地を有効利用する。
ただし王都においては、地下は三階までの深さしか利用することができないという制限が課されている。
このへんは対魔物結界とかにも関わってくるため、厳密に守らなければならない規制だ。
なお王族がつくる建物は、その制限の下層に秘密の地下施設をつくっているとか、いないとか。
以前、ディアスアレス王子に訊ねてみたところ、そういった秘密施設は実際に存在して、わざわざ専用の対魔物結界を張った上で国防上の重要な基地となっているらしい。
このふれあい公園もマエリエル王女のつくった施設らしいから、きっと地下三階のさらに下があるんだろうな……。
ああ、そうか。
この施設自体が、その秘密施設のためのダミーなのか。
やたらに大がかりだけど、木を隠すなら森のなか。
マエリエル王女ならそれくらいやる、という圧倒的な信頼感がある。
おれとシェリーが施設のなかに入ると、胸のおおきなバニー服を着た若い女性がフロアのあちこちで案内をしていた。
高い天井から吊り下がったシャンデリアの魔法による明かりによって、施設全体が明るく照らし出されている。
来場者は、やはり金持ちの商人や貴族がほとんどのようだ。
『アリスとシェル』らしきデッキを手にした男女もみかけるが、同様に身なりがいい者が多い。
まあ、さっき聞いたウルトラレアの値段を考えたら、そりゃ貧乏人には辛いゲームだよなあ。
別にすべてのプレイヤーがガチってわけじゃないんだろうけど。
商区の裏ではクズカードが捨てられて山となっていて、そういったカードを集めてデュエルしているサテライト民もいるかもしれないし……。
いやしらん、適当なこといった。
ちなみにカードの紙質はけっこういい。
これを刷るためだけの専用の印刷魔法がつくられたという話だから、国家レベルで気合が入った事業なだけはある。
デュエル会場は三階とのことなので、おれとシェリーは魔法式の昇降機を使って三階まであがった。
三階のフロアではいましも大会の受付が締め切られるところで、シェリーは慌てて受付のカウンターに駆け込む。
で、結論からいえば。
あっさりと一回戦負けしたシェリーを、おれは慰めることとなる。
「うう、緊張して、ミスばっかりだったよ……。練習では完璧だったのになあ」
「よくある、よくある。なんども試合に出ていれば、そのうち慣れてくるさ」
久しぶりに、我が妹の人見知りが発動していた。
おれはプレイを観戦させてもらったけど、プレイ中に口出しするようなマナー違反はしなかったのである。
デュエリストにとってデュエルとは神聖なものだからな。
ちなみに相手のプレイヤーは白髭の中年紳士で、たぶんそこそこな貴族家の引退した前当主とかだろう。
堅実なプレイングの
初陣のシェリーとでは、あまりにも相手が悪い。
「なにを出しても除去されるんだもん、ひどいよ」
「あー、それな。最初の二枚を切ったあとしばらくは、たぶん手札にカウンターなかったはずだぞ。ブラフにひっかかったな」
「えーっ、兄さん、なんでわかるの?」
相手の目線の動き、かな。
あの紳士も、デュエリストとしてはまだまだである。
そんな単純なブラフに引っかかってしまう素直さは、うちの妹が殺し合いに適性がないことの証明だ。
いっそ、こういうゲームから駆け引きを覚えるのもいいかもしれない。
「兄さんも、このゲームやってみる?」
「いや、やめておくよ。おれはもうデュエルの世界を引退したんだ」
「???」
首をかしげているシェリーだが、わからなくてもいいよ。
便所ワンキルみたいな世界はもうたくさんなんだ……。
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