第48話

 ディアスアレス王子たちへの報告のため訪れた郊外の屋敷。

 その、いつもの会合の間に入室したおれは、そこにいた、罰としてメイド服を着せられた可愛らしいアイシャルテテル公女によって、ひどい未来・・を暴露され、固まった。


 まだ十歳のアイシャ公女。

 おれは、その彼女を裸にして、抱いていたというのである。


 ディアスアレス王子とマエリエル王女が冷たい目でおれをみている。

 アイシャの保護者がわりであるエステル王女は……にやにやとした笑みをみせていた。


 あれ?

 ふと、首をかしげる。


 おれはメリルの一件でよく知っているのだけど……。

 エステル王女ってわりと身内には過保護なんだよな、と。


 すぅーっ、と深呼吸して気持ちを落ち着ける。


「確認したいのですが、アイシャ殿下、あなたがみた未来で、おれはなんといっていたのですか」

「自分は本当は、男なのだ、と。『アリスというのは仮の姿だから、こうして共に温泉に入るのは、本当は駄目なんだよ』といって、肉親をすべて失い悲しみに暮れるわたくしを抱きしめてくださったのです」

「あっはい」


 アリスの姿で温泉に。

 なるほどね。


 年の近い同性の友人としてアリスとのふれあいを求めた彼女に対して、おれがそう返事をした、と。


 そんなことだろうと思った。

 おれはジト目でエステル王女を睨む。


 この王女のことだ、どうせ、わざとまぎらわしいいい方をするよう指導したのだろう。

 おれが慌てふためくありさまをみたくて。


 どうせ、ディアスアレス王子とマエリエル王女も共犯である。

 さっきはエステル王女にツッコミを入れていたこのひとたちの本性も 王国放送ヴィジョンシステムのコメント欄でよく知っている。


「うーん、アランくんったら、つまんないなあ」

「少し計画が雑だったのですわー」

「いやいや、なかなか悪くなかったと思うがね。あと一歩だった。相手に落ち着く時間を与えず、一気呵成に攻め込むべきだったかもしれないね」


 なにがあと一歩なんですか? なにが一気呵成? ねえ、殿下?


 エステル王女、マエリエル王女、ディアスアレス王子の順に、とてもいい笑顔になった。

 アイシャ公女はひとり、メイド服のまま、きょとんとしている。


 こ、こいつら……。


「あ、あの。わたくし、なにかアラン様を困らせてしまったでしょうか」

「悪い大人に騙されないように気をつけてくださいね、アイシャ殿下」


 殿下の後ろに立つ三人に白い眼を向けながら、おれは心からの忠告を送った。



        ※※※



 さて、おれをアイシャ殿下をダシにした余興は終わり。


 お互いテーブルを挟んで座って、お茶を飲み、エステル殿下がつくってきた焼き菓子をつまみながら、先の戦いの報告をする。

 ディアスアレス王子たちが積極的に聞きたがったのは、どうすれば六魔衆クラスの分厚い守りを突破できるか、であった。


「今回、幸いだったのは、恐れの騎士テラーナイトの機動力が低かったことだね。空を飛ばない、ただそれだけでもこちらにとってずいぶんと助かる相手だったといえる」


 王子はさきほどまでとは一転、苦虫を噛み潰したような表情で告げる。

 そうなんだよな、恐れの騎士テラーナイトは空を飛ばないから、ムルフィの爆撃に誘爆の魔法インドゥークションを混ぜる戦法がかなり効果的だった。


 これが王家狩りクラウンハンターの場合、空を自由に飛んで避けてくるから、誘爆の魔法インドゥークションなんて最初の一発以外は当たる気がまったくしなかったんだ。

 地上にいる相手というのは、それだけやりやすいということである。


 三次元と二次元だからね。


 戦場もよかった。

 森のなかにある開けた場所で、視界を遮るものがほとんどないという環境は、爆撃に最適である。


 もしこれで戦いが森のなかだったら、ムルフィの攻撃魔法を中心とした戦い方は難しかったに違いない。

 加えて、あの恐れの騎士テラーナイト、他所での戦闘の報告から、狭い場所では蜘蛛の糸を飛ばしてそれを足がかりに飛びまわるという戦法も確認できていたりする。


 あれだけの外皮と攻撃力に加えて森のなかを自由に飛びまわる相手なんて、アリスでもちょっとご勘弁願いたい。

 こちらに有利な戦場で、なおあれだけ苦戦したのだから。


「相手がわざわざ不利な地形で戦ってくれたのも、こちらを侮ってくれていたからですけどね。おれたちは六魔衆を二体も倒しました。これから先の魔王軍は、きっといままでほどは油断してくれないでしょう」

「そのあたりも含めて、こんごの参考にしたいと考えている。次もまた、きみに無理をしてもらうわけにはいかないからね」


 リミッター即解除のことをいってるんだろう。

 あのときは、恐れずの魔法レジストフィアーでイケイケ状態だったうえ、ほかに方法がなかったんだって。


「具体的に、どういう強化を考えているんですか」

「いちばんの課題は火力だと認識している」


 そうだね、やっぱりそこだ。

 火力、攻撃力、すなわちパワー。


 高位の魔族と相対するにあたっての問題は、ここまで一環してそれなのである。

 今回はムルフィの誘爆の魔法インドゥークションを有効に活用できたけど、それ以外に有効な手札がほとんどなかった。


 魔法は、相手の圧倒的な魔力抵抗によってほとんど効果がない。

 アリスが武器を手に殴りにいっても、全身を覆う外皮を貫くことは非常に難しい。


 まあ、六魔衆なんて魔王軍の精鋭中の精鋭、そのトップに君臨するやつらである。

 そうそう容易く対策できるはずもないのだが……。


「いくつか案はある。アリア婆様のスケジュール次第だが、あちらとも話し合って、なにか考えてみるよ。アイシャ、きみはどう思う?」

「え、わ、わたくし、ですか?」


 と、ディアスアレス王子がアイシャ公女に話を振る。

 公女は戸惑っていたが、無理もないよなあ。


「アリスが戦っている未来の様子をみたのだろう。具体的に、どのような相手に、どのように戦っていたのかね」

「わたくしがみられる未来は、そう都合のよいものではなく、しかも景色のすべてをみられるわけではありませんので……。あ、ただ」


 ぽん、と公女は手を打った。

 おれの方に向き直る。


「未来のひとつで、アラン様が、少し変わった姿のアリスとなって戦っていた光景は、覚えております」

「少し変わった姿のおれ、ですか?」

「腕を六本にして、それぞれで武器を構えていました」


 阿修羅かな?

 いや、そうか、自己変化の魔法セルフポリモーフで翼を生やせたんだ、腕の数を増やすことだって可能だろう。


 全然練習したことがなかったから、まずは魔法の練習から始めなきゃいけないけど……それに、増やした腕を上手く使う訓練も必要だろうけど……やってみる価値はある、かもしれない。

 なんといっても、それは目の前の少女が実際に視た・・未来なのだから。


「あくまで、未来のひとつです。ほかの未来では、そのようなことはなさっていませんでした」

「だとしても、そこに強くなる可能性があるということですよね」


 可能性がある、ということと、確実にそれが可能であるという事実との間には、おおきな差がある。

 無論、その未来において、おれがどれだけの労力をかけたか、その労力に見合うものがあったか、というあたりは不明なのだが……。


「つーかさー、アイシャの力、破格だよねえ。そりゃ大公家もアイシャのこと秘匿するわ。みられる未来のバリエーション、歴代でも群を抜いてるでしょ」


 黙ってえんえんとお茶請けの菓子をかじっていたエステル王女がぼそりと呟く。

 え、そうなの? と一同の視線がアイシャに集まる。


 十歳の少女は、赤くなって縮こまった。

 そういえばこの子、けっこうな貴族なのに、注目を集めるのに慣れてないみたいだな。


「あまり、そういうのは、わからないのです。わたくしはあまり人と触れ合わないようにと、なるべく後宮の一室で過ごすようにと申し遣っていましたので……」


 正真正銘の、深窓の令嬢じゃん。

 この子の本当の価値を大公が理解していたなら、そうなるのかな。


「大公家のほかの人たちは、ここまでではなかったんだね、エステル」

「そーだよ、ディア兄」


 ディアスアレス王子の言葉に、エステル王女はそう返事をする。


「まー、うちの母も完全にヴェルン王国こっちの子なぼくにはあんまり大公家の事情を教えてくれなかったし、魔法のことは秘密にしろっていってたけど……。別に、もういいよね」


 そうだな、大公家はもう、目の前の少女ひとりだ。

 アイシャも「エステル姉さまのご判断のままに」と従順である。


「えっとね。大公家の魔法、過大評価されてたのさー。もちろん、そうなるよう大公家は宣伝工作に余念がなかったんだけどね。一族の人たちがかろうじてみえた未来をみんなで聞き取りして、手に入れた未来の断片を拾い集めて、あれこれこじつけて、なんとか『未来を視る一族』という幻想をつくりあげたんだ」


 未来を視る一族、という幻想か。

 帝国から独立した彼らが自らを、そして公国を侮られぬものにするために着込んだ、派手な衣装。


 その秘密は公国が滅ぶそのときまで厳重に秘匿された。


「でも実際は、一年後の自分たちのことすらよくわかっていなかった。だって一族で優秀なひとでも、年にいちど、ほんのちょっとの未来がみえる程度だったんだもの」


 優秀なひとで年にいちど、ほんのちょっと。

 その程度、なのか。


 そうなると、逃走中、なんども未来をみておれを助けてくれた彼女って……。

 皆の視線が集まって恐縮するアイシャの髪を、エステル王女がよしよしと撫でる。


「この子はほんとに破格。じゃなきゃ、大公家はもっと前から動いてたはずだもんね。生き残りをかけて」

「はい、姉さま。おっしゃる通りです。わ、わたくしが、もう少し早く、この力を使いこなせるようになっていれば……」


 アイシャはうつむき、両手で顔を覆って泣き出した。

 ありゃあ、と全員がエステル王女に非難の視線を向ける。


「うっ、ごめんよ……。別に誰も、アイシャを責めるつもりなんてないから。むしろ、アイシャが土壇場で目覚めてくれたおかげで、こうして細い糸が繋がったんだからね! ほら、このクッキー食べる? 甘くておいしいよ?」


 なんて雑な慰め方なんだ。

 ほんとエステル王女ってさあ……。


「エステルちゃんは本当に、料理に砕く繊細さのほんの一部でも、ヒトに向けられれば素晴らしいのですが……」


 マエリエル王女が嘆いている。

 王族でも、このふたりはかなり仲がいいからなあ。


 仲がいいだけに諦めている様子だけど。

 メリルも諦めてたみたいだけど。



        ※※※



 泣き崩れてしまったアイシャ公女は、エステル王女と共に退場した。

 家族すべて、知り合いほぼすべて、どころか国のすべてを失ってから、まだ二十日と少しなのだ、無理もない。


 おれとディアスアレス王子、マエリエル王女は実務の打ち合わせを続ける。


「特殊遊撃隊候補生だけど、正式に第二遊撃隊を立ち上げ、まず五組十名をそこに所属させるよ」

「さすがに十五組は多すぎましたか」

螺旋詠唱スパイラルチャントの消費量の問題もある。後半は充分な支援ができず、きみにはずいぶんと苦労をかけた」

「ですが殿下は、気絶するまで魔力を供給してくれたんでしょう?」

「当然の義務だよ。しかし全力を尽くしただけで満足する程度の気持ちでは、兵站を担うことはできないということだ」


 志が高すぎる。

 横ではマエリエル王女も、うんうんとうなずいていた。


「ちなみにわたくしは、恥ずかしながら魔力を絞り尽くしたうえ、出してはいけない液体まで出しきってぶっ倒れましたわー。王より、『乙女の尊厳まで出し尽くすのは禁止』とお言葉を賜ってしまいましたわー」

「なんで嬉しそうなんですか、マエリエル殿下」

「アリスちゃんのためになにもかも解放する……少し新鮮な気分でしたわー」


 地味にエステル王女の影響を受けすぎてない?


「戦場で、アリスちゃんが懸命に戦っているというのに、わたくしたちにはこの程度のことしかできない。いつも皆、忸怩たる思いでいるのです。アラン、あなたにそのことだけはお伝えしたかったのですわ」

「いまさら、王家の方々の献身を疑ってなんていませんよ」


 そう、これだけはいえる。

 おれが守りたい人々のなかに、目の前の王家の人々もまた含まれている、ということを。


「というわけで、 王国放送ヴィジョンシステムの拡張は急務だ。端末の量産体制が整い次第、各国に設置していくこととなる。同時に、王国放送ヴィジョンシステムで定期的に提供する放送を用意する必要がある。アリスというキャラクターは重要なコンテンツだ。きみにも、少しはそういった活動を頼むことになるだろう」

「具体的には、どういう?」

「定期的なトークショウなどは、どうだね」


 どうだね、っていわれても。

 おれは渋い顔をしていたのだろう、ディアスアレス王子は笑って「まあ、考えていてくれたまえ」と話を終わらせた。


「きみには、しばらく王都にいてもらうことになる。体調を整えるためにも、少なくとも冬まではね」


 仕方がないところだ。

 今は夏の終わり、前世でいえば九月の始めといったところだから、二か月くらい待機ということか。


 その間に、どれだけ力を溜め込めるかなあ。

 六本腕、本格的に研究してみるか?

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