第51話
秋のなかごろの、とある日。
マリエル商会は
マリエル商会が第三王女マエリエルが立ち上げた商会であることは公然の秘密である。
アリスやシェル、テルファ、ムルフィといった特殊遊撃隊全般のファングッズを独占的に販売し、ここ一、二年で爆発的な成長をみせていた。
そうして得た莫大な資金は、新兵器や
特殊遊撃隊の増強も、王女が惜しみなく資金を投入してくれているからこそ、である。
だから、多少あこぎな商売をしても仕方がないよね。
箱買いしてもなかなか手に入らないウルトラレアの、さらに特殊加工版カードとか出しても仕方がないよね。
いやよくねぇよ。
ほんとやめろそういうの。
しかも大会景品でさらに限定の特殊加工カードとか出すの、本当に駄目だよ。
最初は王都開催の大会優勝者だけが手に入れられる超強力カードとかつくろうとしていたらしい。
しかしそれは、国王の「わし、それフェアじゃないと思うな」のひとことで頓挫したとのこと。
王様、マジ良心。
というか王様もやってるのかよ、このトレカ。
謁見の間で闇の石板デュエルとかしてない? この国、大丈夫?
まあ、そういうわけで。
おれがアリスとなって、『アリスとシェル』のプロモーション放送に出ることも、巡り巡って魔王軍と戦うために必要なことなのであった。
※※※
ちいさな手が、フィールド上にカードを一枚一枚、置いていく。
対戦しているのは、アリスとシェルだ。
なかの人は当然、
アリスとシェルが実際に『アリスとシェル』を遊ぶ、という趣旨のプロモーションであった。
こんなんズルいよ……王国中で人気が出るに決まってますやん。
と口調がおかしくなりながらも、普段おれとシェリーが遊ぶよりずっと丁寧にゲームを進めていく。
ちなみにデッキは、アリスが前弾の環境デッキをおれなりにちょっといじったもので、シェルには次に発売される新弾のカードがいっぱい入ったデッキを使ってもらっている。
新弾カードは、前弾の環境デッキに強いことをウリとしていた。
当然、シェルのデッキに対しておれのデッキは不利対面のはずなのだが……。
:あれれ、おっかしいぞー、新弾デッキが押されまくってる?
:プロモーションになってなくて笑う
:シェルちゃん、実はこのゲーム下手?
:明確なミスはしてないよ、アリスちゃんの手札を切るタイミングが上手い
:というかアリスちゃんのデッキ、こういうまわしかたすると強いんだな
:同じデッキ握ってもアリスちゃんと同じプレイングできる気がしない
コメント欄が、なぜか魔族との戦闘のときより活発に流れている。
IDをみる限り、今回は下級貴族が多く、王族のコメントはほとんどない。
ちなみにお互いの手札はいまのところ非公開だ。
ネタバレを気にせず、対戦しているおれたちも安心してコメント欄をみることができる。
:負けた方がパンツみせろ、パンツ
:パンツ殿下、ぶれないなあ
あ、エステル王女だ。
街角とかに置いてある普通の端末にはIDが表示されないんだけど、なぜか彼女がコメントするとすぐバレると評判である。
「ふっふっふ、シェル、妹が相手だからって容赦しないよ! 『地を駆ける僧騎士』をプレイ、アタックフェイズ、『地を駆ける僧騎士』でアタック、さあ真の力の前に絶望し平伏するがいい! あ、対抗ありますか」
「負けないよ、アリスお姉ちゃん! あ、でも対抗ありません」
「対抗ありません、ブロックありますか」
「ありません、ライフでもらいます。トリガーチェック、外れました」
ところどころでへんな棒読み演技をしながらもゲーム用語を交えて進めていく。
ひとつひとつのフェイズを飛ばすなんてことはしない。
だって公式のプロモーションだからね!
ゲーム開始時、お互いデッキから裏向きに七枚のカードがフィールドに置かれ、それがライフとなる。
相手のユニットの攻撃を食らうたびにライフをめくり、めくったカードによってはトリガー効果があったりするが、基本的にはそのまま手札となる。
で、七枚のライフがすべて無くなったら負けだ。
シェルのライフは残り一枚、風前の灯火というやつである。
「はーっはっはっは、これで終わりだよっ! 姉に勝る妹などいない!! 二枚目の『地を駆ける僧騎士』でアタック!」
「ライフで。ありがとうございました」
「ありがとうございました、いいゲームでした」
:あーあ、前弾のデッキが勝っちゃった
:どーすんのこれ、完全に事故でしょ
:いや、不利対面でもデッキのまわしかた次第と知らしめたのはおおきい
:テンプレと違うコモンカードもいい動きしてたな
:このゲーム、お金をつぎ込んだ方が勝つっていわれてたし、意外なコモンの強さを知らしめたよね
うん、そのへんはちょっと思ってた。
コモンにだって強いカードはいっぱいあるのにね。
まあそれはそれとして、今回はちょっと手札のまわりがよすぎただけだ。
「はい、それじゃ握手。勝負が終わったら握手する、アリスとの約束だよ!」
画面に映るよう、フィールドにかぶせるようにシェルと握手してみせる。
:うん? このゲームを始めればアリスちゃんと握手できる?
:天才か
:どこでアリスちゃんとデュエルするんだよ
:むしろアリスちゃんとデュエルしたいんだが?
:おれはシェルちゃんと握手したい
あっはっは、変態なお兄ちゃんたちばっかりだね!
でもシェルをそういう目でみるのは許さないよ!!
「あ、公式大会では、行動と言動が不審なお兄ちゃんお姉ちゃんはつまみ出されるから、みんなも素行には注意しようね!」
:はーい
:へーい
:ちぇっ、仕方ないなあ
※※※
さて、カードゲームの話は置いといて。
おれが使える魔法はたったふたつだ。
この部分で、おれができることは少ない。
ならば
たとえばおれがアリスに変身する術式は、リアリアリアが教えてくれた、
アリスが背に翼を生やすのも、リアリアリアの教えによって獲得した術式によるものだ。
歳月をかけて性転換かつロリに変身するような術式をつくった過去の名もなき魔術師がどんな性癖の持ち主だったかは、考えないことにしようと思う。
大陸、広いなあ。
大陸の広さについてはさておき。
そういうわけでおれは、
手を何本も生やす、というのはアイデアのひとつだ。
試しに、六本腕になってみた。
アイシャ殿下のみた未来のひとつにもあったらしいし、以前故郷の町で倒した魔族、マリシャス・ペインも六本腕だったし。
腕がたくさんあれば強そうだし。
実際にやってみると、六本の腕を別々に動かすのは、けっこう難しい。
そのうえ、腕が増えたからといってそれぞれに武器を持つ意味がどれだあるだろうか。
マリシャス・ペインはよくもまあ、それぞれの腕を別に操って……いやあいつも上の二本の腕は火球を投げるだけだったな。
残りの四本で剣と斧と槌と槍を操っていたのは、きっと長年の鍛錬の成果だろう。
あいつも毎日地道に武器を振ったりして頑張っていたんだろうな……。
でも、そもそもおれは、二刀流すらろくに熟練していないんだ。
某肉の漫画とかは、あれプロレスだから意味があったんだよなあ。
アリスの体格で魔族を相手に格闘とか関節技とか、絶対無理である。
うーん、この六本腕、すっごく頑張ればモノになる可能性もあるけど……。
背に翼を生やして空を飛ぶ、というだけでも訓練に一年くらいかかってるからなあ。
そんな簡単に新しい力を得られたら苦労はしない、ということか。
だからといって、強くなることを諦めるわけにはいかない。
日々、師匠と鍛錬を続けている。
大魔術師いわく。
「あなたの前世の言葉に、門前の小僧習わぬ経を読む、というものがありますね。いまのあなたはそれです。ひとつの魔法を極めるならば、ある程度は術式の構造を理解する必要があります」
とのことで、
妹と師匠も、これを手伝ってくれた。
結果、多少なりとも自分なりに術式をアレンジできるようになった。
その過程で老人から子どもまで、さまざまなヒトの姿に変身し、差異を確認した。
アランとはまったく違う成人男性に変身して、街中で妹とすれ違ってみたこともある。
シェリーはおれに全然気づかなかった。
ちなみに、同じことを師匠相手にもやってみたところ。
一瞬でバレた。
「なんで一瞥しておれだってわかったんですか、師匠」
「そりゃおめー、歩き方の癖がアランだからだよ。以前もいったけど、アリスも同じだからな。本気でそのへん隠したいなら筋肉の動かし方から変えろ」
なるほど、筋肉の使い方かー。
忍びの道は険しい。
いや、別に隠密になる気はないんだけど。
「妹には黙っておいてやるよ。おめーだってひとりで気分転換したいときもあるだろうからな」
「な、なんのことですか」
「気にすんな、気にすんな。おめーだって年頃の男だ、妹に把握されたくないコトもあるだろ」
にやにや笑う師匠。
理解のあるおばさん、みたいなムーヴはやめーや!
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