第45話

 誘爆の魔法インドゥークションによって、恐れの騎士テラーナイトは右腕の肘から先を失った。

 傷痕から青い体液がぼたぼたとこぼれ落ちている。


 だがこの程度は、六魔衆にとって、なんら致命傷とはなりえない。

 現にいま、恐れの騎士テラーナイトは緑の目を紅蓮に染めて、激しい動きで右手の槍を突き出し、おれを追い詰めていた。


「貴様らごときに! この我が、傷を! 下等な虫けらが!」

「あははっ、虫にだって針はあるし、毒を持つやつだっているんだよっ! アリスはさしずめ、ひらひら舞う無害な蝶だけどっ!」



:いや、アリスちゃんは立派な毒虫

:口を開けば挑発しかしないメスガキ

:舞っているのはスカートだけ

:パンツみせろパンツ



 コメント欄がひどい。

 こっちは魔王軍の幹部クラスとマッチングしてるんだけど!?


 片手を落としたといっても、まだ自力の差は歴然、こっちは避けるだけで精一杯なのだ。

 皆の螺旋詠唱スパチャがなければ、たちまちミンチになること確定である。


 ムルフィが援護として、また誘爆の魔法インドゥークションを放つ。

 恐れの騎士テラーナイトは、おおきく跳躍してそれを回避した。


 その隙に、おれは恐れの騎士テラーナイトの間合いから一時的に離脱する。

 ふう、ひと息つけた、が……。


「邪魔な羽虫がっ!」


 恐れの騎士テラーナイトが右手の槍から小刻みに魔力弾を連射して、上空のムルフィを撃ち落とそうとする。

 ムルフィは慌てて魔力弾の回避に入るものの、でたらめに放たれた数十発から逃げるのは難しかったようで、何発かはバリアで防ぐことになる。


 ムルフィのバリアでは威力をすべて相殺できず、おおきく弾き飛ばされた。

 くるくる回転しながら、彼方へ飛ばされていく。


 しっかり魔力を込めれば、もうちょい堅牢なバリアを張れるはずだが……。


 あ、そもそも螺旋詠唱スパチャの量が減ってきている。

 王国放送ヴィジョン端末の向こう側にいる貴族たち、がんばれっ! がんばれっ!



螺旋詠唱スパチャが減ってきてるな

:けっこう長時間、かつ今回は候補生にも螺旋詠唱スパチャしてたからな……

:ごめん、俺もう限界

:魔力が尽きた、あとは任せる

:ぱ、ぱんつ……



 げぇ、王族が次々とダウンしてる。

 こいつらが弱音を吐くってことは、実際に限界まで魔力を絞り尽くしてくれたんだろう。


 今回、任務が任務、外国への干渉ということもあって、ヴェルン王国内の端末だけでやってるからな……。

 他国への王国放送ヴィジョンシステムの拡張は、やっぱり急務だったってことか。


 とはいえ、これはマズい。

 螺旋詠唱スパチャがないアリスなんて、そこらの騎士くらいの実力しかないのだから。



:え、あ、これで、いいで、しょうか



 と、視界の隅に展開されるコメント欄に、変わったコメントが入る。

 うん、これは……新しいIDだな。



:こ、こんにちは……わたくし、アイシャルテテル、と申します



 え? 公女様?

 王国放送ヴィジョンシステムに繋いだってことは、バックアップ部隊が端末を持ってきてたのか?



:公女殿下、ここでは挨拶も個人の名前も必要ありません

:そうそう、この場ではもっと気軽にコメントしていいんだよ

:身分も関係なく、みんなでアリスちゃんをおもちゃにする場所だから

:アリスちゃん、とりあえずパンツみせなさい



 最後ぉっ! っていうかエステル殿下! さっきまでへたばってたのに!



:え、パンツ? ですか?

:アホなコメントは気にしなくていいから

:むしろ積極的にアホなコメントをしていいから

:しなくていい、純粋な子を悪い方に染めるな



「ちょっとちょっとぉっ! いま戦闘中! わかってるのかな、そこのお兄ちゃんたちっ!」



:そうだった

:アイシャ、触媒を握って、端末に魔力を込めて

:あ、はい……あの……わたくしのことをそう呼ばれるのは、エステルお姉さまですよね?

:だから名前禁止!

:ご、ごめんなさい 先ほどからパンツパンツとおっしゃっているので……

:専用端末から識別番号IDバラすのも禁止!



 あっはっは、エステル殿下ったら王国中に発言をバラされてーら。

 っと――おっ、すごい量の魔力が流れてきたぞ。



「ありがとう、アイシャルテテル殿下! これでアリスはまだ戦えるっ!」



 螺旋詠唱スパチャを目と四肢の肉体増強フィジカルエンチャントにまわして、おれは恐れの騎士テラーナイトとの距離を一気に詰める。

 上空のムルフィを相手にしていた恐れの騎士テラーナイトが、右手の槍をおれの方に向けた。


 連続して発射される、数十発の魔力弾。

 おれの強化された視力が、その一発、一発の軌道を正確に読みとった。


 身を低くして、地面と魔力弾の隙間を、紙一重で回避する。

 敵の至近距離まで接近した。


 恐れの騎士テラーナイトが蜘蛛の前脚で蹴りを放ってくる。

 でも、その動きも――いまのおれには、みえていた。


 小杖ワンドを槍から小剣に変え、向かってくる前脚に渾身の斬撃を見舞う。

 そして接触の瞬間、左手の指にはまった指輪を、オン。


 堅い前脚と小剣が衝突し、その反動で――おれの身体が、上方に跳ね上がった。


「なにっ!?」


 予想外の方向に跳ねたおれに、虚を突かれた相手の反応がほんの少し遅れる。


 おれの鼻先に、恐れの騎士テラーナイトの顔があった。

 考える間もなく小剣を突き出す。


 その一撃は、恐れの騎士テラーナイトの左の複眼に突き刺さった。

 金属がこすれ合うような、ひどく不快な悲鳴があがる。


 おれは小剣を引き抜くと、素早く身をひるがえして宙に舞いあがる。

 恐れの騎士テラーナイトは口をおおきく開く。


 口のなかから、無数の白い糸が針のように飛び出してきた。

 一瞬でも離脱が遅ければ、おれの全身はハリネズミのようになっていたことだろう。


 恐れの騎士テラーナイトが口から吐きだす、糸槍。

 その存在をゲームで知っていなければ。


 おれの離脱を許した恐れの騎士テラーナイトは、怒りにまかせてやみくもに槍から無数の魔力弾を放つが……。

 そんなもの、いまのおれには当たらない。


 地面に衝突した魔力弾がいくつも土を深く抉り、土煙が視界を覆う。

 おれはその隙に、いったん敵の背後にまわりこんでから離脱する。


 息が荒い、呼吸が苦しい。

 全身がばらばらになりそうなほど痛い。


 ついでに、さっきから視界が赤いし目を開けているのも辛い。

 リミッターを解除してあれだけの動きをしたのだから無理もない。


 あと少し、保ってくれよおれの身体。


「アリスお姉ちゃん、これ以上は駄目。撤退して!」

「駄目! こいつはここで倒す!」



:やめろ、もう充分だ

:守るべき者は守った

:こんな局地戦でアリスちゃんを失うのは割に合わないんだよ

:わたくしの姉妹の仇など、考えなくてもよろしいのです、どうかご自愛を



「そういうことじゃないよ。こいつを生かしておくわけにはいけないって、カンが働くだけ」



:カン、ですか? もしや予知?



「そこまで上等なものじゃないよ、アイシャルテテル殿下」


 ただのゲーム知識だから。

 恐れの騎士こいつが出てきた戦場は、その時点で詰みなのだと知っているだけだ。


 恐怖のオーラという常時展開型状態異常バッドステータス

 どんな大軍も、これを前にしては塵芥と同じだ。


、強力な魔術師によって支援を受けた少数の強者での特攻のみが、この魔族を打倒しうる。

 いや、恐れの騎士テラーナイトに限らず、六魔衆はどいつもこいつも、そうなんだけど。


 シェリーうちのいもうとクラスの魔術師でも、おれひとりに対策の魔法を展開するのがやっと、というあたりでお察しである。


 候補生を出撃させた戦場で、よりによってこんなアンチが出てくるとは想定外だった。

 しかも、アリスのみならず、ヴェルン王国の戦略、戦術をかなりのところ晒してしまった。


 魔王軍だって馬鹿じゃない。

 恐れの騎士テラーナイトがこのまま帰還したら、必ずや特殊遊撃隊おれたちへの相応の対策を考えるだろう。


 それだけは、させちゃいけない。

 わからん殺しができているうちに、可能な限り、敵の戦力を削らなきゃいけない。


 こいつはここで殺す。

 そういった意味をすべて込めて、あえておれは「カン」といった。


 はたして、それを端末の向こう側の人々はどう受けとったか……。



:わかった、おぬしの思うままにやれ

:ちょっ、父上!?



 ゴーサインを出したIDは、国王のものだった。

 よしっ、ありがとう、おっさん!


「アリスお姉ちゃん、無理はしないで」


 シェルの言葉と共に、どっさりと魔力が送られてくる。

 その魔力でもって、身体全体を一気に強化する。


 土煙が晴れて、恐れの騎士テラーナイトの姿が露になった。

 左腕に続いて左目を失い、怒り狂った敵の姿が。


 すかさず、ムルフィが上空から攻撃魔法を連射する。

 火球に紛れて、何発かチャージしていた誘爆の魔法インドゥークションが入っているみたいだ。


 恐れの騎士テラーナイトはさきほどの再来を恐れてか、魔力弾を迎撃に使い、それでも迎撃しきれなかったものは左右にステップしてこれを回避する。

 よし、いまのうちっ!


「いっくよーっ!」


 気合を入れて、おれは地面を蹴る。

 恐れの騎士テラーナイトの背面から、突っ込んでいく。


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