第46話
魔族や魔物は、強い。
たとえば先日、おれが敵から奪った、相手の
ゲーム中で、とあるイベントで使用する武器である。
あれは、たいていの局面では役に立たないアイテムだ。
なぜかというと、終末世界の零落姫というゲームにおいて、敵の大半は魔族と魔物だったからである。
この世界において、一般的にヒトは
対して魔族や魔物は、そういった魔法を使わない。
必要がないからだ。
彼らの身体はヒトに比しておそろしく強靭であり、未強化の五体で易々とヒトの全力の
加えて高い魔法抵抗を持ち、攻撃魔法ならともかく、生半可な拘束魔法、精神汚染系魔法などは容易く
もっともその代償として、大半の魔族や魔物は己の魔法抵抗に阻害され、
生まれもっての強者。
それが、魔族や魔物なのである。
そしていま、おれが相対している
その身を覆う蜘蛛の外皮はひどく強靭で、おれの
そんな、とびきりの化け物だ。
たとえ
相手が左手と左目を失った現状でも、おれやムルフィが一撃を貰っただけでおしまいなのは変わらない。
同時に、右手の槍による刺突がおれを襲う。
おれは
インパクトの瞬間、左手の指輪のスイッチをオン。
またも予想外の動きに、相手は追従できず、一瞬、その動きが止まる。
蜘蛛の脚と胴体の上にヒトに似た上半身が乗っかった、ケンタウロス型の魔族。
その背後は隙だらけだ。
おれは右後ろ脚のつけ根を狙って、刺突を見舞う。
その一撃は、ほんのわずか、相手の外皮のやわらかい部分を貫いた。
青い体液が飛び散る。
巻き込まれてはたまらない、とおれは慌てて距離をとる。
「幾度も幾度も、奇妙な動きをっ! 貴様、いったいどんな小細工をした!」
「さーねっ! 片目がみえなくて、アリスの動きを追いきれないだけじゃないかな?」
:マジでアリスちゃんのあの動き、なに?
:詳しくは知らないけど、リアリアリア様の極秘の魔法らしい
:禁術じゃなくて?
:ははは、禁術を嬉々として伝授する大魔術師なんているはずがないでしょう
:ははははは、まったくだね
:ははははははははは……はぁ
:あの、みなさん、どうなさったのですか
:公女様は気にしなくていいから
アリスですがコメント欄の空気が最悪です。
まったくもう、こいつらは。
おれが敵から離れた瞬間、ムルフィが攻撃魔法を連打して、相手に回避を要求する。
こうなるとマジで強いな、
いっけん、
魔族は、そんなことをしなくても、これまで勝ててきたのだから。
五百年前も、たとえ集団での戦いで負けたとしても、個としての力では常に圧倒してきたのだから。
そう――リアリアリアを始めとした者たちが、この
ムルフィの攻撃魔法を避けて着地した瞬間を狙い、おれは地面を蹴って背後から接近、刺突を見舞う。
相手はこれを、向きを変えて外皮の分厚い部分で受け流す。
おれの身体は勢い余って
また、指輪の力を使ったのだ。
蜘蛛脚の関節の隙間に槍で一撃を入れ、また離脱。
「くっ、ちょこまかと、こざかしい真似をっ!」
「あははっ、でくのぼうって自白かな? 自分のことも面倒みられないんじゃ、もっと部下を大事にしてもよかったんじゃない?」
おれが離れた瞬間、またムルフィが爆撃する。
ムルフィの攻撃を避けた瞬間を狙い、おれが接近して一撃を繰り出す。
適宜、魔力弾や刺突、口から吐く蜘蛛糸の針で反撃をしてはいるものの、いかんせん単調な攻撃を、おれもムルフィもすでに見切っている。
そう、見切り、だ。
こいつはこれまで、主に恐怖のオーラと強力な魔力弾によって、圧倒的な戦いしかしてこなかった。
ここまで接近され、反撃を受け、あまつさえ身体の一部を欠損するような戦いなど皆無であった。
いわば、圧力をかけることに慣れ過ぎて、圧力をかけられることに慣れていなさすぎた。
それが結果的に、この状況に繋がっている。
当人の想像以上に
とはいえ、こちらとてリソースが無限にあるわけではない。
おれの身体はすでにガタガタだし、
:ごめん、魔力が限界
:があっ、触媒がもうない!
:我が家はあと娘だけだ、これ以上は……
:あとは側付きに任せる、ごめんね、気絶する
コメント欄が阿鼻叫喚である。
みんな、倒れる寸前まで……人によっては倒れるまで魔力を絞り出してくれている。
王国内限定配信の限界だった。
候補生も入れて都合十七チームへの魔力供給、そしてこの決戦と、あまりにも戦いが長引きすぎたのだ。
複数人が参加したシステムのテストケースとして、充分にデータをとることはできた。
各国にシステムの端末が行き渡れば、もっと長時間の戦闘が可能となるだろう。
でもいまは、これがおれたちの限界だ。
飛んで逃げられるムルフィはともかく、おれは逃げるための
万一を考えて、
:アリスさん、いまなら逃げられます、どうか……
アイシャルテテル公女のコメントだ。
おれは首を横に振る。
「全員が逃げきれる保証はないし、ここでこいつを生かして返したら、次はもっと手ごわくなる。そうなったら、もう勝てないかもしれない」
先ほども伝えた通り、それがおれのいちばんの懸念だった。
魔族たちとて馬鹿ではないし、ここまで苦戦した相手の戦術はよく研究するだろう。
それは、困る。
もうしばらく、初見殺しをしたい。
六魔衆を一体、二体と倒していくことで、こちらへの注目度があがることは避けられないが……。
きたるべき時は、なるべく先延ばししたい。
そのためにも、いま、ここで
後退のための魔力すら、すべてつぎ込んで。
「我が負けるわけがない! 下等種ごときに負けるなど、あってはならぬことなのだ!」
無駄の多い動きだが、こうなると逆に、迂闊に攻め込めない。
手負いの獣は厄介なのだ。
できればこうなる前に仕留めたかったのだが……。
「ん。好都合」
逆に
彼女は
直後、
前脚が二本、まとめてちぎれ飛ぶ。
その身が、ぐらりとゆらぐ。
蜘蛛脚はあと三本あるとはいえ、立っているのがやっと、というところだ。
「いまっ! だあっ!!」
おれは
そのカッと開かれた口が、昆虫の牙を剥き出しにして噛みつこうとする。
「これ、でっ!」
大剣を、開いた大口に突き入れる。
口のやわらかい肉を貫き、その剣先は脳天まで達した。
剣から手を離し、離脱する。
直後、剣が口に突き刺さった状態で、
振りまわされた槍が、偶然、おれの腕をかする。
おれの身体は空中で激しくスピンして、その身が近くの木に叩きつけられる。
背中に走る衝撃と共に、全身を激痛が襲う。
手足の骨どころか、これ身体中あちこちの骨が砕けたんじゃなかろうか。
「兄さん!」
耳もとで、シェリーの声がした。
それに返事をする前に、意識が遠くなる。
薄目で、戦況を確認する。
せめてもの反撃を、と
その先端が輝きを放ち――。
そこに、ムルフィの
ひときわおおきな爆発が起こる。
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