第44話
平均的な騎士がなんの対策もなしに剣が届く距離まで近づけば、恐怖にがんじがらめにされて、動くことすらできなくなるだろう。
アリスの天敵だな、こいつ!
せめてもう少し、準備ができればよかったんだけど。
でも――おれはひとりで戦っているわけじゃない。
「兄さん」
シェル、いやシェリーのささやき声。
風の魔法で、おれだけに聞こえる声を届けてくれたのだろう。
「いま師匠から魔法を教えてもらってるから、もう少し時間を稼いで」
「リアリアリア様から? それ、リアルタイムに教わってなんとかなるものなのか?」
「なんとかする」
そっかー、なんとかしちゃうかー。
うちの妹は本当に天才だな! 兄として鼻が高い!
なんて現実逃避しても仕方がない。
ムルフィが上空を飛びまわりながら
彼女の攻撃は全然効いていないし、
この状況で、接近できないおれになにができるかというと……。
たとえば、これだ。
おれは帝国騎士が遺した爆槍のうち、使用されなかった一本を拾う。
おおきく振りかぶり、たっぷり
「アリス・爆槍ストライクーっ!」
丘の上から、
:だっさ
:安定したネーミングセンス
:ただ拾った武器を投げただけ
「コメント欄うるさーいっ! こっちは必死になってるの!」
爆槍は一直線に飛んで、
地面が爆発を起こし、土煙が派手に舞い上がる。
よしっ、どうせ当たっても効かないし、迎撃する気もないだろう、と思ったんだ。
視界が遮られたところで、ムルフィが土煙のなかに攻撃魔法を叩き込む。
それが命中したかどうかもわからないが……。
土煙を割って、
蜘蛛の脚をばねにして、たったのひと飛びで、丘の上のおれめがけ跳躍してくる。
「こざかしい真似をする!」
「実際にちいさいんだから仕方ないでしょ、このでかぶつっ!」
おれは後ろに飛びすさって距離をとる。
それでも、
歯を食いしばって、恐怖を振り払う。
幸いにして、どうしようもなくなる前に恐怖のオーラの影響圏外に離脱できた。
戦況が不利になったとき、時間稼ぎとして使うために候補生たちが設置したものだ。
幸いにして彼らはこれを使わずに済んだため、おれとムルフィで有効活用させてもらったというわけである。
丘全体が陥没するほどの巨大な爆発と共に、天高く火柱があがる。
おれは
ムルフィは上空で、結界魔法を張って爆風を防いでいた。
さて、この一撃で多少なりともダメージを与えられれば……。
ぞくり、と全身に怖気が走る。
おれはとっさに翼を消し、森のなかに落下、いちもくさんに遮蔽をとった。
直後。
上空を、白いビームが通りすぎた。
丘だったものの中心から、空全体をなぎ払うように、極太の魔力弾が無数に放たれたのだ。
森の木々のうち背の高い数本が、そのてっぺんを削りとられている。
視界の隅では、ムルフィが結界でテルファとシェルをかばって、それでも魔力弾を受け止めきれず吹き飛ばされていた。
いやでもこれ、ムルフィがかばわないとふたりともやられていたから、マジでGJだ。
「だいじょうぶ、みんな!?」
「こっちはだいじょうぶだよ、お姉ちゃん!」
「でもわりとヤバかったですわーっ! ちょっといちど、態勢を整え直したいところですわーっ!」
おれは
丘が陥没して、クレーターとなっていた。
そのクレーターの中央で、
やっぱり、あの程度じゃ駄目か。
六本ある蜘蛛脚の一、二本でも折れればと思ったんだが。
いや、その巨体が、ぐらりと揺れる。
やはり少しはダメージがあったのだろう。
よくみれば、蜘蛛の胴を覆う分厚い外皮、右中脚の少し上にわずかな亀裂が入っていた。
これまで数多の攻撃を受けて、そのすべてを傷ひとつなくはじき返していたことを考えればおおきな進歩だ。
ちっ、めざといことで。
ほぼ同時に、おれは素早く地面に飛び降りている。
幅広く展開された魔力弾、もはや青白いビームといった方がいいそれが、森の木々をなぎ払う。
おれは着地と同時に地面に伏せた。
極太ビームが頭上を通過し、アリスの金色の髪が数本、刈り取られる。
てめーっ、禿げたら化けて出てやるからな!
:敵の火力が、ヤバい件
:近づけば恐怖のオーラ、遠距離戦ではこの魔力弾、マジで無敵だなこいつ
:さっき、自分で
:六魔衆の一体だぞ、アリスちゃんとムルフィちゃんで
あのときは王家の方から飛んできた切り札のおかげもあって、アリスの腕一本と引き換えに
周囲への被害を軽減するべくリアリアリアたちが頑張ってくれたこともおおきい。
今回はそういった援護は期待できない。
状況はずいぶんと厳しい、が……。
「できた」
シェルの声が耳もとで響く。
同時に、おれの全身が淡く白い光に包まれた。
「
「ありがとう、シェル!」
このわずかな時間で、リアリアリアからの援助もあってとはいえ新しい魔法を習得してしまうのだから、さすが、わが最愛の妹!
天才! 最高! かわいい! ヤッター!
おれは立ち上がると、地面を蹴って飛び出す。
木々がなぎ倒されて焼け野原も同然の森を一気に抜けて、
近づいてくるおれをみて、
「んっ、援護する」
ムルフィが光線魔法を放つ。
光の帯が無数の光の矢に分離して、
爆煙により視界が遮られた瞬間、おれは横に飛ぶ。
強い風が吹き、煙が晴れる。
恐怖のオーラの濃い影響下。
しかし、いまのおれの身体は少し寒気を覚える程度だ。
これなら充分、動ける。
あと必要なのは、こいつの外皮を打ち破るだけの打撃力だ。
:アリスちゃん、リミッター解除しちゃ駄目だよ
:そうそう、ここで無理をしたら……
「了解っ、シェル、リミッター解除っ!」
「ちょっ、アリスお姉ちゃん!」
「解除してもしなくても、このまま突っ込むよっ!」
「ああもう、ごめんなさいっ、リミッター解除します!」
シェルを「解除しない方が危ない」と脅迫して
コメント欄で王族たちが発狂しているが、知ったことか。
「アリスお姉ちゃん、あとでお説教だからね!」
「あとでね! アリス・アルティメット・ブラスター!」
至近距離から、魔力弾を放つ。
狙うは先ほど亀裂が入った胴体の一部、右中脚の少し上。
視界が閃光に包まれ、直後、爆風に吹き飛ばされた。
くるくると宙を舞いながら、おれはみる。
それでも無傷とはいかず、外皮の亀裂がよりおおきくなり、わずかながら青い体液が飛び散っていた。
魔族は口をおおきく開き、その鋭い牙があえぐように上下する。
だがそれもわずかな間、
その瞬間、蜘蛛の脚が踏みしめた地面が、ふたたび爆発を起こした。
敵の注意がおれに向いたその一瞬で、ムルフィが先ほどの
これはさすがに予想外だったのか、
ほんのつかの間、その身が無防備になった。
おれは空中で白い翼をはためかせ、
おれの槍の穂先が、
おれの身体が、ふたたび吹き飛ばされた。
援護するように、ムルフィが攻撃魔法を放つ。
「アリス・アルティメット・ブラスター!」
「いい加減、黙れ!」
この体勢では、おれは避けられない。
だがおれは、にやりとしてみせる。
なぜなら、いまのムルフィの一撃は
魔力弾を放とうとした
「まずは、手を一本!」
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