第43話

 さて、帝国の騎士たちは倒したが、これはあくまで前座である。

 森のなかから、恐れの騎士テラーナイトがゆっくりと姿を現わした。


 走る必要も感じなかったのだろう、その六本の脚で、ゆっくりと歩いて。

 周囲には、蜘蛛型や狼型、蛇型といった各種の魔物にゴブリンやオークといった魔族をはべらせている。


 森のなかからこの空き地に出現した魔族と魔物は、合わせて一千体以上。

 あっちこっちの囮を追っていたこいつらが、本命がここにいると知って集合するまで待っていた、ってことかな。


 帝国の騎士たちは、その間の時間稼ぎか。

 してやられた、かもしれない。


 丘の上から周囲を確認する。

 おれたちの後方、北から東の森のなかに、さらなる魔族と魔物の姿がちらほらとみえた。


 挟まれた、か。

 最悪、恐れの騎士テラーナイトの足止めだけして撤退、というのも考えていたけど、それも難しくなった。


 特にキツいのが、大勢の敵を相手にアイシャルテテル公女を守りながら戦わなければならない、ということである。

 乱戦になった場合を考えると……公女の身の安全を確保するのは、ちょっと厳しい。


 いや、まだだ。

 今回、幸いなことに師匠がいる。


「師匠、公女殿下そのこを任せていいですか」

「こっちのおばあちゃんはどうする」

「最悪、見捨ててください」


 王国放送ヴィジョンシステムの音声を一時的に切って、そんな会話を交わす。

 老婆は黙って、納得した様子でうなずいていた。


 師匠はドクロの仮面をかぶったまま、沈黙する。

 きっと仮面の下で、さぞや盛大に顔をしかめていることだろう。


「わかった」


 結局、三秒ほど沈黙したあと、師匠はそういってくれた。

 隊商の護衛をしていたこともある彼女のことだ、守る対象に優先順位をつける必要があることも理解している。


「ありがとうございます。これで、安心して戦えます」


 恐れの騎士テラーナイトが槍を握った右腕を持ち上げる。

 それを合図として、魔族と魔物の群れが丘を駆け上がってきた。


 候補生たちが、タイミングを合わせて魔法を放つ。

 業火が、吹雪が、そして雷撃が、大蜘蛛やゴブリンやオークをなぎ払う。


 でも後続の魔族と魔物は死を恐れず前進し、味方の屍を乗り越えてくる。

 これが、魔王軍の恐ろしさの一端だ。


 圧倒的な力を持つ一部の個体が注目されるがものの、それ以上に厄介な、この数押し。

 広大な草原では数百万におよぶ大軍を展開して、食料が足りず餓えた魔物たちが周囲の草を食べ尽くしてもまだ腹を空かせ、ひとたび戦いが始まれば敵軍を文字通り飲み込んでいくのだという。


 この小国においては、険しい山々や深い森のせいで、それも不可能だ。

 それでも、こうして足の早い魔物を中心とした部隊を数百体から場合によっては一千体以上、余裕で動員してくる。


 全長三メートルほどある蜘蛛が、二十体ほどで跳躍し、候補生たちの攻撃魔法を回避する。

 大蜘蛛たちは空中でかぱっと口を開け、一斉に白い糸を飛ばしてきた。


「ん。させない」


 候補生たちの上空で滞空していたムルフィが、小杖ワンドを前方に向ける。

 丘の上を中心として広範囲に虹色の結界が展開され、白い糸を弾き返した。


 空中の蜘蛛たちが、無防備に落下する。

 そこに、候補生たちの狙い澄ました魔法攻撃が炸裂、蜘蛛たちは炎に包まれて死に絶えた。


 その隙に、双頭の犬型の魔物の背に騎乗したゴブリンたちが距離を詰めている。

 通称ゴブリンライダー、小柄な彼ら用の槍を腰だめ構えての、ランスチャージだ。


 候補生の一部が、慌てず騒がず、迫るゴブリンたちめがけて攻撃魔法を連射した。

 大半のゴブリンとその乗騎が炎や吹雪に呑まれ、風に切り裂かれ、雷に打たれて倒れ伏す。


 それでも、生き残った一部の前に……。

 このおれが、アリスが立ちはだかる。


「はーい、ここまでたどり着けたみなさんにアリスのご褒美だよっ! 死ねっ!」


 飛び出して、小振り剣を振るう。

 双頭の犬と騎手のゴブリンたちの首を、まとめて刈りとる。


 後輩たちのもとには、一匹も通さない。

 まあ、これくらいのサポートはしないとね。


 振り向けば、候補生たちは肩で息をしながらも、集中して魔法を行使できていた。

 魔力リンクも、アタッカーがあまり動かない現在の態勢なら問題ないようだ。



:候補生、仕上がってるな

:初の実戦投入だけど、螺旋詠唱スパチャの魔力の分配も上手くいってる

:分配してるシェルちゃんの負担がおおきすぎない?

:いまのところ大丈夫みたいだけど、そのへんが課題だよね



 そう、今回、螺旋詠唱スパイラルチャンの配分は、候補生たちの背後でシェルが行っている。

 けっこう術式が複雑で、いまのところこれができるのは王国放送ヴィジョンシステムの開発に関わっていたうちの妹以外だと、リアリアリアくらいだとか。


 将来的には、そのあたりも魔道具によってシステマティックにやりたい、とのことだけど。

 今回は、残念なことに間に合わなかった。


 おれが飛び出さず、サポートに徹しているのもシェルの負担を考えてのことだ。

 実際のところ、この程度の魔族と魔物だけなら、おれひとりでも処理できるしな……。


 それでも、ここで候補生たちをお披露目し、活躍させるのは重要なことだった。

 王国放送ヴィジョンシステムには価値があり、その価値を引き出せるのはアリスとムルフィだけではない、と知らしめる必要がある。


 もっとも今回、それはいささか勇み足ではないか、と思うところもあって……。

 敵の第一陣が全滅し、ひとときの静寂が訪れる。


 恐れの騎士テラーナイトは、森のはずれにたたずみ、まだ前進してきていない。

 こちらの力を試すかのように、部下が全滅する様子を眺めていただけだ。


 あいつが襲ってこないか、おれはずっと警戒していた。

 あいつの周囲に展開された恐怖のオーラの効果範囲に候補生たちが入ってしまえば、彼らはおそらく行動不能になってしまうはずで……。


 そうなると、候補生たちはただの足手まといなのだ。

 たぶん、師匠でも駄目だ。


「師匠、その子たちを連れて候補生といっしょに後方を突破、撤退してくれる?」

「いいのか、おめーらは」


 師匠はドクロ仮面をかぶった顔を動かし、おれとムルフィ、シェルとテルファをみていう。


「今回のアリスたちの任務は、殿下を王国に案内することだから」

「わかった、しんがりは任せる。無茶はするなよ」

「だいじょーぶ、アリスはいつだって最強だからね!」

「最強を自認するなら、怪我しないで帰ってこいよ」


 それは、ちょっと保証できないかな。

 まあ、ここにはムルフィもいるから、なんとかしてみるさ。



:うん、その作戦でいい

:アリスちゃんとムルフィちゃんだけなら撤退も楽



 あ、王族たちのお墨つきをもらった。

 これしかない、ということだろう。


 師匠は公女と老婆を候補生に預け、先頭に立って丘の反対側を駆け下りていく。

 森からわらわらと魔物が湧いてきて、師匠たちの前に立ちはだかった。


 全長二メートルの蟻型の魔物、四本の腕を持つ熊、大狼の魔物や双頭の犬、合わせて三、四十体ほどだ。

 幸いにして、まだ包囲が完成していなかったのか、数は少ない。


 候補生たちが攻撃魔法を放ち、その魔物たちを始末する。

 敵が混乱したところに師匠が単独で切り込み、四つ手熊や大狼といった厄介そうなものから始末していく。


 候補生たちは、攻撃魔法を放ちながらゆっくりと前進、丘を降りていく。


 うん、これであっちは大丈夫だろう。

 おれは恐れの騎士テラーナイトの方に向き直る。


 なぜか、ずっと森のそばに立ったままだ。

 また罠を仕掛けているのか……? と思ったけど、どうやらそうでもない様子である。


「準備はできたか、戦士アリス」


 恐れの騎士テラーナイトが、告げた。

 丘の上に立つおれを睨む。


 その声を聞くだけで逃げ出したくなるほどの恐怖を覚える。


「わざわざ待ってくれたの? ずいぶんと紳士だね! さっきの帝国騎士とは大違い!!」

「我のそばでは、我が配下どももひどく怯えるのでな」


 なるほど、そういえばゲームでも、そういう設定だったな。

 恐れの騎士テラーナイトの恐怖のオーラは対象無差別で、敵味方関係なく怯えさせてしまう。


 ってことは……これ、後退する師匠たちの方には、まだまだけっこうな数の敵が向かっているんだろうな。

 そっちの援護もしたいところだけど、恐れの騎士テラーナイトは、ムルフィひとりじゃ手に余る相手だ。


 ちらり、と上空のムルフィをみる。

 普段、あまり表情の変わらない顔がいまは渋面をつくっていた。


 彼女もまた、恐れの騎士テラーナイトの声を聞いて恐怖のオーラに耐えているのだ。

 本調子ではない。


「さて……我の足止めはおまえたち四人、ということでいいのかね」

「正確には、アリスとムルフィのふたりだよ。そっちのシェルとテルファはバックアップだから、気にしないで欲しいな」

「ふん、まあ、よかろう。罠があろうと正面から踏み砕いてこそ、王家狩りゴズルゥの無念も晴れるというもの」


 やれやれ、エロゲ原作に似合わぬ高潔なやつだこと。

 おれとしては助かるけどさ。



:最初から全力でいけ

:ムルフィ、禁術でいいぞ



「ん」


 恐れの騎士テラーナイトが、両手でそれぞれ槍を握ったまま、ゆっくりと前進してくる。

 その蜘蛛脚の巨体が丘の下まで到達したところで、ムルフィが魔法を放った。


 いっけん火球の魔法ファイアボールにみえるそれこそ、王家狩りクラウンハンターの腕をもぎとった禁術、誘爆の魔法インドゥークションである。

 魔法耐性に優れた上級の魔族であれば、この程度の攻撃魔法は避けずにわざと喰らう、とみての一撃であるが……。


「つまらぬ」


 恐れの騎士テラーナイトは右手の槍を振るう。

 槍の穂先から発射された極太の魔力弾が火球を焼き払い、そのまま上空のムルフィを襲った。


 ムルフィは慌てて魔力弾を回避する。

 魔族の放った魔力弾は、宙を焼き、隣の高い山の頂に着弾して……その山の八合目から上を粉々に吹き飛ばした。


 うげえっ、すさまじい威力。

 あんなの喰らったら、おれたち程度じゃ肉片も残らないだろう。


「その程度の詐術で我をひっかけるつもりだったか」

「あーもーっ、かわいげのないやつっ」



:蜘蛛の魔族のどこを捜しても、もとからかわいげなんてないだろ

:それはそう、まず蜘蛛というのが駄目

:あれ生理的に無理



 なんだよーっ、蜘蛛の複眼が好きなやつもいるかもしれないだろ。

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