第42話

 森のなかにぽっかりできた空き地、その小高い丘の上。

 そこに展開するのはヴェルン王国特殊遊撃隊の候補生含めた三十余名、勢揃いである。


 もちろん、ムルフィとテルファもいる。

 候補生たちの上空に。


 いつの間にか、シェルもテルファの横に移動していた。

 見習い三十人の横には師匠の姿もあるはず……あれ、あの怪しいドクロの仮面をかぶった、まるで子どものような小柄な身体つきの女性は誰だ?


 あ、ドクロの仮面をかぶった小柄な女性がぶんぶん手を振ってる。

 怪しいな、とりあえず無視しておくか……。


 おれの師匠があんな変態仮面のはずがない。

 絶対に、ない。


「こらーっ、てめーっ、無視すんなーっ」

「師範、やっぱその仮面は無理がありますよ」


 角刈りの生真面目そうな男が師匠をいさめている。

 候補生の代表格であるマルクだ。


 あのひとも苦労人だなあ。

 いや、うちの師匠のアホな姿に呆けてる場合じゃない。


 おれは公女様を抱えたまま丘をぴょんぴょん駆けあがる。

 最後の一歩で彼らを跳び越すとその後方に着地して、殿下を下ろす。


 十歳くらいの少女は、目をまわした様子で、草むらに倒れこんでぐったりした。

 仕方がなかったとはいえ、かなり無茶をしたからなあ。


 シェルによって飛行魔法で運ばれてきた老婆が、慌てた様子で公女様に駆け寄る。


「おお、殿下、おいたわしい……」

「わ、わたくしは大丈夫ですよ。ばあやも無事でよかった……うえっ」


 ちょっとお見せできないリバースをはじめた殿下から、おれは視線をそらす。

 ひとまず、自分が駆けてきた森の方へ振り返る。


 森のなかから、二十人と少しの黒鎧姿の者たちが出てくるところだった。

 ありゃー、まだ生き残りがいたかー。


 というか、あんなにいたのかよ、帝国の騎士。

 まともに戦わなくて正解だったわ。


 テルファが丘の上から高笑いで彼らを出迎える。


「おーっほっほっほ、これよりヴェルン王国は義をもってティラム公国に助太刀いたします。汚らわしい魔族に与する人類の恥さらしども、一抹でもヒトの矜持があるなら下がるがよろしいですわーっ!」


 うわっ、すごい煽ってる。

 楽しそうだなあ。



:名乗りは大事だ、大義名分だからな

:王国中に正当性を主張していこうな

:おれらが正義、あいつら悪、決めつけていけ

:全力でマウントをとろうぜ



 おいコメント欄、そういう本音をコメントに書くんじゃねえ。

 まあ今回に関しては、本物のお姫様を救うおれたちと、お姫様にひどいことをしようとする悪の軍団の戦いだから仕方ないね。


「ええいっ、帝国騎士の意地をみせろ! 総員、構え!」


 黒鎧たちが、隊長らしき人物の指揮で一斉に投げ槍を構える。

 げっ、爆槍か!


 二十本以上の槍が、宙を舞って襲ってくる。

 よほど肉体増強フィジカルエンチャントの倍率をあげていたのだろう、ものすごい速度で丘に向かって飛んでくる。


 塹壕にでも隠れなければ、結界魔法を展開しても、爆風だけでひどい目に遭うだろう。

 ましてや殿下と従者の老婆はひとたまりもない――はずだったのだ、が。


「無駄無駄無駄無駄っ、無駄ですわーっ! やっておしまいなさい、ムルフィちゃん!」

「ん、任せて」


 ムルフィが、無気力に無造作に両手を持ち上げる。

 ぱくりと開かれたその十指から、無数の光の光線が発射された。


 ビームが爆槍を迎撃し、その軌道の頂点で衝突する。

 二十数本の爆槍は、そのすべてがムルフィの魔法の光線に射貫かれ、空中で爆散、消滅した。


「うへーっ、すげーなーっ」


 ドクロ仮面の小柄な女性が、まるで子どものようにきゃっきゃっと喜んでいる。

 師匠、ああいう派手なの好きだよね……。


 実際のところこの世界だと、ああいう汎用兵器って、だいたい突出した魔術師の個人戦力でなんとかされちゃうんだよな……。

 そんな突出した魔術師ですらも、魔族や魔物が質と数で圧倒してくるとどうしようもないんだけど。


 個体ごとの性能差が極端すぎる世界なのだ。

 戦争ともなれば、その個体性能の差が国家全体の戦力差に直結してしまう。


 でも、いまのこの状況なら、それもない。

 数による援護を受けているのはこっちで、帝国側にはムルフィという圧倒的な魔術師戦力を凌駕することができない。


 対人で数的に劣勢だと打つ手がなくなるアリスと、魔術師としてもひとかどの人物であるムルフィの違いはそこだ。

 この場は、彼女に任せてしまえばいい。


「ええい、ならば突撃だ! 恩知らずの属国どもめ、下等種どもめ、我ら真の騎士の実力、知らしめてくれよう!」


 すげえ、さすが帝国の騎士だ、話が通じる気なんてまったくしないぜ。

 こんなに良心の呵責なく踏み潰せる奴らも珍しい……いやそう珍しくないか? ただの山賊だと思えば?


 これが、大陸で最大最強の帝国の実働部隊である。

 そりゃ大陸も滅びる、滅びて当然ってなるわ。


 でもあいにくと、おれたちはむざむざ滅びてやる気はない。

 せめておれのまわりの人々だけでも、助けてみせる。


 と――おれが覚悟しなくてもいい感じだな、ここは。

 なにせ、対人戦ならムルフィたちの方が……。


 肉体増強フィジカルエンチャントによるブーストで、ものすごい速度で丘を駆け上がってくる黒鎧の騎士たち。

 長槍を腰だめに構え、地力で駆けていながら、馬上でのランスチャージのごときものすごい突進である。


 そいつらの前に立つは……たったひとりの、ドクロ仮面の小柄な女。

 え、師匠がやるの?


「どけっ、ちびのガキがっ!」


 先頭の騎士が、突進の勢いを乗せて容赦のない刺突を繰り出す。

 ドクロ仮面はふわりと浮き上がってその一撃をかわすと、槍の上に飛び乗った。


 騎士が目を丸くして硬直する間に、ドクロ仮面は槍の上をとててと駆けて距離を詰め、兜に覆われていない無防備な顎に膝蹴りをかます。

 突進中の騎士はおおきく状態をそらし……そのまま、鎧を着た身体が宙に舞い上がる。


 あ、これ例の魔法スピンコントロールだな。

 師匠はもちろん、おれと違って自前でこの魔法を行使できるし、おれなんかよりずっと上手くこの魔法を使いこなしている。


 高い魔力抵抗を持つ上位魔族と違って、帝国の騎士たちには魔法が効く。

 だから師匠は、自身に対してだけでなく相手にもこの魔法を使っているのだ。


 ドクロ仮面は空中で騎士の甲冑に覆われた胴体に三発、蹴りを入れた。

 甲冑の正面がおおきくへこみ、一撃を放つたびに騎士が宙高く舞い上がる。


 ドクロ仮面が騎士の首を両脚で挟み、くるりと騎士の巨体を回転させる。

 カニばさみだ。


 騎士は首を固定されたまま落下する。

 落下地点には、突撃中の別の騎士の頭部があった。


 落下する騎士の後頭部と突進している騎士の額が、派手な音をたてて衝突する。

 両者、首があらぬ方向にまがり、その場に頽れた。


 ドクロ仮面は折り重なって倒れていくふたりの騎士を足場に跳躍、別の騎士に横から膝蹴りを見舞う。

 さらにそいつを足場にして、次の騎士に跳び蹴りを食らわせる。


 このふたりとも、横からの打撃を受けたというのに真上に向かって飛んでいき、そのままなす術なく地面に落下したまま動かなくなった。

 ドクロ仮面はその間にも、残る騎士たちを一方的に叩いていく。


 いちども地面に足をつけぬまま。

 その大半に対しては、どこから攻撃がきたか認識もされぬまま、突撃中の騎士たちを屠っていく。



:は? なにこれ

:相手が雑魚なのでは?

:精鋭で知られる帝国の第七騎士団だぞ

:っていうか吹き飛ぶ方向がヘンなのは、あれナニ?



 コメント欄で混乱が起きている。

 こっちにはみえているIDから判断するに、うちの下級貴族とか、亡命貴族とか、そのへんの連中だな。


 逆にいつも騒がしい王族は黙ってるみたいだ。

 多少なりとも師匠のことを知っているからかな。


 あっという間に、師匠ひとりによって帝国騎士二十数人が壊滅的な打撃を受けていた。

 生き残った数人が、それでも一矢報いようと丘の上で攻撃準備をしている候補生たちに突っ込む。


 候補生たちが一斉に攻撃魔法を放つ。

 だが帝国騎士たちは前面に虹色に輝く結界魔法を展開し、これをことごとく弾いてみせた。



螺旋詠唱スパチャつきの攻撃魔法を弾くのか!

:腐っても帝国騎士団だわ

:やっぱ第七はつえー

:だからそれを一方的に倒していく仮面はなんなんだよ!



 近接戦の得意なら騎士なら、遠距離攻撃対策は必須だ。

 この程度のこと、精鋭の騎士団なら当然のようにやってくる。


 アリスはできないけどね。

 そんな器用なこと、おれには無理だから……。


 だがそれも、候補生たちが一斉に放った攻撃魔法は、多少なりとも敵の突進の勢いを弱めることにつながる。

 その隙に、ムルフィが残る帝国騎士たちに斬り込んだ。


 禁術を使えば簡単に傀儡にできるかもしれないが、今回は相手もヒトだ、それはしないということなのだろう。

 いずれ、「魔王軍与するヒトはヒトにあらず、魔族魔物と同様である」みたいなお触れが聖教から出そうな気もするけど……。


 今回の放送なんか、まさにそういう世論形成に使われそうだな。

 まあ、それは後々のことだ。


 結果、師匠の殺戮を逃れた騎士たちはムルフィの剣によって切り裂かれ、そのすべてが丘を登り切ることなく地に伏した。

 うん、かたちのうえでは圧勝だ。


 実際のところ、こっちは最初から砲撃に向いた地形に陣取り、アリスがその場所につり出すかたちであった。

 終始、有利を押しつけていったのだから、勝ってあたりまえなのだ。


 この騎士たちと、五分と五分の状態でぶつかりあったら、こちら側もおおきな被害が出たことだろう。

 アリスひとりだったら絶対に戦いたくない、逃げの一手である。


「ぐ……っ、辺境の属国ごときが、調子に乗りおって……っ。貴様らが手を貸さぬせいで、我らの国土は……」

「うわあ、このごに及んで上から目線って、帝国騎士さんはえらいんだねぇ。そのえらい騎士さんが、どうして魔族なんかの下僕になっちゃうのかなあ?」


 おれが呆れた調子で、瀕死の騎士を煽る。

 致命傷を受けてとめどもなく血を流すその男は、それなのに外れた兜の下の顔を真っ赤にして、おれを睨みつけた。


「妻と子らを人質にされていなければ、貴様らごときに……っ」

「負けたのは実力でしょ」


 あ、思わずマジレスしてしまった。



:アリスちゃん、演技、演技、スマイルスマイル

:別にこの場で煽ることはないと思うが……

:アリスちゃんの罵倒、士気向上の役には立つから……



 罵倒されて上がる士気なんて犬に食わせろ。

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