第37話
地下につくられたドーム状の空間。
触手たちは裸の女たちを拘束して魔力を奪い、奥にいる
:大都市の地下に魔物が入り込んでるとか、諜報ぼろぼろ
:うちも他国のこといえないから……他人事じゃないから……
:あの化け物、捕獲すればなんか役に立つか?
:いらない、潰しちゃって
「もっちろんっ!」
おれはぬめる液体が溜まった床を蹴り、
何体かの触手の化け物がおれの行く手を阻むも、これは剣を一閃、まとめて切り捨てる。
こいつら、
女王蟻である
あと数歩、というところまで来て、不意に首筋に、ちりちりした感触があった。
慌てて、飛び退る。
一瞬前までおれがいた床が、まっぷたつに裂けていた。
先ほどまではいなかった人影が、そこに立っている。
「誰!?」
慌てて、剣を構えなおす。
おれの前に立ちふさがった人影は、銀の全身鎧をまとった騎士だった。
身の丈は二メートル弱。
フルフェイスの兜で覆われた頭部の奥で、赤い瞳が不気味に輝いている。
全身鎧の人物は、その身よりおおきな刀身の剣を両手に一本ずつ握っていた。
こいつが魔族じゃないなら、きっと
大剣二刀流、か――。
そういう魔族は知らない、けど。
:あいつ、アウエスの狂犬じゃね?
:は? 人間? 魔族じゃなくて?
:騎士百人斬りのやべーやつじゃないっけ
:なんでそんな奴が?
アウエス公国はセウィチア共和国と仲が悪いって話だったけど……。
こいつ、とおれはその全身鎧の人物を睨む。
相手が、フルフェイスの兜の奥で嗤ったような気がした。
アウエスの狂犬、とコメント欄で呼ばれた銀の全身鎧の人物は、ふた振りの巨大な剣を構える。
大剣二刀流とは、これまたロマンの塊……とは、この世界ではいえない。
騎士ならば誰だって
とはいえ、普通の魔力量しか持たない騎士なら、膂力一点集中でもすぐに魔力が尽きるだろう。
おれみたいに
魔物を相手にするには、たいていの場合、素直に質のいい武器を的確な部位に当てた方が効率がいいのだ。
もちろんおれだって、
でもそれは一部の敵を相手にするときだけで、普段は刀身一メートル以下の剣を愛用している。
このあたりは、おれの
そのあたりを踏まえていうと。
目の前の人物の戦闘スタイルはおれとは全然違うのだろう。
騎士百人切り、ってさっきコメント欄でいってたな。
つまりは、対人のエキスパートってわけか。
たしかに、こいつの構えは隙が無い。
迂闊に飛び込めば叩き潰される気がしてならない。
「かなり強いね、お兄さん。いや、お姉さんじゃないよね? ねえ、ちょっとその兜をとってみせてよ。挨拶は大事だよ?」
とりあえず適当なことをしゃべってみる。
なにか反応を引き出せれば、それだけ攻略の手がかりが得られるかもしれない。
しかし相手は無言だった。
じりっ、とスリ足でわずかに前進してくる。
おれは一歩下がる。
ぶるりと震えた。
ちっ、いま、わりとガチで怯えてしまった。
ええいっ、と心を奮い立たせて、口を開く。
「ちょっとちょっとーっ、無言ってどうなの! ねえ、なにかいってよ! それとも口がきけないのかな? だったらゴメンね――っ」
しゃべっている最中に、鋭く踏み込んできた。
おれは反射的に下がる。
大剣が、
皮膚を皮一枚斬られて、赤い血がほとばしった。
「レスバなしとかっ」
「アリスお姉ちゃんっ!」
「だいじょうぶっ」
かなり余裕をもって避けたつもりだったけど、間合いをミスった?
いや、相手の踏み込みがおれの想定よりずっと速かったんだ。
追撃の斬撃は、もう一方の大剣から。
そっちは
壁に衝突する前に
宙で回転して、そのまま天井近くまで高度をあげる。
「あっぶなっ、もーっ、乙女の柔肌になんてことしてくれちゃってるのーっ、ってっ」
騎士が、床から跳躍する。
二十メートルくらいの高さの天井まで、一瞬で到達する。
おれは慌てて天井を蹴ると、向きを変えて床に着地、すぐそこで飛び跳ね、こちらも天井を蹴って追撃してきた騎士の斬撃を回避する。
大剣を浴びた床が爆発し、礫が四方に飛んだ。
あーもうめちゃくちゃだよ!
ならいっそのこと、とおれはフロアの奥に向かって駆ける。
「ちぇっ」
騎士が全力で追いついてきて、横殴りの一撃をおれに見舞う。
おれは攻撃をキャンセルして横っ飛びでそれを避けた。
風圧だけで、吹き飛ばされる。
回転しながら着地、素早く飛び退って追撃を警戒するが……。
騎士はおれと
あっぶない。
ここで守りじゃなくて攻めを選択されたら、ちょっとヤバかったかもしれない。
:アリスちゃん、めちゃくちゃ苦戦してない?
:狂犬が強すぎる
:というかアリスちゃん、対人戦苦手だから……
:あっ、そうか、相手が魔族でも魔物でもないから
:この前の魔族とか、アリスちゃんの倍くらいの背丈だったからな
うん、それはあるんだ。
身長二メートル弱は充分に大柄だけど、でも普通のヒトの範疇。
おれの剣は、もっとでかい奴らを相手にするのに特化している。
いやまあ、相手が雑魚なら別に小柄でも問題ないんだけど、目の前の人物は――人類でも上澄み、凄腕だ。
とはいえ、不審な点はいくつかある。
とりあえず挑発してみるか。
「やっぱり、その魔物は守るんだ。ヒトなのに、それがなんなのかわかっているの? ――それとも、ヒトじゃないのかな?」
騎士は無言で両手の大剣を構える。
やっぱりレスバしないタイプか。
いや、これってレスバしない、んじゃなくて……。
ふと、とある可能性が脳裏をよぎる。
「シェル! 周囲の魔力の流れ、解析お願い!」
「え、ええええ!? わ、わかったよ、アリスお姉ちゃん!」
隙あらば
後方で透明になって待機していた
目の前の光景をみて彼女としても忸怩たるものはあっただろうが、これまでおれの支援を優先して、ずっと隠れてくれていた。
はたして、答えはすぐに出た。
「これって……えっ、そこのでっかい触手から、銀の騎士に魔力が流れてる! これって、魔力リンク!?」
:は?
:待って
:ちょっと?
:いまなんて言った?
コメント欄の王族たちが混乱している。
無理もない。
この人たちにとって、魔力リンクイコール
んでもってこの人たち全員、
だから、魔力リンクがいかにキツいものか知っている。
実際のところ、魔力リンクの方法には複数ある、という話も知識として知ってはいるだろうけど、彼らにとっては血縁関係を使った魔力リンクがあまりにも強いんだ。
でも、たぶんここで行われている魔力リンクはそうじゃない。
ゲームにもあったやつだ、とおれは直感した。
つまり、薬物によるものか、R18なやつか、生体改造か……。
いずれにしても、魔力の供給元はいまおれの周囲で触手によってひどい目に遭っている女性たちだろう。
んで、その触手のボスは、騎士の後ろに鎮座している
いろいろと、からくりがわかった。
なら、対処もできる。
「シェル、触手を潰して」
「おっけー、お姉ちゃん!」
まず魔力の供給源を断ち切る。
シェルが行使した魔法によって、周辺の女性たちを拘束していた触手が数本まとめて断ち切られる。
騎士が、シェルを阻止するべく突進しようとするが……。
「お兄ちゃんはアリスと遊ぼっ!」
おれはそれをブロック、斬撃を見舞う。
騎士は大剣でそれを受けるが、それによって足が止まってしまう。
シェルは、触手に対して攻撃魔法を放ちながら、同時におれに
ほんとに器用だな、と舌を巻かざるを得ないけど、とにかくいまは妹の器用さに頼るしかない。
おれが粘れば粘るだけ、相手が不利になるのだ。
コメント欄でも、王族たちがどんどん魔力を送ってくれている。
はたして、半分ほどの触手が始末されたあたりで、騎士の動きが露骨に鈍った。
よし、いまだ。
おれは武器を持ち換える。
鋭く踏み込み、騎士の兜を
かん高い音がフロアに響き渡り、銀の兜が宙を舞った。
同時に、騎士の全身を包んでいた
赤い光の粒が周囲に散って、空気に溶けた。
騎士が両手の剣をとり落とす。
魔法によるブーストが切れて、剣を持つこともできなくなったのだ。
そして。
兜の下から露になったのは、まるで死者のように骨と皮ばかりになった男の顔だった。
落ちくぼんだ眼下の奥だけが、赤く輝き、生気を持っている。
:げっ、これって……
:薬物だな
:薬で無理矢理に魔力リンクしてたってことか
:リア婆ちゃんが薬は駄目、って言ってたのこれかぁ……
いつも元気なコメント欄が、いささか気弱になっている。
まあ、無理もない、リアリアリアも外法について詳しい説明なんてしなかっただろうし。
:リア婆ちゃんの忠告無視して薬物実験する計画、潰れてよかった
:あれヤバかったね……
そんな計画あったんかい!
優秀な人たちだけど、それだけに油断も隙もないな……。
それは、それとして。
ここには魔物はいても魔族はいなかった。
こいつを捕虜にとれれば、情報を得られる可能性はあるが……。
いちおう、外の騎士まがいな奴らは後続が拘束しているはずだ。
騎士が腰の小剣を抜く。
弱体化しているというのに、おれの目にもとまらぬ速度だった。
敵が一歩、踏み込もうとする。
「ごめんね。証拠が欲しいけど、いまのアリスじゃ生かして捕虜にする技量がないから」
おれは剣を横に一閃、動きが鈍った騎士の首を刎ねる。
ここまでしてなお、相手は凄腕、もたもたしている余裕はなかった。
騎士の首が宙を舞う間に、おれは奥へ駆け出す。
接近しながら数度、振るった剣が、それらをすべて断ち切る。
無防備な
魔物の、断末魔の耳障りな絶叫があがる。
※※※
今回の一件について、顛末は以上の通りだ。
拘束した騎士たちはいずれも口を割らず、そのまま息絶えてしまった。
騎士の所属は、結局、不明。
セウィチア共和国に浸透した魔物と、それによって洗脳された人類によるテロ、というあたりが公式発表となった。
実際のところ、本当にアウエス公国が主犯だったとして、それを表沙汰にしてもあまり意味はないのだ。
人類の一部が裏切りを働いた、と喧伝するより、魔族と魔物が工作を仕掛けてきた、とする方が、よほど団結力があがる。
加えてアウエス公国はセウィチア共和国やヴェルン王国に対して弱みができる。
だから、事件は無事に解決し。
メリルアリルとおれは、しばらく顔を合わせないように、とお達しが出て。
ひと知れず、おれの縁談は終わったのだった。
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