第35話
広いドーム状の議会場、現アリスちゃん握手会の会場は、阿鼻叫喚であった。
観客席の上段の方に居座って中央の舞台に攻撃魔法を放ってくる敵に対して、おれたちは防戦一方である。
舞台の上の一般人を守るだけで精一杯だ。
エステル王女も、戦いでは役に立たない。
反撃するには、右往左往する観客たちが邪魔であった。
警備の者たちも、観客に邪魔されて対応できない。
この光景はヴェルン王国中にもライブ配信されている以上、観客を巻き添えに攻撃、なんてわけにもいかない。
それをいいことに、犯人は好き勝手に魔法を連射してくる。
ざっとみた感じ、五人くらいか。
交互に攻撃魔法を詠唱したり、同時に放ってみたり……。
おれの知ってる魔術師ってシェリーとかリアリアリアとかなので、そのへんに比べるとお粗末極まりない魔法だ。
でも一般人を盾にされると、いささか面倒な相手であった。
これ、テルファとかムルフィなら、先の大闘技場での戦いみたいに、禁術で心を操ってなんとでもしてくれるんだけどな……。
リアリアリアも、あのときは非常事態だからと好き勝手に禁術を使っていた。
あいにくとシェリーはそんなもの学んでいない。
兄としては嬉しいことだが、今はちょっときつい。
敵が、またおれたちめがけて光の矢を放ってきた。
全部で七本、すべて舞台の上で悲鳴をあげている一般人に対してである。
おれは
まあ、この程度、上位魔族の攻撃に比べればたいしたことはない。
問題は、反撃手段で……うーん、いま空を飛んで行ったら、格好の的だよなあ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です! わあっ、アリスちゃんに抱きつかれちゃった!」
「抱きついてないから! 営業だから!」
「営業ならぎゅっとしていいんですか!?」
呑気なこと言ってるんじゃないよ!
おれは彼女を、舞台の陰の機材置き場にぶん投げる。
少女は、ふぎゃっ、と悲鳴をあげていた。
腰から落ちたから、痣くらいできてるかもしれない。
このままでは埒が明かない。
今度は散発的に、光の矢が舞台に飛んできた。
一般人がまた悲鳴をあげて逃げようとして……。
シェルが、広範囲に結界を展開する。
光の矢が結界に弾かれ、結界もまたギリギリのところで持ちこたえてみせる。
「ここはわたしがなんとかするから、アリスお姉ちゃんは敵を!」
「うん、わかったよ、シェル!」
しゃあない、ここは一発。
「みんなっ、アリスに力を貸して!」
:おう、よくわからんけど任せとけ
:観客の犠牲はなるべく避けてね
:でもいざとなったら見捨てていいぞ
:がんばって、アリスちゃん!
大量の
おれは流れ込んでくる魔力を
斜め前の、
犯人たちにとっては、おれが一瞬で消えたようにみえただろう。
動揺するようにホール中央の舞台をみている。
おれはその隙に、ドームの壁を蹴って反転、犯人たちの横合いから急接近する。
全部で五人のうち、ひとりだけがおれに反応して横を向くが……。
「魔物よりずっとおっそいっ!」
おれは
一瞬で、五人を始末した。
:おっと、首が五つ、ぽーんと跳んだな
:今日はお祭りかな?
:こいつは景気がいいな!
コメント欄も呑気なものだ。
まあ、こいつらみんな魔力を贈れるくらいの貴族だからね。
:やっぱり普通の魔術師じゃ相手にならん
:そりゃそうよ、相手が魔族じゃなきゃ
:魔族相手じゃないから
うん、充分だ。
いつも感謝しております。
さて、これで襲撃者はすべて始末したわけだが……。
s
「あっ、駄目っ!」
舞台の方から鋭い声があがる。
シェルだ。
みれば、ひとりの男が抜刀し、エステル王女に斬りかかっていた。
シェルがとっさに、賊と王女の間に割って入り……。
少女が、魔法の防壁をつくる。
しかし賊の持つ剣の先端が防壁に触れたとたん、その防壁がぱりんと音を立てて割れた。
「嘘――っ」
シェルがおおきく目を見開く。
げっ、あの剣、おれの知っている武器だ。
ゲームにも出てきた古代の遺産、あんなものが、なんで――。
相手にかかった
人の心を操る禁術を使う、人類の裏切り者を倒すために。
いちおうは大昔の量産品という扱いだったはずだけど、ゲーム中では一本しか出てこなかった。
いったいどこからそんな貴重品を……。
いや、それよりもアレはまずい。
「シェル、逃げ――っ」
おれが声を張り上げた次の瞬間、シェルの身体にその剣の刀身が触れる。
彼女の身体にかかった魔法が一瞬でかき消え、本来の姿が露わになる。
幼女といってもいい小柄な少女が、十六歳の女性の姿に変化する。
その様子が、
エステル王女をかばって、メリルアリルがそこに立っている。
その肩に男の剣を受け、血を流していた。
首から下げた青い貝殻のネックレスが弾け飛び、宙を舞う。
エステル王女が「メリルっ」と叫ぶその声も、放送に乗る。
男がけたたましい笑い声をあげた。
「貴様らの化けの皮、剥いでやったぞ! ざまあみろっ!」
次の瞬間、男の胴体が光の矢で貫かれ、男は絶命する。
エステル王女の背後から放たれたその魔法は、シェリーのものだった。
シェリーは、肩でおおきく息をしていた。
ここまで走ってきたのだろう。
今回、彼女は奥でセウィチアの技術者と
故に、メリルアリルがシェルとなり、アリスのそばに控えることになっていた。
「メリルっ!」
おれは慌てて翼を生やすと、観客席から舞台まで飛ぶ。
放送のコメントでは、多くの者が慌てふためいていた。
大半は、アリスとシェルの正体を知らない。
ただ社交界に出ている者は多いから、メリルアリルという女性のことを知っている者はいくらかいて、その者たちが彼女のプロフィールを書き込んでいた。
今更、それをストップさせるには遅い。
ヴェルン王国中が、シェルの
でも、そんなことより、おれとしては深手を負ったメリルのことの方が心配で……。
倒れかけた彼女を、エステル王女が抱きしめる。
「馬鹿っ! メリルはもう側仕えじゃないんだからっ!」
「それ……でも。殿下を守れて、よかった」
メリルはうっすらと微笑み、全力で駆けてくる
その唇が、「ごめんなさい」と呟いていた。
※※※
結論から言うと、メリルは無事、一命をとりとめた。
あの場にシェリーがいたから、当然だ。
テロを起こしたやつらは全滅した。
今のところ、どの勢力がやったのか、その手がかりはほとんど判明していない。
残留した魔力から、おれとメリルを襲撃した奴らにかかっていたものと同じような魔法が使用されたことはわかっている。
だとすれば、やはり魔族が関わっているのだろうか。
さて、正体バレしたメリルだが……。
「アランくん、ごめん」
エステル王女がおれに頭を下げる。
この場にいるのはおれと彼女のふたりきりで、完全防音の大使館の個室とはいえ、王族に頭を下げさせるというのは尋常なことじゃない。
でもこれは、きっと……。
エステル王女が、本当に、心から、メリルの友人だからこその誠意なのだろう。
「メリルとの婚約は、なかったことでお願い」
「わかっています。公式にメリルがシェルになった以上、彼女に近しい騎士がいるのはまずい。まだメリルの過同調体質はバレていないでしょうけど、もしそれも流出したら、アリスが誰かたちどころにわかってしまう」
とりあえず、頭を上げてもらう。
いつまでも王族に頭を下げさせているのは心臓に悪い。
「うん、そういうこと。――コメントでメリルのこと書き込んだやつ、みつけて徹底的に締め上げてやる」
エステル王女は、ぐっと拳を握っているけれど……。
いや、それは仕方ないだろ。
あれを解く方法、マジで
「つーかさー、
エステル王女の呟きで、はっとなる。
「ひょっとして、
「うん? あ、そっか。
どうなんだろう、まったくわからない。
とにかく、これで
テロリストたちは完全に捨て駒で、メリルの正体割れも事故というか副次的なもの、その本命はアリスをあれだけ強化している
でも見当違いのところで効果を出してしまった。
本当に
………。
いやこれ、魔族側も頭を抱えてるんじゃないの?
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