第34話

 おれとメリルを襲った男たちが、禁術で精神操作されて誰かに操られていた痕跡があった。

 シェリーがリアリアリアに連絡を入れ、軽く相談した結果、どうやらリアリアリアも知らない魔法であるらしい。


「うーん、アリア婆様でしょ。本当に知らないのかなー?」

「師匠は気軽に禁術をばらまきかねない人だけど、こんなことで嘘をつきませんから」

「それもそっかー」


 エステル王女とシェリーがそんな会話をしている。

 リアリアリアの人格に対する信頼が厚い。


「一応確認だけど、シェリーちゃん、アリア婆様が知らない魔法なんてあるの?」

「いっぱいあると思います。各国で秘匿している魔法があるでしょうし、高位の魔術師が独自に開発したものなら師匠が知らなくてもおかしくはありません。歴史のなかで消えた魔法もたくさんある、と聞きました」


 でも、とシェリーは続ける。


「そういうのとは違って、まったく系統がわからない魔法、らしいんです。わたしも術式の痕跡を辿ったんですけど、解読の手がかりすらさっぱりで……」


 プログラムの言語が違う、みたいなものかな。

 魔法の分析とか、まったくわからないが。


 でも、そんなことあるんだな。

 とおれは呑気にやりとりを眺めていたのだが……。


 エステル王女とシェリーの顔色が、どうもよくない。

 ふたりとも、口に出さないけどなにか思い当たる節があるらしい。


 おれはメリルと顔を見合わせた。

 お互いに、首をかしげてみせる。


「あのね、アランくん。うちらが言ってるのは、これが人類の魔法じゃない可能性が高い、という話なわけ」


 エステル王女が、ジト目でおれたちを睨む。

 おれとメリルは、同時にぽんと手を叩いた。


「エステル様。つまり、魔族、ですか」

「確定じゃないけどね。この街に潜んでいる魔族が、人を操ってアランくんたちを襲わせた、という前提で動いた方がいい。とりあえず最悪を考えて動くのが基本、なんでしょ? よく知らないけど」


 メリルとエステル王女はおれをみる。

 大使館は近衛騎士たちによって厳重に守られているが、相手が魔族となれば、それでも万全とはいえない。


ヴェルン王国うちの王都にあれだけ浸透されていたんです。この国に魔族がいても不思議じゃないですが……」

「明日の握手会、やめとく? いまなら大使館の者が襲われた、ってことを口実にできるよ」


 おれは少し考えて、エステル王女に首を振った。


「いや、中止はしません。あれだ脅しだったら、おれたちが魔族の脅しに屈したことになる」

「そうだねー。やー、まいった、まいった。明日はせいぜい、警備を厳重にしてもらうしかないかなあ」


 エステル王女は明るく笑う。

 つられて笑う者は、誰もいなかった。


        ※※※


 翌日、握手会の会場となるセウィチア議会場には朝から大勢の人が詰めかけていた。

 ドーム状の建物で、中央の舞台を囲むように無数の観客席が並んでいる。


 満員の観客席には、三千人が詰めかけているという。

 屋内でこれだけの収容人数とは、たいしたものだ。


 内部はクーラーで冷却されていて、にもかかわらず満員の観客席は熱気に満ちている。

 アリスおれが舞台の中央に立って、観客に対して手を振っているからだった。


「みんなーっ! 今日は来てくれてありがとーっ! 朝から暇なひとばっかりで、アリスびっくりだよーっ!」


 あっ、つい習慣で煽ってしまった。

 まあ、なんかウケてるからいいか。


 つーか、なんでこの国でもアリスの煽りで喜ぶ人たちばっかりなんですかね。

 アリスの等身大の似顔絵を旗にして振ってる人までいる。


 この大陸中、メスガキ煽りに興奮する人ばっかりなの?

 人類、やっぱり滅んだ方がいいのでは?


 ちなみにアリスの声は魔法で拡大されている。

 映像と音声は王国放送ヴィジョンシステムによって、会場の外に設置されたモニターや、ヴェルン王国の各地にも配信されているはずであった。


「今日はセウィチア共和国のお兄ちゃんお姉ちゃんたちとお話するよ! みんな、よろしくねーっ!」


 ちなみに握手会といっても、あらかじめ選ばれた人たちと握手し、少し会話するだけである。

 安全保障上も、誰だかわからない一般人はさすがに通せない。


 セウィチアの各階層から代表となる者が二十人ほど選ばれて、アリスの前に集まってくる。

 老若男女、さまざまな人がいた。


 皆が褐色の肌なのは、この地特有のものだ。

 最初に前に進み出たのは、壮年の男性だった。


「初めまして、アリスくん。わたしはロック。商会を経営している。以前から、きみと話をしたかったんだ」

「初めまして、ロックさん! ロック商会を一代で成長させた方にお目にかかれて嬉しいです!」


 ロック氏と握手する。

 がっしりしているけれど、武器を握ったことはない手だった。


 いくらか雑談をしながら、食べ物がおいしいだのなんだのとリップサービスする。

 ロック氏は嬉しそうにしていた。


「孫は君の熱烈なファンでね。自慢できるよ。この手はしばらく洗わないでおこう」


 手は洗え。


 会話は二分ほどで、次の人に。

 若い女性が入れ替わりにアリスの前に立つ。


「わっ、わたしっ、アリスちゃんのことひと目みたときから大好きでしたっ! こっこっこっ交際を前提に結婚してください!」

「お姉さん業が深いね! ごめんなさいっ!」


 その次は、腰が曲がった老人だった。

 この人はとてもまともだった。


 ふう、よかったよ……握手会に参加する全員がやべー奴だったら、やっぱりこの世界は滅んだ方がいいんじゃないかと一瞬でも思うところだった。


 まあ、とにかく次々と握手して、会話をする。

 友好的な雰囲気を演出して、共和国の人々にアリスを受け入れてもらう。


 そうして、半分の十人ほどが終わったところで……。


 視界の隅、観客席の後ろの方で、きらりとなにかが光った。

 そのとき握手していたのは、議員のひとりであるという、はげ頭の男性。


 おれはその男性を抱え上げると、横っ飛びに跳躍した。

 一瞬遅れて、さっきまでおれたちが立っていた舞台上でおおきな爆発が起こる。


 悲鳴と怒号があがった。


        ※※※


 襲撃の可能性は、充分に考慮していた。

 昨日、あんなことがあったばかりである。


 セウィチア側にも、昨日のことは伝達済みだ。

 会場の警備を強化する、と請け負ってくれていた。


 でも、まあ。

 完璧に襲撃を防げるとは、思っていなかった。


 ヴェルン王国の王都ですら、奇襲を受けたのだ。

 魔術師の数でも質でも劣るこの国であれば、なおさらである。


 だからアリスおれ個人としても、充分に周囲を警戒していたのであるが……。


 おれは抱えていた男を床に下ろすと、「逃げて!」とちいさく告げた。

 でもはげ頭の男は、腰を抜かしてしまった様子で、四つん這いになって、あわわっ、とじたばたしている。


 これまで暴力沙汰に無縁だったのなら、無理はない。

 王国うちの貴族たちみたいに幼いころから訓練を受けているならともかく……。



:なんだ、爆発?

:アリスちゃん無事?

:うわっ、テロかよ

:セウィチアって王族がいないんだっけ?

:商人の国だな



 視界の隅でコメントが流れ始める。

 王国放送ヴィジョンシステムが相互モードになったのだ。


 ちらり、と背後を振り返れば、エステル王女が、ぐっと親指を立てていた。

 システム起動にゴーサインを出したくれたのは、彼女だろう。


「今、攻撃魔法を放った奴はどこだ!?」

「階段の上の方だ、捕らえろ!」


 警備の者たちが急いで観客席に向かっている。

 でも観客席の人々は今やパニック状態で、右往左往していて、結果的に彼らの道を塞いでいた。


 まったく……こんなところでテロなんて、冗談じゃない。

 今の爆発の規模から考えてそう強力な魔法ではないはずだけど、一般人なら即死間違いなしである。


 あれを連射されたら、ちとまずい。

 アリスおれは生き残ることができても、まわりに与える被害がでかすぎる。


 逆にいえば、アリスおれを仕留めるにはあの程度じゃ足りないわけで……。

 とはいえ、舞台の上にいる一般人を守りながら戦うのはちと厳しい。



:狙いは王国とセウィチアの接近阻止か?

:じゃ、ないかな

:それ、セウィチア側に得がある?

:むしろ損しかないはず

:だからでは?

:セウィチアは隣国のアウエスと仲が悪い



 あー、アウエス公国。

 セウィチアのすぐ西にある国で、こっちも交易で財をなしている商売の国だ。


 ライバル、というか宿敵。

 そんな関係の両国は、ことあるごとに角を突き合わせて、モメにモメてきたという。


 まあ、とにかく……とおれは腰を抜かしたおっさんを物陰に引きずりながら周囲の状況を確認する。

 エステル王女のそばで、シェルがおれに手を振っていた。


 すでに魔力リンクで魔力を送ってくれている。

 その魔力で、おれは肉体増強フィジカルエンチャントを使用し、おっさんを引きずっているわけだ。


 さて、普段と違って、人が密集したドームのなかである。

 このままフルパワーで戦うわけにもいかないのだが……。


 観客席の上の方で、また光が瞬いた。


「シェルっ!」

「うん!」


 シェルが、素早く小杖ワンドを前方に突き出す。

 半透明のバリアが展開され、エステル王女めがけて飛んできた光の矢を弾いた。


 光の矢はさらに数本、たて続けに飛来する。

 そのうちの一本はおれが引きずるおっさんに向かってきたので、おれはおっさんを一気に引っ張ると、遠くに放り投げて回避した。


 おっさんは宙を舞い、物陰に飛び込んで、カエルが潰れるような声をあげる。


「ごめんね!」

「い、いや、これもご褒美だ」


 おっさんから返事が来る。

 意外と余裕あるな!?


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