第31話
その後、改めて対面したメリルアリルは、エステル王女とは正反対の、線の細い少女だった。
シェリーよりひとつ上の十六歳だが、背丈はシェリーより十センチ以上高く、出るとこが出ていて、大人の女性、という感じがする。
王族の大半と同じく金髪碧眼で、たぶん王家の分家の血が入っているのだろう、整った顔立ちをしている。
そんな高貴な血を感じる少女は、はにかんだ笑みをみせて、「アランさん、あなたの事情はエステル様から聞いています」と告げた。
「いつもエステル様が煽りコメントを入れてごめんなさい」
「
おっと、本音が。
おれとメリルアリルは顔を見合わせて、ぷっと吹き出す。
っていうかこの子の前でコメント入れてたのか、あの王女。
行儀見習いってことは王宮で王女の側仕えとして働いていたんだろうけど。
おれたちは上質なナホロ心木製テーブルを挟んで腰を下ろす。
前世でいえば、マホガニー製というところだ。
おれの横にはマエリエル王女が、メリルアリルの横にはエステル王女が座っている。
これめちゃくちゃ居心地が悪いな!
メイドさんが淹れてくれた紅茶を口に含み、エステル王女が焼いたクッキーをかじって少しリラックスする。
「王家としては、どうなんですか」
おれは隣でにこにこしているマエリエル王女に話を振った。
「どう、とは?」
「おれじゃなくて、もっと強い騎士と魔力リンクさせる、という手もあるはずです。おれは所詮、
「それについては、アラン、あなたの認識を訂正させていただかないとなりませんわ」
マエリエル王女は首を横に振った。
「まず、魔力リンクの訓練は誰にでもできるものではありません。特にその初期、受け手側に強い苦痛をもたらします。他者から流れてくる魔力に対して、本能的な忌避感を覚えるものです。この段階で、たいていの者は挫折します。あれはなかなか耐えられるものではありませんわ」
「試したんですか」
「兄さまと。我々王族の間で
そういうものか。
おれの場合、今後のこの世界を知るものとして、力を得るためにわりと必死だったからなあ。
「実のところ、わたくしもアイドルというものをやってみたかったのですわ」
「うんうん、それ、わかるよ! ぼくもやってみたかった! でもあれは無理!」
エステル王女も、ぴしっと手を挙げる。
ああ、この人も試したんだ……。
まあ、そうだよな。
この国の王家は、現王を筆頭に、国を守るという強い使命感を持って働いている。
しかも、魔力が高い者ばかりだ。
そりゃ、最初に自分たちの手で
でもそれは断念した。
魔力リンクのハードルは、それだけ高いものなのだ。
ムリムラーチャの場合、ミドーラの闇子、と呼ばれる諜報組織の手で、幼いころから薬物を投入されて魔力リンクを覚えさせられたという。
そこまでして、ようやくだったのだ。
むしろ、候補生たちが五組も集まったのが奇跡だったのかもしれない。
その彼らも、魔力リンクの精度としてはまだまだなのである。
「よって、新たな受け手側を増やす、というのはなかなかに難しいのです。ならば、いまもっとも上手に魔力リンクを扱うあなたが適任である、とわたくしは判断いたしますわ」
「平凡な騎士見習いでも、ですか」
「次にそこ、ですわ。アラン、あなたは平凡な騎士見習いではありません。魔族や魔物を倒すために幼いころから鍛えあげた、一流の戦士です」
まあ、それはそうだ。
おれの武芸は、ただそのためだけにあった。
でもなあ、それだけの理由で王族がわざわざ……。
つーか、ああ、そうか。
「おれの正体を知る王族にも、派閥があるんですね。ディラーチャとムリムラーチャの台頭で派閥が割れる可能性がある。その前に、おれとの強固な繋がりを示しておきたい。お見合いなんて、その絶好の機会だ」
はたしてマエリエル王女は、芝居がかった仕草で肩をすくめてみせた。
「あなたのそういう聡いところ、好ましく思いますわ」
「王族同士の権力争いに巻き込まれるとか、心底勘弁して欲しいですね」
「諦めてください」
アッハイ。
そうきっぱりいわれると、肩を落とさざるを得ない。
「あははっ、アランくんは初心だよねえ。王族の紐付きな以上、権力争いに巻き込まれないはずがないんだよっ」
「エステル殿下にいわれると、なぜか腹が立ちます」
「ひどーい! でもわかるわー」
けらけら笑いながらクッキーをかじるエステル王女。
さっきから、ほかの人の三倍以上食べている。
そんなんだから腹まわりに出るんだよ?
このひとのあけすけなところは嫌いじゃないけど、それはそれとして腹が立つ!
おれは、困り顔で苦笑いしているメリルアリルに向き直る。
「あなたも、こんなことに利用されていいんですか?」
「利用される、と申しますか……あの、じつは、わたしからエステル様に頼んだんです」
メリルアリルは、おずおずとした様子で、下を向いてそう告げた。
うん? どういうことだ?
「さっきもいったよね、過同調体質の特徴。想いを通じ合っている相手となら、誰とでも魔力リンクができるんだよ」
エステル王女がいう。
「逆にいうと、想いが通じ合っている相手じゃないと魔力リンクができないのさー」
「ええと、その、アレン様……。駄目、でしょうか」
少女は頬を朱に染めていた。
繰り返すが、どういうことだ?
※※※
おれの前世には鈍感系主人公というジャンルがあったが、おれ自身がそんなものを気取るつもりはない。
彼女の態度をみれば、おれに対してどういう気持ちを抱いているかくらいはわかるつもりだ。
それはそれとして、客観的にみておれが好かれる要素なんてあるだろうか?
この国の慣習から考えると、彼女がエステル王女の側仕えだった、ってことはもとから伯爵以上の貴族の令嬢ということである。
後宮で働くには一部の例外を除いて相応の身分が必要なのだ。
で、一方でおれの身分は騎士見習い。
分不相応にもほどがある。
もちろん彼女はおれがアリスであることを知っている。
おれの妹のシェリーがリアリアリアの一番弟子であることも。
だとしても、青田買いもいいところだ。
高位貴族の令嬢にとっては、もっといい縁談など山ほどあるだろう。
実際のところ、おれが伯爵令嬢と婚約した場合、周囲からあまりにも目立ってしまう、というデメリットもある。
そんなこと、ここにいる王女たちがわからないはずもないのだが……。
ちらり、とマエリエル王女をみれば、にやにや笑っていた。
なんだこいつ。
「念のため確認なんですが。騎士見習いと伯爵令嬢の婚約とか、おれのことが他国に嗅ぎつけられませんか?」
「まだ未発表ですが、シェリーを魔術爵に任命する予定ですわ」
魔術爵。
この大陸ではわりと一般的な爵位のひとつだ。
一代限りの爵位ではあるが、その子も魔力量が一定以上あれば爵位を継承できる。
伯爵に相当し、ヴェルン王国では現在、十三人の魔術師がこの爵位を与えられている。
いずれもそうそうたる面々だ。
ちなみにリアリアリアは大魔術爵で、この爵位を持つのは我が国において彼女ひとりである。
侯爵に相当し、数年前に彼女がこの爵位を与えられたとき、百年ぶりの大魔術爵の誕生と話題になった。
で、なんでこんな爵位があるかというと。
基本的に、貴族は魔力量において平民に優越する。
より高位の貴族ほどその傾向が強く、王族にいたっては、たとえばおれの斜め前で幸せそうに菓子を頬張っているエステル王女がおれの三十倍の魔力量を保有していたりする。
そんな構造だからこそ、
でも、必ずしも貴族からだけ魔力量の多い魔術師が生まれるわけではない。
シェリーなんかがそうで、ただの騎士の娘があれだけの魔力量を持って生まれている。
我が愛しの妹は珍しい存在ではあるが、しかしありえないような出来事ではない。
でも、シェリーに子どもが生まれれば、その子はかなり高い確率で高い魔力を持って生まれるだろう。
貴族としてはそういう血を取り込みたいが、それには平民の子、という部分がネックとなる。
そこで、爵位だ。
授爵されたばかりの女性の魔術爵ともなれば、魔力量を増やしたい貴族にとっては垂涎の的、結婚相手として申し分ないどころか完全に魔術爵の売り手市場となる。
ディアスアレス王子と結婚しても過不足なし、となるだろう。
いやシェリーとあのオタンコナスの結婚とかおれが絶対に許さないけどな!
妹の幸せを守るのは兄の役目だ!
それは、さておき……。
「シェリーはまだ十五歳ですよ。歴代の授爵者って、若くても三十歳とかですよね」
「リアリアリア様の一番弟子というものに、付加価値をつけたいのです。
「必要以上にシェリーが目立っちゃ困るでしょう」
「すでに目立ちすぎました。
あ、そうか。
最近のことを隠すならともかく、昔のことを隠すには事前の手まわしが必要だ。
アリスの師匠の件は、たまたまではあるがエリカという人物がよく夫と旅に出ていた、というアリバイがあった。
ならいっそ思いきり押し上げてしまえ、ということなのだろう。
たぶんリアリアリアも承知している話なんだろうな、これ。
ついでに、他国に
もちろん、リアリアリア自身が赴くことができればいいんだろうけどね。
あのひと他国にもあちこちコネを持ってるらしいし。
でもリアリアリアは忙しすぎる。
魔王軍の侵攻に備えた準備を先手、先手で行っていくためには欠かせない人材であった。
まあ、それをいったらシェリーもアリスの活躍に必要不可欠な人材で、
こちらに関しては、幸い、ディラーチャとムリムラーチャという代替できる人材が無から生えてきた。
いや無からじゃないんだけど、貴族や王族にとっては実質的に「無から生えてきた」といってもいい状況だろう。
棚から牡丹餅、である。
この世界にはない表現だけど。
「加えて、アラン。シェリーとあなたがセットで赴けば、その国で
最近、ようやくクローズドなテストシステムが完成したんだよな……。
「ああ、現地でおれがアリスになって……。でもおれとシェリーの正体がバレませんか」
「ですので、あなたがたのチームにそこのメリルアリルを加えるのですわ。彼女も
「は、はい! シェルちゃんになることもできますし、シェリーさんのかわりを務めることもできると思います!」
あ、そこに繋がるのね。
というかこれ、メリルアリルがチームに加わることの方がメインで、そのための顔合わせじゃねーか!
「もうちょっと段階を踏んでもよかったのでは?」
マエリエル王女に、そう訊ねてみた。
「どう段階を踏んでもシェリーが不機嫌になる話ですからね、さっさと行くところまで行ってしまった方がいいでしょう」
「あー、まあ、あいつ絶対、自分の居場所がとられる、って思うか」
うちの妹は兄離れができないのである。
まったくもって困ったものだ。
「メリルの過同調体質が判明したときから、もう十中八九、こうなると思ってたんだよね、ぼく。ま、メリルが幸せならそれでいいんだけどさ」
「も、もう、エステル様ったら……食べすぎですよ、お菓子」
「いいのいいの、まだまだいっぱいつくってあるんだから。ぼくはお菓子をいくら食べてもちゃんと夕食を食べられる体質だし」
それは食い意地が張っているだけでは?
おれはいぶかしんだ。
「おれたちをどこに行かせるか、もう決まっているんですか?」
「セウィチアですわ」
マエリエル王女は即座に返事をする。
あ、やっぱりもうそこまで決定されてるのね。
セウィチア共和国。
我が国の南方にある国だ。
セウィチア港都という大都市を中心とした小国で、豪商たちが代表者を選挙して国を運営していたはず。
なるほど、金がありそうなところだ。
国外で
「無論、あなたがただけで行かせはしません。エステル、頼みますよ。あなたが筆頭外交官です」
「えへへ、まっかせてーっ。ぼくがきみたちの代表だっ!」
ぶい、と焼き菓子の粉がついた手を突き出すエステル殿下。
おれとメリルアリルは、同時に、え? マジ? という顔をした。
「「殿下が外交なんて、できるんですか?」」
ふたり同時に、そう口に出す。
よし、互いの想いがひとつになったな!
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