第25話
決闘と
おれはふたたび入院させられた。
幸いにして、その一撃で
だから、その後のことは人から聞いた話しか知らないが……。
無事に
シェルが泣きながらおれを治療してくれて、最終的には
とはいえ、数日経っても手にはまだ少し違和感が残っている。
ディアスアレス王子とマエリエル王女も、おれのもとに使いの者を寄こしてきた。
中途半端な試作品で怪我をさせてしまって申し訳ないという旨を伝えてきたが、そうはいっても、あれがなかったら勝てたかどうか怪しいところである。
あるいは、また
ひょっとしたらムルフィが無茶をしなければならなかったか。
この程度で済んだのはまだマシな方と考えるべきだろう。
ディラーチャとムリムラーチャが、おれのベッドが置いてある個室に見舞いに来た。
「魔王軍のスパイと戦う妹を守って傷を負ったと聞いたわ。あなた程度の魔力で魔族とやりあうなんて、無謀もいいところでしょう?」
そういう話になっているらしい。
まあ、あの状況でおれとシェリーが大闘技場のまわりにいなきゃ不自然だからな。
実際のところ、あの日、大闘技場とその周辺で摘発された魔王軍のスパイ、すなわち人類に変身して潜入していた魔族は十体以上。
その大半は、
なにせ、魔王軍のスパイたちを相手にした近衛騎士団は十人以上の死者と、その十倍の負傷者を出している。
精鋭である近衛騎士団の魔力平均は平凡な騎士の五倍以上であるにもかかわらず、だ。
この世界の常識なら、そうなる。
魔族や魔物を相手にする際は人類や獣を相手にするときとはまた違った武器や戦術が必要であり、一概に魔力だけを重視するべきではない、とおれは思うのだが……そのあたりは、まだ上層部の一部としか共有できていない事柄だからなあ。
もう少し準備の時間があれば、近衛騎士団にもおれのものに準じた
戦術を鍛える時間もあったもしれない。
とはいえ、あの決闘を開催し魔族を誘い出したうえで撃滅してみせたディアスアレス王子は、関係各所からの評価をおおきく上げたとのこと。
犠牲に見合うだけの戦果はあった。
なにより、民と貴族が想いを共有することができた。
国全体で魔王軍の脅威に対抗する、という思想を。
目の前でぶつかりあうアリス&ムルフィと
大闘技場は王都のはずれなわけで、王都の全員がみあげられるところで行われていたわけだからな、あれ。
民と貴族の意識を変革する。
ひいてはアリスの力を探ろうとしていた他国の者たちの意識すら。
そこまで含めて、ディアスアレス王子の作戦だったのだろう。
あんなものをみせられたら、そりゃ魔王軍の脅威の前に人類は団結せざるを得なくなるというものである。
問題は、そうして本格的な軍事行動を起こせるのがいつになるか、であるが……。
「一年もあれば、なんとかしてみせるでしょう」
とは見舞いにきたリアリアリアの言葉であった。
一年か……遠いな……。
「あと一年、魔王軍が待ってくれるんですかね」
「それこそ、わたしたちの腕のみせ所ですね」
アリスだけでなんとかなるものではない。
ムルフィが加わっても、厳しいだろう。
「ですが、すでに物事は動き出しました。わたしは長い時を生きて、知っています。いちど動きだした物事が、いずれ止まらない濁流となってなにもかもを押し流すときがあるということを」
「これも、そうだと?」
「そうなればいい、と思っています」
さもなくば、と彼女は微笑む。
「遠からず、あなたが知るゲームの結末と同じ道を辿ることになるでしょう」
ゲームの終盤で、大陸は崩壊する。
これは文字通り、ばらばらに引き裂かれるということだ。
大陸を支える星の杖という聖遺物を引き抜かれたことによって生じる事件である。
そもそもなぜ、そんなことになるのかといえば……。
いまから五年後に生まれる勇者が星の杖から力を吸収し、仲間に
星の杖は善き新神がこの地を立ち去るときに残した悪しき旧神に対する最終兵器であり、同時に悪しき旧神をこの大地に縛りつけるための封印でもあった。
魔王軍の脅威に対抗するため星の杖から力を引き出したことにより、星の杖は引き抜かれ、悪しき旧神が復活する。
その余波で、大陸はばらばらに砕けるのだ。
魔王、すなわち
勇者、すなわち
故に、おれたちが今後も生き残るためには、勇者を覚醒させてはならない。
おれたちの力だけで魔王軍を打ち破る必要がある。
「難儀なことですね。まったく、あなたの記憶を覗いていなければ、わたしだってこんなこと、とうてい信じられなかったでしょう」
「おれの記憶がすべて妄想の可能性もありますよ」
「あなたの知識、細かい設定、わたしが知るこの世界の、表沙汰にはなっていない細部の真実。それらをすべてを合わせれば、妄想と切り捨てることなどとうていできません。いったいどうして、そんなことになっているのかはさておいて、ですが……」
そうだよな、どうしておれがこんな、ゲームのなかそっくりの世界に転生したのか。
そもそもあのゲームは本当になんだったのか。
すべての真実が白日の下に晒されることは、はたしてあるのだろうか。
「いずれにしても、退院してからしばらくは、こんどこそゆっくり休んでください」
「アリスのかわりもできましたしね」
「ええ。ムルフィは上々のデビューをいたしました」
ディラーチャとムリムラーチャは、さっそく地方の魔物狩りにでかけ、配信でなかなかの評価を得たという。
それもこれも、アリスが王都を守っている、と王家が喧伝しているからだ。
ふたり目のエースの登場は、なんとしても王都を守りたい貴族や王族の一部にとって福音であった。
片方を王都に縛りつけるためにも、派手に
「お金と魔力を出すだけで自分たちの身の安全が保障されるのです。加えて
「お弟子さんたちの過労死が心配ですね。シェリーはきちんと休ませてくださいよ」
「もちろんです。あの子は、ちょっと目を離すとがんばりすぎますからね。兄に負けてはいられない、と」
それは本当に心配だ……。
「シェリーはすぐ無茶をするから」
そういったところ、なぜかリアリアリアがじっとみつめてくる。
え、なにさ、ため息なんてついちゃって。
「重ねて申します。くれぐれも、休むように」
「え、ええ、はい、もちろん」
なんでそんな、念を押すの。
※※※
結局、十日ほど入院していた。
退院してからも、しばらくは常にシェリーと共にいることを命じられた。
そのシェリーはリアリアリアから「しばらくは、あなたも休暇をとりなさい」と命じられている。
「毎日、兄さんとデートしろって」
「おれはそんなに無茶をすると思われているのかねえ」
「思われていないとでも、兄さん?」
アッハイ。
シェリーにじと目で睨まれて、おれは即座に降参した。
「兄さんには、わたしを毎日、甘味処に連れていくお仕事を与えます。とても重要なお仕事ですので、頑張ってください!」
「へいへい、お貴族様」
えっへんと胸を張る我が妹。
大陸一かわいい。
彼女の笑顔を守ることができるなら、どこまでも頑張れる気がした。
そのためには、まだまだ力を蓄えなくてはいけない。
おれだけではない、おれたちみんなが、である。
この国だけでも足りない。
大陸中の人類の力を集めて、それでようやく魔王軍に対抗することができるかもしれないのである。
シェリーと並んで街を歩く。
商区のこのあたりでも、時折、破壊された家屋が目に入ってくる。
リアリアリアの結界も、せいぜい大闘技場の観客席を守れたくらいであった。
相応の死傷者が出たという。
逃げた魔王軍のスパイ、人に変身していた魔族が暴れた区画では、だいぶひどいことになったという話も聞いた。
それでも、道行く人々の顔は明るい。
皆が、アリスと、そして彼女に続いて現れた自分たちの守護神ムルフィについて話している。
街のあちこちで、さっそくムルフィの似顔絵をみつけた。
これから行く甘味処では、アリスとムルフィが手を繋いでいる版画を配布するキャンペーンが行われているという。
………。
王都の商人、商魂たくましすぎない?
「兄さん、あっち、あっち。あそこの屋台からいい匂いがするよ」
「これから食事するんだろう?」
「別腹、別腹。えへへ」
シェリーはおれの手を引いて、通りの一角の屋台へ向かう。
香草がたっぷり入ったスープの香ばしい匂いが漂っていた。
まあ、スープ一杯くらいならいいか。
「ふたつ、ください」
おれは財布から銅貨をとり出した。
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