第24.5話


 わたし、ディラーチャが妹のムリムラーチャと共にリアリアリア様のお屋敷に住むことになった日の、翌日の朝。

 日の出と共に起きたわたしは、中庭で剣を振る男がいることに気づいた。


 アランという、わたしたちを捕まえた兄妹の、兄の方だった。

 妹と違って平凡な魔力しか持たない騎士見習いで、妹のシェリーがリアリアリア様の一番弟子だから、という理由でこのお屋敷に置いて貰っているだけの男である。


 兄妹の仲は、とてもいい。

 お互いを心から想い合っているのは、すぐにわかった。


「なにを、そんな熱心に鍛錬しているの?」


 思わず、声をかけていた。

 アランはわたしの方を振り返り、「大丈夫か」と問いかけてきた。


「どういう意味?」

「だいぶ無理をしていただろう。ひと晩で身体の疲れはとれたか?」

「無理なんてしてないわ。なんでそう思ったの」

「これまでずっと、妹を守ってきたんだろう」


 ああ、と納得した。

 自分が彼に声をかけた理由である。


 彼もまた、そうなのだ。

 己の身に変えても、絶対に妹を守ってみせると、そう信じて行動してきた者。


 思えばわたしたちが出会ったときも、彼は妹を抱きかかえていた。

 妹は彼の腕のなかで、安心して魔法の技を振るっていた。


 わたしだって、そうだ。

 ムリムラーチャの才能はよく理解していたし、彼女が安心して腕を振るえる状況をつくるのが自分の役割だと知っていた。


 ムリムラーチャを盛り立てるには、看板が必要だった。

 この王国で活躍するアリスという存在を上書きするような、おおきな看板が。


 それがきっと、我が妹のためになる。

 わたしはそう、強く信じていた。


「ひとつだけ、忠告する。妹のためだからって、絶対に死ぬな」

「はあ?」

「おまえが死んだら、おまえの妹はきっと暴走する。ひょっとしたら、人を憎んで魔族の手下になるかもしれない」

「なにを、みてきたようなことを――」


 わたしは彼のまっすぐな目をみて、言葉を失った。

 嘘や冗談をいっている目ではなかった。


 己の言葉に確信を抱いている者の、信念に満ちた目をしていた。

 この人はいったい……。


「おまえの妹が頑張るとしたら、それはおまえのためなんだ」

「あなたは、なんなの?」

「妹のことが大事なだけの、ただの騎士見習いだよ」


 へんな奴だと思った。


        ※※※


 わたしたちの里を、わたしたちの国を襲った魔族は、王家狩りクラウンハンターと呼ばれているらしい。

 奴ひとりで、里は実質的に消滅した。


 わたしとムリムが奴の手から逃げられたのは、単に幸運が重なったからだ。

 里長の末期の言葉が、わたしたちを縛った。


「おまえたちに一族を託す」


 なにが一族だ。


 幼いころから薬で条件づけされて、魔法の腕を磨かされた。


 訓練についていけなかった子どもたちは次々と消えて・・・いった。

 ほかの里にいった、と聞かされたが、それが嘘だと子ども心にも薄々気づいていた。


 百人以上いたひとつ上の世代で、無事に訓練を終えられたのは十人ほど。

 そのあと、国に命じられた過酷な任務で、たちまち半分にすり減った・・・・・


 わたしとムリムの世代も、もうすぐ訓練が終わるという段階で、やはり同じくらいに減っていた。

 もうすぐ実戦投入、というところで――里は、王家狩りクラウンハンターによって壊滅したのである。


 魔王軍に追われるように里を、国を逃げ出してしばらく。

 わたしは、あの環境がおかしかったことを理解した。


 魔王軍に感謝すらしていた。

 あの異常な環境から、わたしとムリムを解き放ってくれたのだから。


 でも同時に、ただの難民に、流浪の民になることの辛さも充分に理解させられた。

 人が生きるには寄る辺が必要だ。


 わたしはともかく、ムリムには才能があった。

 才能を生かせる場所のあてもあった。


 わたしの身を犠牲にしてでも、ムリムには幸せになって欲しい。


 なのに。

 決闘の最中、アリスを相手に、ムリムはいう。


「わたしには、姉さんさえいればいい」


 そうじゃない、といいたかった。

 わたしのことなんか気にせず、あの光り輝く舞台に立つべきだと。


「姉さんが願うなら、わたしは勝つから」


 そうじゃない、と叫びたかった。

 あなたはあなたのために生きて欲しいと、そう告げたかった。


 わたしのことなんて、ただの捨て石にしていいのだと――。

 そのとき、脳裏をよぎったのは、あの日の朝の、あの男の言葉だ。


「おまえの妹が頑張るとしたら、それはおまえのためなんだ」


 ああ、わたしはいままで、ムリムのどこをみていたのだろう。

 あのアランという男は、どうして会ってすぐのムリムの本心を見抜けたのだろう。


 覚えたのは、あの男に対する強い嫉妬だった。

 同時に、そんな自分に失望した。


 王家狩りクラウンハンターとの戦いのなか。

 観客席のわたしたちが狙われたとき、妹は即座にわたしのもとへ駆けつけようとして、背後から王家狩りクラウンハンターの攻撃を受けて傷ついた。


 姉さえいればいい、というムリムの言葉は、どこまでも彼女の本心なのだった。


 自分をかばおうとして、妹が傷つく光景をみたそのとき、先日のアランの言葉の意味が理解できた。

 彼はどこまでも正しかったのだ。


        ※※※


 ムルフィがアリスを信じて、敵を牽制している。

 そのアリスが、皆に呼びかけている。


「お兄ちゃんお姉ちゃん、アリスに力を貸して!」


 呼びかけに呼応して、王国放送ヴィジョン端末の向こう側から無数の螺旋詠唱スパイラルチャントが集まってくる。


 彼女がムルフィにかけた言葉は真実だった。

 わたしたちはふたりで戦っているわけではない。


 アリスがいる。

 シェルがいる。

 リアリアリアがいる。


 そして王国放送ヴィジョン端末の向こう側から、多くの人々が助けてくれる。

 この国が魔族の襲撃を受けてもさして動揺せず対処できている理由が、いま、わかった。


 ここには、人々の想いを集めて戦うシステムがある。

 そして、システムの中心にいるのが――。


        ※※※


 アリスの杭打ち機パイルバンカーが、王家狩りクラウンハンターを貫く。

 青い肌の魔族、里の皆の仇は地面に落下した。


 ぴくりとも動かないその姿を、わたしは観客席から眺める。

 ムルフィが、トドメを刺すべく、王家狩りクラウンハンターのそばに着地した。


 里長の遺言の半分は、これで終わる。

 残り半分、一族を再興することについては……ずっと先の、気が長い話だ。


 そもそも、わたしたちはあんな里を蘇らせるべきなのだろうか。

 洗脳が解けたいまとなっては、そう思う。


 そのためにこれ以上ムリムが傷つくなら、なおさらだった。


 王家狩りクラウンハンターはぴくりとも動かないが……。


「気をつけて」


 リアリアリア様が鋭い声で告げる。


「あの魔族、魔力を集めています」

「ムルフィっ!」


 わたしは即座に、妹へ魔力を送る。

 ムルフィが剣を逆手に握り、刃に魔力を流し、王家狩りクラウンハンターの首を掻き切った。


 青い血しぶきと共に、その頭部が宙を舞う。


 と――そのとき。

 王家狩りクラウンハンターの三つの目がカッと見開き、頭部だけの状態で高笑いを始めた。


「どのみち、貴様らは終わりだ。われを討ちとったところで、我ら真種トゥルースの軍勢はとめられん! 苦しめ、苦しめ、苦しんで死ね! それがわれの慈悲の手を振り払った報いである!」


 高笑いが消える。

 王家狩りクラウンハンターの頭部は青白い炎に包まれ、空中で燃え尽きた。


 それをみあげていた愛する妹が、わたしの方を向く。


「終わったよ」

「ええ」


 わたしはうなずいた。


「あなたが無事なことが、いちばん嬉しい」

「ん。姉さんが無事なことが、いちばん嬉しい」


 互いに微笑みあう。

 わたしの頬を、涙の雫が伝い落ちた。


        ※※※


 その後。

 アリスが大怪我をしてシェルに抱えられ退場していたため、わたしとムルフィだけで観客や王国放送ヴィジョンの向こう側の人々に挨拶をした。


 コメントでは、アリスを心配している声が多かった。

 リアリアリア様が「彼女の無事は保障します。手も、あの程度なら簡単に再生できますから」といっていたことを伝えると、彼らは皆、たいへんに喜んだ。


 アリスはこの国の人々に愛されているのだな、と肌身で理解した。

 その愛もまた、人類が魔王軍に対抗するための武器なのだろう。


 わたしとムリムにも、できるだろうか。


 アリスのように、彼らに愛されることが。

 彼らと共に、魔王軍と戦うことが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る