第24話


 ヴェルン王国が把握している限りで、王家狩りクラウンハンターの目撃証言があった国の数は十一。

 そのすべてで、王家狩りクラウンハンターは王かそれに準じる者を殺害している。


 その手法は簡単だ。

 単独で王宮に突撃し、向かってくる者を片っ端から血祭りにあげるのである。


 なによりの特徴は、その防御能力だ。


 その身に刃は通らず、高位の魔法も通じない。

 どんな屈強の戦士も凄腕の魔術師も、王家狩りクラウンハンターの前には赤子も同然であった。


 保有する魔力量が桁外れなのだろう、と推測されている。

 その魔力によって、常に己の周囲に防護膜を展開しているのだろうと。


 故にこその、相手の魔力を暴発させる魔法である誘爆の魔法インドゥークションだ。

 螺旋詠唱スパイラルチャントにより膨大な魔力が込められた誘爆の魔法インドゥークションならば、王家狩りクラウンハンターに一矢報いることができるのではないか。


 ディラーチャとムリムラーチャはそう提案した。

 リアリアリアとの検討の末、作戦は了承された。


 アリスが囮となって、ムルフィが誘爆の魔法インドゥークションを撃ち込む。

 それで相手を倒せればよし、負傷させることができたなら、そのまま一気に押し込む。


 正直、あそこまで策を巡らせて四本ある腕の一本だけしか奪えなかった、というのはいささか分の悪い取引だったが……。


 あとはもう、残りの手札で勝負するしかない。

 幸いにして、このヴェルン王国には、他国にはない武器がある。


 王国放送ヴィジョンシステム。

 そして螺旋詠唱スパイラルチャント


 すなわち、アリスおれムルフィムリムラーチャだ。


「下等種どもが! 下等種どもが! 下等種どもめが!!」


 空中で躍起になって魔力弾を連射してくる王家狩りクラウンハンター


 その魔力弾を翼をはためかせて回避、弧を描いて接近するアリスおれ

 そして盾の魔法フォースシールドを展開して直撃ルートの魔力弾を弾きながら、重力も慣性も無視してジグザグに飛ぶムルフィ。


 先に王家狩りクラウンハンターを捉えたのは、風に乗って加速したおれだった。


「アリス・ジャスティス・クラーッシュ!」


 槍を構えて矢のように突進し、すれ違いざまに刺突をお見舞いする。


 王家狩りクラウンハンターは残り三本ある腕の一本を伸ばし、掌の周囲に防護膜を張って、おれの槍を受け止める。

 突進の衝撃で弾かれたのは、おれの方だった。


 アリスおれの身体がくるくると宙を舞う。

 王家狩りクラウンハンターが魔力弾でアリスおれを追撃しようとするが……。


「させない」


 ムルフィが螺旋詠唱スパイラルチャント魔弾の魔法マジックミサイルを行使する。

 先ほどアリスと決闘していたときの十倍、百発以上の光弾が同時に放たれ、王家狩りクラウンハンターの魔力弾にぶつかった。


 連鎖的に爆発が起こる。

 おれはこの隙に体勢を整え、かろうじて敵の間合いから離脱した。


 ううむ、硬いな……。

 やっぱり、最初の誘爆の魔法インドゥークションで仕留めておきたかった。


 なにせこいつ、主人公たちが一度は負けるほどの相手である。

 マリシャス・ペインより格上、それどころか六魔衆という魔王軍最高幹部の魔族なのだ。


 なにかギミックがあって、そのギミックを攻略すれば倒せる系の敵ならよかったのだが……。

 ゲームだと勇者のイヤボーン頼りなんだよなあ。



:はえー、ムルフィちゃんすっごい

:決闘の時の比じゃないな……

:おれたちの螺旋詠唱スパチャの威力がよくわかった

:アリスちゃんは後輩に助けられて恥ずかしくないの?



「コメントうるさーい! これは役割分担ってやつ!」



:でも突撃があっさり受け止められた以上、実質負けでは?



「はーっ? アリスは負けてないが?」


 ちなみに煽ってきているのは王族のひとりだ。

 あんにゃろー、あとで覚えてやがれ!


 いや、王族に暴言吐くなんてことおれにはできませんが。


 と――急に下の方が騒がしくなる。

 さっきまで冷静に避難指示に従っていた観客たちの間で騒ぎが起こっているようだった。


 おいおい、ここにきてパニックが起こっているのか……?

 と思ったら。



:観客を扇動してる奴らがいるな

:え、どういうこと?

:たぶん、魔王軍のスパイが暴れてるんだろ

:近衛騎士団が魔族と戦ってるっぽい

:どさくさに紛れて逃げようってわけ?



 ああ、そういうことか。

 そもそも王家狩りクラウンハンターがおれたちの弱点を把握して、それを的確に攻撃してきたことからも、スパイが入り込んでいるのは明らかだったわけで。


 そりゃスパイが観客に紛れ込んでいる、と近衛騎士団も考えるよ。

 そいつらが動き出した、となると……。


「こっちは大丈夫だよ、お姉ちゃん。リアリアリア様とテルファちゃんが、怪しい動きをした人を片っ端から操ってくれてる」


 シェルがそう教えてくれるが……。

 禁術を人に使うなって、それブリーフィングで王子からいわれてたよね!?


 緊急事態だから仕方ないけどさあ!!

 つーかリアリアリア様まで公然と禁術を使ってるの!?


「おーっほっほっほ、結果的に一部は魔族だったからOKですわ!」


 一部、じゃねえか!

 ああもう、聞こえないフリをしよう!



:リアリアリア様とテルファちゃんにはあとで偉い人からお話があります



 あ、コメントで静かに切れてる人がいる。

 っていうかマエリエル王女だ。


 おれしーらないっと。

 ともかく、いまはなんとしても勝たないと、説教されることもできないのはたしかである。


 テルファは周囲に禁術をばらまきながらも、ムルフィとの魔力リンクに関してもきっちりやってくれているようだ。

 ムルフィは魔弾の魔法マジックミサイル風刃の魔法エアカッター雷撃の魔法ライトニングボルトと魔法を連打して王家狩りクラウンハンターを牽制している。


 とはいえムルフィが大量の魔力を込めた魔法も、王家狩りクラウンハンターにとっては少々鬱陶しい、くらいで……。


 ろくに効いている様子がなかった。

 やっぱりこいつを倒すには、こいつの魔力膜を貫けるだけの一点突破のなにかがないと厳しいか。


 手があるか、ないか、でいえば、ある。

 そのための準備も、だいたい整っていた。



:王宮の方から飛んでくるから、よろしく



 コメントのIDはディアスアレス王子だ。

 仕込みが終わったらしい。


 おれは貴族区と商区の間にある闘技場の上空から、王宮の方を仰ぎ見る。

 なにかが、きらりと光った。


 次の瞬間には猛スピードで飛来するそれを、おれは両腕で抱きかかえるようにキャッチする。

 衝撃で吹き飛ばされて、おれの軽い身体はくるくると回転した。


 うぷっ、気持ちが悪い……。

 で、改めて腕のなかのそれを確認する。



:アリスちゃん、なにそれ

:え、秘密兵器かなにか?

:杭?

:武器、なのかな?



 はい、武器です。

 特別製の杭打ち機パイルバンカーだ。


 それも螺旋詠唱スパイラルチャントの魔力を込められる特別製である。

 アリスおれ杭打ち機パイルバンカーを高々と掲げてみせた。


 名づけて……。


「アリス・マジカル・パイルバンカー!」



:だっさ

:センスがない

:もっと感性を磨け

:どこに出しても恥ずかしい

:ヴェルン王国の恥



 うっせーっ!

 おまえら、いまはネーミングを気にしてる場合じゃないだろ!


「アリス」


 ムルフィの声が耳もとで聞こえた。

 よくシェルが使う風の魔法で、おれだけに聞こえる声である。


 彼女もこれ、使えるのか。


「それ、あいつを貫けるやつ?」

「うん! 牽制、お願いできる?」

「ん! あいつの始末は、任せた!」


 よし、任された!


「とにかく!」


 おれは、王国放送ヴィジョン端末の向こうの人々に呼びかける。


「お兄ちゃんお姉ちゃん、アリスに力を貸して!」



:おうさ

:もってけ!

:なにするかわからないけどおれの魔力を使ってくれ!

:やってくれ

:我が王の仇です、お願いします

:うちの国もあいつにやられたんだ、頼む



 次々とアリスおれに魔力が集まってくる。

 それはおれの身体を通して、杭打ち機パイルバンカーに流れ込む。


 トリアの戦いでは、おれ自身が一度に魔力を使いすぎたことが問題だった。

 ならば外部機器を接続し、魔力の消費はそっちに賄って貰えばいい、と考えたのがディアスアレス王子である。


 あのひと、やっぱ優秀なんだよな。

 原因を分析して、即座に対策を打ち出してくれる。


 今回、数多いる研究魔術師き○がいのひとりが開発していたこの杭打ち機パイルバンカーに白羽の矢が立った。

 即席の改造を施して、まあ短時間なら使えるだろう、とのことである。


 耐久性? なにそれおいしいの?

 信頼性? それって何語?


 そんな代物だが、背に腹はかえられない。


 アリス・マジカル・パイルバンカーの先端が虹色の輝きを放った。


 夜なら目立つだろうが、いまは真昼で、ムルフィが目くらましとしてバカスカ魔法を放っている。

 王家狩りクラウンハンターは派手な動きをするムルフィに気をとられていた。


 まあ、あいつはムルフィの禁術によって腕を一本、失っているからな。

 いまのところなんの役にも立っていないアリスよりも、彼女の方を優先するのは当然だろう。


 だからこそ、アリスおれはここまで、なるべく目立たないよう、しかし存在感が消えすぎないよう立ちまわってきた。

 口で挑発するだけの小娘、と思われているくらいでちょうどよかった。


 さて、それじゃ。

 おれは高度をとって、王家狩りクラウンハンターより上に出る。


「反撃、始めようか!」


 太陽を背にして落下する。

 王家狩りクラウンハンターが顔をあげ、アリスの方を向いた。


「脆弱な幼体ごときが!」

「そのよわよわな幼体から逃げたりしないよね?」


 相手も、杭打ち機パイルバンカーの先端に魔力が集まっているのはわかっているはずだ。

 逃げようと思えば、逃げられるだろう。


 だからこそ、挑発レスバでそれを封じる。

 誘爆の魔法インドゥークションのような仕込みからの不意打ちとは違う、正面からの力押しだと判断できるだけの材料は揃っていた。


 王家狩りクラウンハンターは己の防御能力に自信がある魔族だ。

 そのプライドをくすぐる。


 はたして、王家狩りクラウンハンターはアリスの方に向き直ると、残る三本の手を前に突き出した。

 三つの掌に魔力が集まり、三つの黒い渦をつくる。


「ならばこい、幼体! 受け止めてやろう!」

「あははっ、それじゃ――っ」


 おれは落下の勢いを乗せて、アリス・マジカル・パイルバンカーを突き出し、身体ごと王家狩りクラウンハンターにぶつかっていく。

 王家狩りクラウンハンターはそれを全力で受け止めようとする。


「インパクト!」


 衝突の瞬間、おれは魔力をこめた杭を打ち出す。

 膨大な魔力が一瞬で解放される。


 白い光が視界を覆い尽くし――。

 杭打ち機パイルバンカーが、王家狩りクラウンハンターの三つの腕をすべて吹き飛ばし、その腹を貫通する。



:いった!

:よっしゃあ!

:胸に穴が開いたか

:これは……勝ったな?



 おいフラグやめろ。

 いや、さすがにもう動けないようだけど。



「馬鹿……なっ」

「馬鹿っていう方が馬鹿なんだよっ。ばーかばーか」



:喧嘩するところ、そこじゃないだろ

:どこに出しても恥ずかしい口喧嘩

:これ国中の人がみてるんだぜ



「あり……えんっ、このような……」



 王家狩りクラウンハンターの身体から力が抜けていく。

 飛行していた魔法が切れたのか、その身が落下していく。


 おれは、それを追おうとして……。

 右手に握った杭打ち機パイルバンカーが、ぼんっ、と爆発する。


 突然の右手からの激痛に顔をしかめた。

 同時に、がくり、と身体から力が抜ける。



:アリスちゃん、待って、腕が……

:うわっ、右手がちぎれてる

:おい、はやく治療の魔法ヒール

治療魔術師メディック! 治療魔術師メディック! はやくしろ!!



 え?

 あ……しまった、杭打ち機パイルバンカーに魔力を注ぎ込みすぎて、爆発したのか。


 うわあ、ちぎれた手、グロいな……。

 慌てて飛んでくるシェルの姿を確認して、おれは意識を落とした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る