第23.5話


 ムリムラーチャ。

 わたしの名前だ。


 年は十五歳。


 姉はディラーチャ。

 わたしのふたつ上で、十七歳。


 わたしたちはミドーラという国の、とある里に生まれた。

 ミドーラの闇子、と呼ばれる諜報・暗殺を専門とする組織の者たちの隠れ里だ。


 物心つく前から、いろいろな訓練をさせられていた。

 そのひとつに、姉との魔力リンクもあった。


 特殊な魔法を使うためにふたり分の魔力が必要だから、ということらしい。

 後に、その魔法は禁術であると知った。


 禁術を使って人の心を操り、情報を集めたり暗殺したり。

 そのための訓練が、わたしと姉の日常だった。


 その里の内側しか知らなかったわたしたちは、毎日、過酷な訓練をすることになんの疑念も抱いていなかった。

 訓練も間もなく終了するというあの日、里を魔族が襲い、結果的に里の外へ旅立つことがなければ。


 ひとつ、思い出がある。

 そこがミドーラの闇子の隠れ里だと知らずに里を訪れた旅芸人の一座が、演劇を披露してくれたのだ。


 魔王を倒す勇者の物語だった。

 五百年前の実話を基にしているというが、どこまで本当かわかったものじゃない。


 勇者は神さまから与えられた光に包まれて、戦場に現れた。

 勇者から光を与えられた仲間たちが、魔族や魔物を駆逐していった。


 劇のなかで、即席の舞台の上に勇者が立つと、その身が光り輝いた。

 皆がその勇者を褒めたたえた。


 わたしも、そんな勇者の姿に憧れた。

 いつか、あんな光に包まれたいと、姉にそういった気がする。


 ちなみに旅芸人の一座は、里の外に出たところで全員、里の者たちによって殺されたという。


        ※※※


 およそ三年近く、魔王軍の侵攻から逃げるように、東へ旅をした。

 旅を続けるにはお金が必要で、当時、子どもだったわたしたちにはどうすればそれを手に入れられるかもわからなかった。


「ムリム、あなたには才能がある。お姉ちゃんに任せて。必ず、あなたを光輝く舞台に送ってあげるから」


 姉はそういって、どこからかお金を持ってきた。

 どうやってお金を手に入れたのか聞いても、はぐらかされた。


 当時のわたしは、自分の力でお金を稼ぐ機転も、姉を説得する言葉も持たなかった。

 どのみち、わたしたちには世間の常識というものが欠けていた。


 だから、偶然リアリアリア様の弟子であるシェリーという少女にこてんぱんにされ、リアリアリア様の屋敷に連れていかれたのは、きっと存外の幸運であったのだろう。


        ※※※


 あの日の夜、ひとりきりでリアリアリア様の屋敷の廊下を歩いていたわたしは、シェリーの兄であるアランをみつけた。

 彼はわたしをみると、少しびっくりしたような顔をしてから、ほっと安堵したように息を吐いた。


「なんであのとき、わざわざ禁術を使ったんだ? おまえの実力なら、ほかにいくらでも方法があっただろう」

「姉さんを、汚い手で触ろうとしたから」


 わたしはそう返事をした。

 実際のところ、姉さんに対してもっと下品な言葉を投げつけていたのだけれど。


 わたしはあんまり発育がよくないし、姉さんにいわれて小汚い格好をしていたから、彼らの目にはそういう対象として映らなかったのだろう。


 いつだって、姉さんは、わたしをかばって前に立つ。

 わたしはそれが悔しかった。


 その悔しさを、あの男たちにぶつけたのかもしれない。

 でも目の前のアランという男にそこまで打ち明ける気はなかった。


 なのに、アランは悲しそうな顔をする。


「大切な人を守れないのは、辛いよな」


 わたしはぽかんとして、アランをみつめた。

 なんでこのひとは、まるでわたしの心を読んだかのような言葉を口にするのだろう。


「大丈夫だ。これからは、おまえが姉を守ることになる。そのための力は、この国が与えてくれる。だから、無茶だけはしてくれるなよ」


 その言葉の意味がわかるには、もう少しだけ時間が必要だった。

 そう、大闘技場で、里を襲ったあの魔族と再会するまで。


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