第20話


 しばしののち。

 おれとシェリーはリアリアリアの屋敷の一室で、リアリアリアの前にいた。


 おれの後ろにさきほどの姉妹が立っている。

 上等なソファーに腰かけたリアリアリアが、その姉妹をちらりとみていった。


「アラン、実験用の浮浪児を持ってきてくれたのですね、ありがとうございます」


 大魔術師が邪悪な笑みを浮かべる。

 姉妹は互いに抱き合ってぶるぶる震えた。


「ひ、ひぃぃぃっ、やっぱりわたしたち、騙されたんだっ」

「師匠、冗談にしてもタチが悪いよ……」


 シェリーが突っ込みを入れる。

 彼女はリアリアリアの対面のソファーに腰を下ろしていた。


 リアリアリアの一番弟子であるシェリーは、屋敷でも師に次いで、二番目に偉いのだ。

 ちなみにおれはシェリーのおまけ、程度の扱いである。


 所詮、非才の騎士見習いだからね。

 仕方がないね。


「すみません、少し遊びました」


 そういって、今度は優しい笑みを浮かべて姉妹の方をみる。


「懐かしいですね。この二百年ほどで絶えた血筋と思っていました」

「師匠、この人たちのこと、知っているんですか?」

「ミドーラの闇子。まさか、未だに続いていたとは、末裔が生きていたとは思いもしませんでしたよ」


 ミドーラの闇子?

 あれ、なんかこう、どこかで聞いたことがある気がする……。


 あ、まさか。

 おれは姉妹のうち、妹の方をじっとみつめる。


 十五歳くらい。

 少しぼーっとした顔つきで、リアリアリアの方を向いている。


 たぶん、原作に出てきた人物だ。

 おれの知る立ち絵の面影はほとんどないけれど、たぶん間違いない。


 おれはリアリアリアにちらりと視線を送る。

 彼女は、心得た、とばかりにこちらも目線だけで応えた。


 いまはシェリーがいるし、この姉妹にも聞かせたくない話だ。

 詳しいことは後にしようと、阿吽の呼吸でうなずきあう。


「わたしはリアリアリア。あなたがたの名前を教えてくださいますか」


 姉妹が、その名にはっとなる。


「あの、もしかして。螺旋詠唱スパイラルチャントをつくった大魔術師のリアリアリア様、ですか」


 姉の方が、おそるおそる訊ねた。


「そのリアリアリアですよ。あなたの一族の伝承に残っていますか」

「は、はい! 十代前に三つの禁術を教えていただいたこと、我が一族はけっして忘れておりません!」


 なにやってんだこのババァ。

 禁術は使うのも教えるのも駄目、って話だろ!


「いえ、いいのです。わたしはただ、あれがあなたがたの研究の、そしてこの世界の人類の礎になればと思っただけのこと。多くの種を蒔きました。長い時が過ぎました。そのひとつがいま、こうしてわたしの目の前で花開いたことをみている。とても喜ばしいことです」


 だからなにいってんだ、このババァ……。

 いまいってることがたしかなら、この人、何百年にもわたって、大陸のあちこちで禁術を教えていたってこと?


「ですが、リアリアリア様。一族も、もはや若いわたしたちふたりだけとなり、頼る先もなく……」

「ミドーラの闇子。隠れ里で己を高め続けた、ミドーラの暗部を担う一族、その末裔。魔王軍によってミドーラが滅び、彼らの技もまた潰えたと思っていましたが、その一部でも生き残ったこと、とても嬉しく思います。どうか、このわたしを頼ってください。これからは、この屋敷を自分の家と思ってくださって結構ですよ」


 あ、住まわせるんだ。

 つーか話が早いな。


 いや、これリアリアリアが先まわりして、姉妹の外堀を埋めてるんだ。

 こんな禁術持ちの姉妹を外に出しても、ロクなことにならない。


 さっきの会話がたしかなら、下手にとっつかまって尋問されて、誰が彼女たちに禁術を教えたのかバレたら彼女の立場も危うくなるしな……。


 つーかなんどでも叫びたいけど、マジでなにしてるんだよ、このババァ!

 師匠が禁術関係でお縄になったら、一番弟子のシェリーの身も危うくなるだろ! いい加減にしろ!


 というおれの内心の叫びが顔に出ていたのかどうか、リアリアリアはこちらを向いて、ひとつうなずいてみせる。


「そう怒らないでください、アラン」

「怒ってませんよ?」

「どうせ我々は一蓮托生なのですから」

「うわっ、開き直った」


 わかっていたけど、欠片も悪いと思ってないなコイツ。


「禁術といっても、それは人と人が争うに際して聖教が不要と判断しただけのもの。いずれ来る魔王軍に対しては有効でありましょう。その灯を絶やしてはいけないと、わたしは常々、各国に対して主張していたのですよ」

「主張だけじゃなくて実行もしていた、ってことですよね」

「有言実行は魔術師としての使命です」


 それが本当なら、魔術師、倫理観が欠片もない。

 いや、この世界、もともと倫理なんてもの未発達なんだけども。


王国放送ヴィジョンシステム関係で敵も多いんですから、露骨な隙を晒すのはやめた方がよくないですか」

「ですからこの姉妹はとり込もう、という話をしているのですよ?」

「ほかにもどこに禁術をバラまいたか、って聞いてるんです!」


 リアリアリアは口を手で隠し、ほほほ、と笑った。

 露骨にごまかすな!


「あ、あの」


 おれとリアリアリアが和やかな会話をしていると、姉妹の姉の方が遠慮がちに手を挙げた。


「お願いがあるのです、リアリアリア様。あ、わたしディラーチャといいます。こっちが妹のムリムラーチャ」


 うん、その名前は知ってる。

 だけどおれはそんなことおくびにも出さず、リアリアリアと共にうなずいてみせる。


「お願い、とは? 話してください、ディラーチャ、ムリムラーチャ」

「わたしたちは、ここが王国放送ヴィジョンシステムの中心地だと聞き、はるばる旅をしてきました。リアリアリア様、あなたが王国放送ヴィジョンシステムの開発者だとお聞きしました。アリスちゃんの活躍をみました。彼女の活躍が王国放送ヴィジョンシステムによるものだと知りました」


 姉妹は、リアリアリアに対して深々と頭を下げた。


「どうか、わたしたち姉妹を使ってください。魔力リンクの訓練は幼い頃から重ねてきました」


 あ、こっちからいい出そうと思っていたことを、先にあちらにいわれてしまった。


 彼女たちの魔力は、普通の騎士レベルのおれより数段上だ。

 加えて、魔力リンクにも慣れている。


 そのうえ、魔王軍のせいで国を失い、一族を失った。

 アリス&シェルにとって、理想的なパートナーになりうる人材であった。


 彼女たちなら、きっと……。


「わたしたちなら、螺旋詠唱スパイラルチャントをアリスちゃんよりも上手く扱えます。アリスちゃんなんかよりも活躍してみせますから!」


 おっ、いきなりアリスに宣戦布告か。

 こいつは活きがいいな?


        ※※※


 姉妹の面倒をシェリーに預け、追い出す。

 薄汚れていた彼女たちを風呂に漬け、ついでに食事も与えるようリアリアリアは命じたから、しばらくはそれにかかりきりだろう。


 おれはリアリアリアとふたりになった。


「あの姉妹のうち、妹の方が、ゲームに出てくるキャラです」

「あなたの反応から薄々察してはいましたが、やはりそうでしたか」

「おれの頭のなかを覗いたんじゃないですか」

「覗かなくても、それくらいはわかりますよ。あなたは自分が思うより顔に出やすいのですよ?」


 それは前もいわれたな。


「このクソババァ、と思っていることもちゃんとわかっています」

「本当に頭のなかを覗いてませんよね!?」

「いまのはカマをかけました」


 リアリアリアはにこにこしている。

 本能的な恐怖を覚えて、おれは即座に土下座した。


「まあ、構いませんよ。わたしがお婆ちゃんなのは事実ですし、いつか蘇る魔王軍への対策のために手段を選んではいられませんでしたからね。それで、妹の方は、ですか……たしかムリムラーチャ、と」

「はい。当然、おれが知っているのは五年後の彼女なわけですが……」


 ゲームに登場したのは、二十歳の状態で、だ。

 しかも、おれが即座に気づかなかったのも無理はないと思うほど、変貌した姿であった。


「暴走した人々に姉を殺され、自身も拷問でひどい傷を負い、人類に絶望した復讐者として、主人公たちの敵として立ちふさがるのが彼女です。人類でありながら魔王軍の手先となって、ミドーラの闇子と呼ばれる魔術師、精神を操る魔法をいくつも使い、人々を陥れては愉悦するキャラでした。たくさんの人を破滅させた挙句、ついには魔王軍に切り捨てられ、囮にされて殺されるという救いようのない最期を迎えます」

「なるほど、あの子が……」


 さきほどもほとんど姉の方がしゃべっていたから、妹の方の印象は薄い。

 無口なのか、怯えていたのか、それとも理由があってしゃべらないのか。


 ゲームでの状況から逆算すると、おれとシェリーが介入しなければ、彼女たちはあのあと、ひどい目に遭っていたことだろう。

 そして、姉を失った妹は……。


 いずれにしても、その未来はひとまず消えた。

 姉妹には固い絆がある。


 その絆が故、魔力リンクを可能としているのだ。


 リアリアリアは腕組みして考え込む。

 あの姉妹がおれやシェリーと、そして彼女と出会わなかった場合、どうなっていたか考えているのだろうか。


 禁術の使い手で、それを隠しもせず行使してたからなあ。

 そりゃ姉が暴徒に殺されるのもわかるというか……。


「その子のエッチシーンはあったのですか」

「そこ、わざわざ聞く必要あります?」

「知的好奇心です」


 あのさあ。

 いや、あったけど。


「彼女の名誉のために黙秘していいですか」

「あ、じゃあ魔法で心を読みますね」

「だから呼吸するように禁術使うのやめろよ!」


 ああっ、またおれの心が汚される……。

 しくしくしく……。


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