第21話


 難民の姉妹を保護・・してから数日後の昼過ぎ。

 王都の大闘技場に、おれはアリスの姿で立っていた。


 観客席は満員で、通路には立ち見の客もたくさんいる。

 ここ、最大収容人数が三万とかあるはずなんだけどなあ。


 告知からたいした時間もなかったはずなのに、まったくもって王都の住民は暇すぎる。


 アリスおれと対峙しているのは、先日の姉妹の妹、ムリムラーチャだ。

 ただし、彼女もおれ同様、自己変化の魔法セルフポリモーフによって別の姿に変わっていた。


 いまのムリムラーチャは、青い髪に紅の双眸の少女だった。


 背丈はアリスより少し高く、十三、四歳にみえる。

 姉のディラーチャの面影があるのは、きっと自己変化の魔法セルフポリモーフの際、姉を参考にしたからだろう。


「さあ、ついにこのときが来ました! 新たな特殊遊撃隊員となった少女ムルフィが、先輩のアリスに挑戦状を叩きつけた! 果たして真のアイドルはアリスか? それともムルフィか? いま、王都の次世代アイドルを決める運命の決闘が始まろうとしています!」


 闘技場全体に、各所に設置されたスピーカーを通じてアナウンサーの音声が響き渡る。

 というかこれ、ディアスアレス王子の声だよな。


 あの人、なにやってるんだ……。


「解説のマリエルさん、今回の決闘についてひとこと、お願いします」

「わたくしがみるに、この決闘、ずばりアリスちゃんが不利ですわね」


 あ、この声、マエリエル王女だ。

 この国の王族たち、ほんとさあ。


「ほう、何故でしょうか」

「アリスちゃんの戦い方は、魔族や魔物を倒すことに特化しておりますわ。ましてや同じくらいの背丈の女の子を相手に戦った経験などあるはずもなく……」

「たしかに! しかも今回のレギュレーション、螺旋詠唱スパイラルチャントによるバックアップもありませんからね!」

「シェルちゃんから魔力リンクによる援護はありますが、アリスちゃんはもともとの魔力量なら普通の騎士程度です。対してお相手のムルフィちゃんは魔力量を計測してみたところ、デフォルトで通常の騎士の十倍。それにパートナーであるテルファちゃんの魔力リンクが入ってさらに倍ですわ」


 おいおいおいおい、解説でアリスおれの弱点をバラすのかよ!

 魔王軍のスパイが聞いているかもしれないんだぞ。


 そのあたりは魔王軍と戦っているうちにバレるだろうと想定しているところだけどさ。


 でも相手に分析の手間をかけさせるのと自分たちからバラしていくのは違うんじゃないかな、王族のお兄ちゃんお姉ちゃん?

 アリスぷんぷん怒っちゃうよ?


 いや待て、これも作戦のひとつなのか?

 アリスのこの弱点、実際に魔王軍と戦うときはほとんど意味ないし。


 むしろ、この弱点が公表されることで……。


 ああ、そうか、他国がアリスを警戒しているって以前いってたもんな。

 この弱点をさっさと公表することで、他国からのアリスに対する警戒を少しでも和らげようって算段か。


 この大々的な決闘でアリスが負けても、彼女が絶対の存在じゃないという証明になる。

 一方で新戦力としてのムルフィをアピールできる。


 もちろん下馬評通りにアリスが勝っても、失うものはなにもない。


 どっちに転んでもおいしい、と。

 やっぱ頭がいいな、あのひとたち。


 利用されるこちらとしては、ちょっと腹が立つけど。

 そもそも、なんで公開決闘なんてアホなこと……。


「おーっほっほっほ、衆人環視のこの場でアリスちゃんを叩きのめして、わたくしのムルフィちゃんの実力を大陸中に知らしめてやりますわーっ」


 ムルフィの後ろに立つ、燃えるように赤い髪の少女が高笑いする。

 姉妹の姉の方であるディラーチャが変身した、テルファだ。


 ムルフィとは逆に、目は青い。

 姉妹なんだから同じにしないの? と思ったけど、最初から自己変化の魔法セルフポリモーフで変身していることをアピールするならまあいいか。


 どうでもいいけど、その追放系令嬢っぽいアホなしゃべりかた、なんなんですかね。

 キャラづけが濃い。


 ちなみにアリスの相棒であるシェルは、アリスおれの後ろで深々とフードをかぶって、無言で待機している。

 いちおう変身して、先日と同じ十歳くらいの幼女の姿になっているけど。


「なお、この決闘の様子は王国放送ヴィジョンによって各地の端末でも視聴されております。まさに全国民が見守るなか、はたしてアリスはアイドルチャンピオンの座を防衛できるのか!?」


 なんのチャンピオンなの? 防衛ってなに?

 っていうかさっきはスルーしたけど魔王軍と戦うアイドルとは?


 アリスほんと、お兄ちゃんたちの考えていることがわからないよ……。

 そもそもこの決闘、姉妹の方からふっかけてきたものなんだけど?


 先日の話し合いのあと、リアリアリアは即座に、王族へ話を持っていった。


 ディアスアレス王子の方はノリノリで快諾、闘技場と王国放送ヴィジョンを予約して、告知。

 わずか数日で開催までこぎつけ……こうしていまに至る。


 上司たちが無駄に敏腕で困るな!


 なお現在、螺旋詠唱スパイラルチャントは非稼働なものの王国放送ヴィジョンシステム自体は動いているため、おれの視界の隅ではコメントもだーっと派手に流れている。

 これは姉妹の方でも同じはずだ。


 実際のところ、螺旋詠唱スパイラルチャント関係の魔法を数日で使いこなせるようになってみせたディラーチャ、めちゃくちゃ有能ではあるんだよね。

 シェリーの場合、システム試作段階からとはいえ、習得に二十日くらいかかってるし。


 いきなり「アリスちゃんに代わって王国放送ヴィジョンのエースにさせろ」とかいい出すだけの実力はある。

 アリスおれにとってはアイドルとかエースとかチャンピオンとかどうでもいいし、そもそもおれがアリスをやっているのだって、なりゆきの結果にすぎないんだよなあ。


 正直、喜んで役割を譲りたい。

 おれたちが後方に引っ込んだ方が、シェリーも安全だし。


 姉妹は逆に、魔王軍と積極的に戦いたいみたいだ。

 故郷を滅ぼされたわけだから、気持ちもわかるけどね。


 特にディラーチャは、先日の王族との顔合わせの際、この国を利用して一族の仇をとる、とディアスアレス王子を相手に啖呵を切ってみせた。

 王子は笑って、「頼もしいね」としきりに感心していた。


 しかも加えて「アリスを倒したら、きみたちの意向を優先して反攻作戦を立ててもいい」とまでいってみせる。


 なお、そこまでの覇気を出しているのは姉の方だけである。

 妹の方は変身しても相変わらずのダウナー系で、いまも呆れた様子で目線を斜め上に……あ、これコメント欄みてるな。



:テルファちゃんの高笑い、助かる

:テルファちゃんわからせたい

:わかる、土下座させたい

:おいおい、アリスちゃんこそわからせたいだろ?

:いや、おれはアリスちゃんの前で土下座したいよ

:おれも土下座したい、蔑んだ目で罵って欲しい

:おれはムルフィちゃんに蔑んで欲しい



「この国、なんなの?」


 ムルフィが、ぼそりと呟いた。

 うん、ほんとなんなんだろうな。


「ふっふっふ、ムルフィちゃんもそろそろわかってきたかな、王国放送ヴィジョンシステムで戦うということのたいへんさが。……いやほんとたいへんなんだよね」


 おれは胸を張って、ムルフィに告げる。

 ムルフィがジト目でこちらを見返す。


「こんな方向で、とは……」

「ようやくわかってくれる人がいて、アリスとっても嬉しいな!」



:おいおい、ふたりが呆れてるぞ

:呆れて当然なんだよなあ

:さっきから気持ちの悪いこと書きこんでるの誰なんだよ

:わからん、こっちからだと誰が書きこんでるか不明

:コメントが気持ちが悪いとかいうなよ! どうせならアリスちゃんに気持ち悪いっていわれたいだろ!

:おれはムルフィちゃんに気持ち悪いっていわれたい……

:おまえら本当に気持ち悪いよ、ほんと誰なんだよ……



 教えてやろうか?

 そこのアナウンサーと解説者とか名乗っている王子と王女と、あとその兄弟、つまり王族たちだ。


 ディアスアレス王子に至っては、アナウンスしながら器用にコメント打ち込んでるみたいだ。


 こっちからはコメントのIDが丸みえなんだよなあ。

 ムルフィはまだIDで誰が誰なのかわかっていないようで、戸惑うばかりである。


 いや、誰が打ち込んでいるかわかっていても戸惑うか。

 もちろんおれも戸惑ってるよ!


「さあ、ムルフィちゃん! ファイト、ですわよ!」


 一方、姉のテルファの方は、コメント欄も目に入らないのかハッスルしてムルフィに手を振っている。


「さあ、両者準備は整ったようです。いよいよ決闘開始の鐘が鳴ろうとしている!」


 あ、その気持ち悪いコメントをしていたアナウンサーおうじが、声を張り上げた。

 いよいよか……。


 ちなみにこのヴェルン国をはじめとする大陸のいくつかの国には、貴族同士の決闘が行われる際、わざわざ巨大な鐘を持ってきて、開始の合図をする決闘官という役職がある。


 王家直属の由緒正しい職だ。

 過去、無駄に決闘が多発して貴族がばたばた死んだことから、そのへんを抑制するために生まれた制度らしい。


 今回もその制度に従い、円筒形の青銅製の大鐘が闘技場の一角に据えつけられている。

 大鐘のそばに立つ決闘官が、鋼鉄の棒を振りかぶった。


 おれとムルフィが小杖ワンドを握る。


「両者、小杖ワンドを構える! 決闘の作法として、小杖ワンドに魔力を通すのは鐘が鳴った瞬間からだ! 勝負はどちらかが降参するか、有効打を二本貰うまで! サポーターを狙うのは禁止! さあ……みなさんごいっしょに! 三、二……」


 観客たちが、アナウンサーおうじと共にカウントを叫ぶ。

 ノリがいいなほんとこいつら。


「一! 始め!」


 槌鉾によって、大鐘が打ち鳴らされる。

 決闘開始と共に、おれは小杖ワンドに魔力を流し、槌にする。


 ムルフィの小杖ワンドもほぼ同時に変化する。

 小ぶりな剣だ。


 なるほどね、とりまわしのいいものにしてきたか。

 となると、主力となるのは……。


「魔法だね!」


 おれは身を横に投げる。

 直後、ムルフィの小剣の先端から放たれた無数の雷撃が、アリスおれのいた空間を薙ぎ払った。


 おれの後ろにいたシェルは、すでに宙に浮いていて、射線から外れている。

 ま、これくらいは予期していて当然。


「そうそう、テルファちゃん、ムルフィちゃん」


 アリスおれは横っ飛びからすぐ地面を蹴って、前に飛び出す。

 ムルフィが目でおれの動きを追いながら、下がろうとする。


 距離をとって、射撃戦に持ち込もうとするか。


 アリス・アルティメット・ブラスターは螺旋詠唱スパイラルチャント前提だから、今回は使えない。

 おれが使える魔法は自己変化の魔法セルフポリモーフ肉体増強フィジカルエンチャントだけ。


 それを知っていれば、誰でもそうする。

 わかってるか、候補生の皆?


 とはいえ……。


「下がるのが、遅いよっ」


 シェルから来る魔力を肉体増強フィジカルエンチャントに注ぎ込み、一気に間合いを詰める。

 ムルフィが慌てて剣で打ち払おうとする。


 アリスおれは思い切り身をかがめる。

 低く、低く、もっと低く。


 地面と銀の髪がこすれるくらいに低く。

 それが、小柄な相手と戦うときのコツだ。


 なぜなら、小柄な奴ほど、自分より背が低い相手との戦い方を知らないから。


 頭上をムルフィの剣が通り過ぎる。

 風圧だけで刈り取られた銀の髪が、視界の隅を舞う。


 でも、避けた!


 おれは自分の間合いまで踏み込み、渾身の力で、両手で握った槌を振るう。

 一撃は、みごとにストライク。


 ムルフィの身体が数十メートル吹き飛ばされて、闘技場の壁に突き刺さった。



:は?

:え?

:どゆこと?

:なにが起こった?

:一撃?

:マジか

:ウッソ

:ムルフィちゃん死んだ?



 ガードしてたから、まー、死にはしないでしょ。


「実はアリスの師匠って、アリスと同じくらいの背丈なんだよね」


 師匠の攻撃をかい潜れなくて、なんど棒で頭をぶっ叩かれたことか。


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