第17話


 六人の候補生たちが、膝を抱えてうずくまっている。

 全員、意気消沈していた。


 アリスおれの容赦ない駄目出しを喰らったのだから、無理もない。


 でもなあ……ここは正直に、びしっといっておかないとなあ。

 魔王軍相手の戦場に立ったら、即座に魔物の餌になること確定なのである。


「というか、どうしてアリスと同じ戦い方をしようとしているの?」

「どういうことでしょうか」


 さっき自分の妹をはがいじめにしていたマルクに訊ねると、小首をかしげられてしまった。

 うーん、伝わってないかな。


「アリスは自己変化の魔法セルフポリモーフ肉体増強フィジカルエンチャントのふたつの魔法しか使えない不器用さんだから、こういう戦い方をしているだけなんだよね」

「そう……なんですか?」

「あ、あとアリス・アルティメット・ブラスターもあった」

「あれは魔法じゃありません」


 落ち込んでたくせにマジレスだけは早いな!

 こほん、とひとつ咳をしてみせる。


「そういうわけで、アリスは自分にできるいちばんの戦い方を探して、それでこういうスタイルになったの。でも、さっきざっくり確認したけど、お姉ちゃんたちアタッカーはみんな、他にも魔法が使えるよね」


 そう、彼女たちは動かない状態での魔力リンクをアリスおれにみせているとき、風刃の魔法エアカッター雷撃の魔法ライトニングボルトを使ってみせていた。

 おれにはできない器用なことしてみせやがって、と少し嫉妬した。


 てっきり、あれで攻撃してくると思ったのだ。

 なのに彼女たちは、馬鹿正直にアリスに接近戦を挑んできた。


 なんで?

 と考えてふと思ったのは、彼らが目標にしているのは、このアリスおれだということである。


「魔族や魔物に近づいてずんばらりんするより、遠くから大火力で焼き払った方がずっと楽じゃない?」

「それで倒せるのですか?」


 そりゃ倒せるでしょ。

 そうか、彼らは魔王軍相手の実戦を経験していないから……。


「魔族や魔物相手の戦術研究とか、してるんじゃなかったの?」

「アリスちゃんの戦いは王国放送ヴィジョンでみました! とってもかわいらしくて、格好よくて、最高でした!」


 駄目なお姉ちゃんことティナが、びしっと手を挙げる。

 そういうこと聞いてるんじゃないんだよ!


 訓練内容について、詳しく話をさせてみる。

 どうも彼ら、彼女らは騎士の家系の出で、いずれも幼少期、騎士としての訓練を積んできたとのこと。


 そのなかから、魔力のリンクができそうな人材が優先して特殊遊撃隊所属候補生になったとのことで……。


「魔族や魔物を倒すには、通常よりずっと多い魔力を集中させて戦う、とは聞いていましたし、そのために魔力のリンクが必要というのもわかっていました。でも、お手本になるのはアリスちゃんだけで……」

「あー、そうだよね。アリス以外にお手本ってないもんね。アリスがどれだけ不器用で魔法が苦手か知らないと、アリスの戦い方が最適解にみえるよね!」


 これ、ちゃんとアリスおれの駄目なところも伝えてないマエリエル王女が悪いよ。

 アリスを偶像化したい、というのはわかるんだけど……。


 それはあくまで大衆に対する宣伝工作であって、戦争の現場で偶像化はたいへんよろしくない傾向だ。

 あー、マエリエル王女は現場型のひとじゃないからなあ。


「わたしたち、実際に螺旋詠唱スパイラルチャントを使ったこともありませんし……」

「それは、そうだね。いまのところ王国放送ヴィジョン端末に映って戦ったことがあるの、アリスだけだもんね」


 そうなんだよね、システムの都合上、彼ら彼女らにテストさせるのも難しい。

 いや、でもクローズドな王国放送ヴィジョンシステムを使って……。


 あれ、そんなものなかった気がする。

 というかシステム開発者であるリアリアリアが忙しすぎて、これまでそんな余計なもの開発する余力なんてなかったんだよね。


 いろいろなことが複合して、この人たちが情報面で割を食っていたのか。

 おれもシェリーも、もっと早く彼らと話をすればよかったなあ。


「全員が後方援護だけじゃおのずと限界が来るから、どっちみち魔力リンクを途切れさせないための訓練は必要だね」

「はい……そのあたり、シェルちゃんに教えて欲しいのですけど……」

「え、ええと、がんばってみる」


 シェルシェリーが、ぐっとちいさい拳を握った。

 また人見知りが発動している。


 途切れ途切れ、彼女は頑張って魔力リンクのコツを説明した。

 六人とアリスおれ、その全員が小首をかしげるなか。


「ど、どうでしょう」

「………。この子、天才すぎますね」


 やがて、ひとりが呟いた。

 緊張していた我が妹は、頬を赤らめてぺこりと頭を下げる。


「あ、ありがとうございます」


 褒められてないぞ、妹よ。

 たぶん百分の一も伝わってないってことだぞ。


 でも、まあ。

 そんな説明でも、彼らにとってなんらかのヒントにはなったようだ。


 特殊遊撃隊所属候補生の六人は、互いにああでもない、こうでもないと話し始める。

 これで少しでも魔力リンクの精度が上がってくれればいいんだけど。


「接近戦に備えるなら、硬化魔法ハードアーマーみたいに守りを固められる魔法とかもいいかな」

「それはわたしたち、使えます!」


 双子姉妹が揃って手を挙げた。

 硬化魔法ハードアーマーは自身のまわりに薄い魔力の膜を張る魔法で、動きが鈍くなるかわり、魔力の膜が耐え続ける限り、いかなる攻撃も防ぐことができる。


 リアリアリアが、螺旋詠唱スパイラルチャントで増幅する魔法の候補としていた。

 もちろんおれは使えないのだけど。


 双子姉妹の場合、アタッカーとサポーターを随時、切り替えられるから、守りが安定するならふたりで前に出るのはかなりアリか。


 守りを固めるだけの硬化魔法ハードアーマーだけじゃ、螺旋詠唱スパイラルチャントで増幅してもグリード・クロウラーみたいな巨大な魔物を相手にするのは厳しいだろう。


 でもこの人たちは、アリスと違って単独で戦うわけじゃないしな。

 相手の攻撃をしのげるなら、少なくとも時間稼ぎにはなる。


 先の戦いなら、リザードマンの群れくらいなら、硬化魔法ハードアーマー状態で突っ込めば苦も無くなぎ倒せることだろう。


 トリアでの戦いにおける騎士の損耗を考えると、それだけでもいまの我が国にとってはだいぶ助かる戦力となる。

 リザードマンのような魔族が大量に浸透してくると他の候補生を後衛の固定砲台として運用するプランもとりにくくなるから、その対策としても有効だろう。


 おれは他にも、いくつかの魔法を挙げてみる。

 全部、リアリアリアの受け売りなんだけど。


 というか、だいたいアリスでは採れなかった戦法のことなんだけど。

 非才の身が悲しいなあ……。


「リアリアリア様から意見とか、なかったのかな?」


 試しに、そう訊ねてみた。


「リアリアリア様はお忙しいと聞きます。それにあの方は、王族の方々にお目通りできる大魔術師様、とても、個人的に話ができるような方では……」


 あんたらの上司であるマエリエル王女も王族でしょう?


 いや、直接マエリエル王女から指令が来るわけじゃないのかな。

 実際のところ、特殊遊撃隊の組織構成とかよく知らない。


 これはおれがいい加減なわけじゃなくて、その性質上、表向きの組織表に多数のフェイクが入っているからだ。

 これまで特殊遊撃隊といえばアリスとシェルなわけで、そのふたりの素性を隠すことが、この組織の第一義だったわけだからね。


 で、このフェイクだらけのままで候補生を入れて運用を拡大しよう、とか考えたから……そりゃ指示も混乱するし、風通しも悪くなる。

 今回、アリスおれに話が来て本当によかったよ。


「とりあえず、マエリエル殿下にはそのへんちゃんと伝えておくね!」


        ※※※


 その日の出来事を手紙にしたためて、王女の使者に渡す。


 翌日、その使者が謝罪してきたところによれば、やはり候補生とマエリエル王女の間を繋ぐラインが貧弱だったらしい。

 王女もあれこれと事業を拡大して忙しい身、候補生とは一度会ったきりで、それ以降は書類上で進捗を確認するだけだったとのこと。


 事業って、アリスちゃんグッズとシェルちゃんグッズのことだよな……。

 螺旋詠唱スパイラルチャントの触媒のために儲けるのは重要な仕事で、それがなきゃアリスおれは戦えないわけだけどさあ。


 たぶん、優秀な人材をそっちにまわしちゃってたな、これ。


 急拡大したベンチャー企業で人材の補充が追いつかなくてトラブルが起きるんだけどトップは前のめりすぎてそれに気づかないやつだ、知ってる知ってる。

 う……頭が……。


 い、いや、それは忘れよう。

 今世のおれもつい最近までデスマーチだった気がするけどそれも忘れよう。


 まあ、マエリエル王女は優秀な方だ、ちゃんと問題を認識さえすれば、あとは自力でなんとかしてくれるに違いない。

 特殊遊撃隊所属候補生の未来は明るい、ということだ。


 そうだといいなあ。

 このままだとアリスおれは過労死しちゃうよ、ざこざこ王女ちゃん? わかってる?


 本人を前にしたら絶対そんなこといえないけどさあ。


 いったらいったで、なんか喜ばれそうで嫌だな……。

 コメント欄だと喜んでるもんな……。


 で、王女の使者から連絡を受けとるとき、おれがどこにいたかというと、街中のカフェだったりする。

 評判のおしゃれなカフェとはいえ、おれがどの店にいるとか、どうしてわかるんですかねえ。


 別に男ひとりで悲しくお茶していたわけではない。

 ちゃんと女性同伴だ。


 昨日と同様、妹のシェリーなんだけど。


「兄さん、お仕事の話は終わり?」

「あ、ああ」


 カフェに現れた王女の使者さんと話をしている間、シェリーは黙って、いま王都で流行のアリスティーを飲んでいた。


 アリスの瞳のように真っ赤な飲み物だ。

 前世の紅茶である。


 紅茶は、本場のイギリスとかだとたっぷりミルクを入れて飲むのが普通だった気がする。

 でもこのアリスティーは、そのまま飲んで、渋さ、苦さを愉しむのがらしい。


 そのかわり、蜂蜜たっぷりの焼き菓子やケーキをいっしょに頂くのだとか。


 アリスという名前を使っているけど、別におれには銅貨一枚たりとも入ってこない。

 王女も黙認している、ただの便乗商法だ。


 でもこれが王都で大人気なんだってさ。

 今日も若い女性やカップルが店に詰めかけて、行列ができているほどである。


「ほんと、なんでこの店、こんなに人気なんだろうな」

「アリスティー一杯ごとに、一枚、アリスかシェルの描かれたカードが貰えるんだよ」


 ほら、とシェリーはアリスが描かれた厚紙をみせた。

 アリスがぴしっとポーズをとっているデフォルメ絵だ。


 版画の魔法プリント使ってるな、これ。

 そりゃ、大量生産するならこうなるか。


 ある程度魔力が高い人物にしか使えないこと以外は、実質的な活版印刷だ。

 王国放送ヴィジョンシステム関連で文書の大量印刷が必要になったとき、リアリアリアが片手間でつくりあげた魔法である。


 彼女は「この程度の魔法は児戯に等しい、とうてい誇れるようなものではありません」と無料公開しようとした。

 おれは前世の記憶を全力で読んでもらって、せめて創始者としての権利だけは確保してもらった。


 その魔法ひとつで文明のレベルが変わるんだよ!

 これだから大魔術師は困る。


 で、その結果。

 この魔法の使い手がひとり増えるごとに、リアリアリアにマージンが入る仕組みがつくりあげられた。


 マージンといってもごくごく低率であるが、なにせ魔法の活用範囲が広すぎる。

 王都にさまざまな本が流通し始めたのはここ数年のことで、この分野はこれから爆発的に発展するだろう。


 おれたちのこれからのことを考えると、お金はいくらあってもいい。

 閑話休題。


 それにしても、シェリーのやつ、さっき店員からなにか受けとっていたと思ったら……。

 こんなカードが欲しくて、おれを連れ出したのかよ。


 いいけど。

 妹の些細なお願いくらい、余裕で叶えちゃうけど。


「でね、こっちのシェルのカードと半分重ねると……ほら、ふたりが抱き合っているようにみえるって話題なんだよ」


 王都の民、暇すぎない?


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