第16話
翌日、ぽかぽかと暖かい、春の昼下がり。
おれはシェリーと共に、王都郊外の第三練兵場に続く道を歩いていた。
ただしおれの姿は、アリスとなっている。
そしてシェリーは、銀髪紅眼の十歳くらいの少女となって、
はためには、仲の良い姉妹にみえるだろう。
シェリーのいまの姿は、マエリエル王女がおれたちに黙って勝手に部下に描かせて商品化したアリスの妹シェルの肖像画(という名の妄想画)にそっくりであった。
なぜなら当のシェリーが、王女の提案したシェルをいたく気に入ったのだ。
「兄さん、わたし、このシェルがいい。アリスとお揃いで、とってもかわいいもの」
とその
いや、そもそもシェリーこそシェルなのだから、勝手に、というわけではないのか……?
肖像権はシェリーにありそうだし……いやでもシェルの似姿というのは王家が勝手につくったもので……。
肖像権? この世界にそんなものが? 特許に似たシステムはあるが、それはあくまで国の保証にすぎなくて……ということは王家が勝手につくった似姿はそちらが本来のもの?
わからない、おれにはなにもわからない。
それは、さておき。
今日のシェリーはご機嫌だった。
シェルの姿で、鼻歌まで歌っている。
「アリスお姉ちゃんと並んで歩くの、夢だったんだよ。シェル、本当に嬉しいなあ」
口調まで少し変わっている。
そういえば、アリスの姿で妹と並んで歩いたことなんて、いちどもなかったもんな。
そもそもおれがアリスの姿になるのは、おおむね訓練のときと戦いのときだけなのだから。
だんだんアリスになることに抵抗はなくなってきたとはいえ、そもそもこの姿は目立つ。
今日も、町の外に出て、木陰に入り、誰もみていないことを確認してからこの姿に変身したのである。
王都のほとんどの人々が、
そんな姿で迂闊に人混みのなかを歩くことなど、できるわけがなかった。
あと、アリスになることに抵抗がなくなっている、とはいってもおれの自意識はアランのままだ。
絶対にメス堕ちなんてしないんだからね!
「シェリーは、ずっとお姉ちゃんが欲しかったのかな?」
「そうじゃないもん。あと、いまはシェルって呼んで」
「誰もいないのに」
「どこで探知魔法が働いているか、わからないんだよ」
そうだろうか?
シェリーは常時対探知魔法を巡らせているというし、兆候があればすぐ把握するに違いない。
「師匠が探知魔法を使っていたら、シェルじゃ対策できないもん」
「あのひと、わざわざアリスたちを覗き見するほど暇じゃないと思うなあ……」
いや、どうだろうか。
大魔術師だけに、思考を分割して研究の片手間で覗き見する、くらいはやってのけるかもしれない。
禁断の読心魔法を使えるようなひとだからなあ。
あれから知ったのだけれど、ひとの心を読む魔法は禁術のひとつで、汎大陸条約により現代では研究も習得も禁止されている。
聖教のもと、七大国すべてが批准する条約だ。
なおリアリアリアは汎大陸条約の制定前に習得したから覚えていることはセーフ。
おれ相手に使ったのはアウト、なのだがまあおれとしても、あれのおかげで
あー、でも必ずしも全国家が汎大陸法を守っているとも限らないしなあ。
各国それぞれ、暗部というものはある。
そもそも、条約なんて関係なく動いている魔王軍のスパイが王都に入り込んでいる可能性もある。
「シェルは、アリスがアリスの姿の方がいいのかな?」
「もとの姿も好き。でも、シェルとアリスお姉ちゃんとなら、こうして腕組みして歩けるから好き」
ははは、甘えん坊さんだなあ。
アランとシェリーで腕組みしてもいいんだぞ。
シェルの銀糸の髪を撫でてやる。
我が妹は、気持ちよさそうにごろごろと鳴いた。
猫かな?
※※※
さて、今回、この姿になって練兵場を訪れたことには、麗しき兄妹デート以外の意味がある。
アリスの後輩、すなわち特殊遊撃隊所属候補生たちと、今日、ここで顔合わせをするのだ。
王子と王女によれば、先方から、アリスに会いたいという申し出があったとのことであった。
こちらとしてもちょうど休暇であるし、かといって別にやることがあるわけでもない。
それで彼らの士気が上がるなら、と一も二もなく了承した。
昨日もディアスアレス王子やマエリエル王女と話をしたけれど、後輩が育ってくれないことにはこの先、どこかで必ず詰まってしまうからだ。
訪れた第三練兵場は高い壁に囲まれていた。
内部は観客席がないローマの闘技場といった感じで、楕円形のグラウンドには土が敷き詰められている。
ここでは普段、王家や近衛騎士団が機密性の高い訓練をしている。
働いている者たちも、王家が選んだ口が固い者ばかりであるとのこと。
今日、練兵場でアリスたちを待っていたのは、六人の男女であった。
男がふたり、女が四人。
皆、十代の後半から二十代の前半くらいである。
男女、男女、女女のペアになっていた。
………。
どうして幼女じゃないんだ?
いやまあ、このペアは、それぞれ兄弟姉妹だと事前に聞いている。
おれとシェリーのように、魔力のリンクをするには肉親関係の方が都合がいいからである。
原作ゲームではそれ以外の魔力のリンクもあるんだけどね。
エッチな方法とか、非道な実験とか、そのへんで。
でもまあ戦闘を前提に、かつ人の道に外れない方法でと考えると、もともと肉親であるのがベストなのは間違いない。
特殊遊撃隊所属候補生たちは、グラウンドの入り口に現れたアリスとシェルの姿をみると、その全員が顔に喜色を浮かべて駆け寄ってきた。
「はいはい、お兄ちゃんお姉ちゃん、落ち着いて、落ち着いて。順番に挨拶しようね!」
自己紹介と共に、ひとりひとりと握手する。
男性のひとりが「この手はもう洗わない」と呟いて、隣の妹とおぼしき少女に蹴られていた。
「あ、あの、よろしくお願いします」
ガタイのいい男が十歳の幼女にぺこぺこ頭を下げさせている様子は犯罪臭がすごい。
「ちょっとちょっと、妹をいじめちゃ駄目だからね!」
「誤解です!」
「むしろシェルちゃんお友達になって欲しい……はぁはぁ」
「アウトーっ! そこのお姉ちゃんがいちばんアウトーっ」
赤毛の少女が、シェルの手を握ったまま離さない。
顔が真っ赤で、やたら息を荒くしていた。
シェルは手を握られたまま、どうしていいかわからず固まっている。
おれは
「シェルに悪戯するなら、アリスたちはもう帰るからね!」
「あああああっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、つい欲望が正直に……」
興奮している少女を、真面目そうな角刈りの男が羽交い締めにして「申し訳ない、本当に申し訳ない」と謝っていた。
この子の兄なんだろうけど、なんかたいへんだな……。
「お姉ちゃんは駄目なひとなんだね?」
「ああっ、もっと罵ってっ」
正直に訊ねてみたら、身をくねくねさせてそんな返事がきた。
うう、気持ち悪いよう。
「わたしはマルク、そこの興奮している妹はティナだ。よろしく頼む、アリス殿」
「お兄ちゃんはまともなんだね。でも苦労してそう。二十代の後半から額の毛が減衰しそう」
「やめてください、しゃれになっていません」
本当にしゃれになってなかった、反省しよう。
「ごめんね、アリス正直者だから」
「なんの謝罪にもなってない謝罪ですね! いや、悪いのはこちらなのですが」
てへぺろ。
メスガキトークが板についているので。
「でも悪いのはそこのティナお姉ちゃんであって、マルクお兄ちゃんじゃないよ?」
マルクは「そうなのですが」と苦笑いして、「しかしまあ、アタッカーの尻拭いをするのも、サポーターの役割でしょう」という。
「サポーター? マルクお兄ちゃんがアタッカーじゃないの?」
ちなみにアタッカーというのがアリスの役割で、サポーターがシェルの役割である。
特殊遊撃隊所属候補生は彼ら以外にもいるから、このようにきちんと役割に名前をつけて運用しているとのことであった。
そういう体系化も、いずれは必要なことだとわかっていた。
これまでは、おれとシェリーのふたりで試行錯誤していたからなあ。
さて、彼らのなかでの、アタッカーとサポーターの分担であるが……。
アタッカーは全員、女性であった。
サポーターは男、男、女。
女と女のペアは双子で、アタッカーとサポーターを切り替えられる訓練を積んできたという。
「だって、アタッカーは
そういわれれば、そうだった。
だからおれもアリスになったんだった。
うん? よく考えると、おれってなんでこんな小柄な、十一、二歳の少女になったんだっけ?
彼女たちのように十代の後半くらいでよくない?
ロリの方が
あ、そうだ。
リアリアリアが教えてくれた
だからアリスの背丈は当時のシェリーくらい。
そのまま今まで、ずっと来てしまっていた。
最初は
うん? これリアリアリアに謀られてない?
まさかね、ははは……。
いまからアリスの背丈が変わるのも、いろいろ宣伝工作的にまずいだろうしなあ。
アリスには架空の経歴があって、王都で広まっているその設定によると、王家によって極秘に育てられた十二歳の少女で、両親を魔物に殺されていて……とかそういうのがあったりするのだ。
なんだろうねその設定。
勝手に人の親を殺さないで欲しい。
「それじゃ、とりあえず」
ひととおり挨拶が終わったあと。
アリスは皆を見渡して、いった。
「いまのお兄ちゃんお姉ちゃんの力、アリスにみせてもらおうかな?」
まずは魔力リンクからだ。
この三組は、もう二年以上、魔力リンクを続けているという。
おかげでリンクしてもアタッカーが苦痛を感じることもなくなり、スムーズな魔力リンクが可能となっていた。
ある程度、離れていてもきちんとリンクが通っている。
移動していないときは。
問題は、この魔力リンクを、戦いながら行わなければならないことなんだよなあ。
うちの場合、我が妹シェリーが天才なおかげでなんとかなっているんだけど。
具体的には、先日の戦いにおいてマリシャス・ペインを相手に
一流の騎士でも目で追うのがやっと、という、限りなく高度な戦いの最中でも、である。
なんでもシェリーによれば「兄さんの動きは目で追っちゃ駄目、縦横高さよりもっと上の方から、相対的な二点間関係の変化として捉えるのがいい」とのことである。
天才すぎてわけわからんな!
そこまでは要求しないとしても、近接戦闘をしている最中に
敵と切り結んでいる間にリンクを途切れさせない程度のことができなくては、アリスと同じように戦うことなんて夢物語だ。
この三組、そのあたりが未熟だ。
「お姉ちゃんたち、かかってきなよ。ざこざこなお姉ちゃんたちなら、アリス一歩もここから動かないよ。それに、三人同時でも片手で楽勝かなあ」
そう挑発してみたところ、指示通り、彼女たちは
約一名、なんかはぁはぁと喜んでいる駄目なお姉ちゃんがいるが、それはそれとして戦意はあるからヨシとする。
で。
おれは、とりあえずとばかりに魔力を三方に放出する。
アリス・アルティメット・ブラスターのごくごく弱い版だ。
仮にプチ・ブラスターと呼ぼう。
ただの牽制である。
三人とも、見事、その魔力弾を避けてアリスとの距離を詰めた。
そこで三人のリンクが途切れる。
急な相棒の動きにサポーターが対応できなかったのだ。
「はい、そこ」
がくんとスピードが落ちた三人の攻撃を、ほんの少し
「そこ、あとそこ」
三つの武器が、ほぼ同時に宙を舞った。
「あ……っ」
「これまで、だね」
アリスは手にした剣を長い棒に変化させて、立ち止まってしまった三人の額をぴしぴしぴしと叩いた。
「うーん、失格! お姉ちゃんたち、このまま戦場に出たら死んじゃうよ?」
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