第13話
おれはアリスとなって、魔王軍の幹部マリシャス・ペインと対峙している。
アリスの後ろには、人々が避難した寺院がある。
これ以上は、一歩も退けない。
「アリスは、アリスだよ」
おれは相手の質問に、そう返す。
余計な情報を与える必要はない。
「それより六本腕のお兄ちゃんは、どうしてこんなところに来たの? 参拝だったら朝に出直してきなよ。魔族は礼拝の作法も知らないのかな?」
とりあえず、適当なことを口走っておく。
ただの時間稼ぎだ、なにか有益な情報が得られるとも思っていない。
「我ら
「ふーん、魔王を信仰するんだ。へんなの」
これは設定を知っていれば、へんではない。
だが、大陸の人類は未だ、魔王の正体を知らない。
「それとも、お兄ちゃんは信仰の意味も知らないのかな? 信仰っていうのはね、神様を崇めることなんだよ?」
マリシャス・ペインは少し機嫌を損ねたように、表情をかたくする。
「この建物に隠した秘宝を差し出せ。そうすれば、命だけは助けてやる」
「なんのこと? アリスわかんなーい。いやほんとに知らないんだよね」
秘宝? 聖遺物のことか。
それが、
ああ、そういうことか。
ようやく、この地に埋蔵された聖遺物とはなにか、見当がついてきた。
きっとそれは、五百年前の戦いで魔族から人類が奪い取ったものなのだ。
かつて神であった魔王、その欠片である。
故に人類は聖遺物と呼び、魔族は秘宝と呼ぶ。
アリス完璧に理解したよ、お兄ちゃん。
口には出せないし、気づいたそぶりもできないけど。
「でも別に、なんだっていいよね。その秘宝ってやつ、お兄ちゃんに渡すわけにはいかないものだって、アリスわかるもん」
「話すだけ無駄か。所詮は下等なヒトの幼体、力でわからせてくれよう」
「わからせられるのは、どっちかな?」
戦いが再開される。
マリシャス・ペインが火球を放つ。
おれは自分に向かってくる火球を剣で弾き、地面を蹴る。
火球が爆発する。
爆発の煙を突き破って、おれは一気に距離を詰める。
マリシャス・ペインは少し驚いた顔をする。
彼の魔力弾を弾いたことか、それともアリスの突進が彼の想像を上まわったからか。
ま、そりゃね。
さっき会話している間に、めちゃくちゃ
:秘宝ってなんだ? そこトリアだよな
:やっべー王国の機密が流れたような?
:
:それより魔族って本当にいたんだな
:魔王が本当にいるっぽい方が驚き
:よく情報を引き出した、えらい
:アリスちゃんがんばれ、わからせてやれ
:アリスちゃんにわからせられたい
:わかる、お仕置きされたい
:それにしても、魔王信仰か……
コメント欄はカオスだった。
突然の情報の嵐に混乱する者、魔族を初めてその目でみて、魔王軍の侵攻が本当だったのだと理解する者、魔王の存在を疑っていた者、平常運転の者。
そして、アリスのやりとりを褒める王族たち。
これまで魔王軍の情報はほとんど得られていない。
それがいきなり、幹部っぽい存在の口から、彼らの信仰の対象と魔王の実在、さらには彼らの行動目的の一部らしきものまでが語られたのだ。
そりゃ、王国の上層部としては興奮もするだろう。
もっと会話を引き延ばして情報を手に入れろ、という指示が出るかもしれないな、とは思っていた。
でも王族たちは、その指示を出さないかわりに、大量の
さっさと倒せ、ということだ。
魔王軍の手から寺院を守ることを優先することにしたのだろう。
たぶん、それで正解だ。
いま、こいつ相手に余裕を持って戦うことなどできないのだから。
魔力の供給はあっても、連戦でおれの身体は限界に近い。
レスバでは余裕そうな口を叩いていたが、長い戦闘は無理だ。
短期決戦、それしかない。
おれは武器を槍から大剣に変化させ、マリシャス・ペインに接近戦を挑んだ。
おれの斬撃に対して、マリシャス・ペインは下がってかわそうとする。
すでに二本の武器を折られているのだ、当然の判断だろう。
だが、遅い。
おれは斬撃の最中に、アリスの武器を大剣から槍に変化させる。
斬撃から流れるように刺突を見舞う。
斬撃から刺突の変化は読んでいただろうマリシャス・ペインも、急に武器の柄が伸長したことには対応できなかった。
アリスの槍が肩に突き刺さる。
赤茶けた肌が裂け、赤い血が飛び散る。
魔族も、種族によって血の色が違う。
魔族、魔物とひとくくりにされていても、その内実はバラバラなのだ。
それらをひとつにまとめているのが、魔王であり、魔王信仰なのだ。
故に五百年前は、魔王を討伐することで災禍を終わらせることができた。
「ヒトの小娘ごときが!」
「小娘ごときにやられる雑魚が、なーに偉そうな口を利いているのかな? やーい、ざーこざーこ♪」
煽り散らしながら、
マリシャス・ペインを相手に、速さで圧倒して、次々と傷を増やしていく。
:アリスちゃんがんばれ、超がんばれ
:なけなしの触媒、ここで使うわ
:家族の魔力です、お願い
:隣の丘から、伯爵の屋敷に集まった人たちの魔力を送ります
王族が、王都の貴族たちが。
そして、 隣の丘、領主の屋敷に避難した人たちが。
これまでになく豪勢に触媒を消費して、
彼らも、ここが勝負どころだと認識しているのだ。
この身が、その際限なく注がれる魔力に耐えられる限り。
やがて、アリスの刺突が、マリシャス・ペインの胸を貫く。
魔王軍の幹部は、口から大量の血を吐いて、膝を落とした。
「馬鹿……な……。このおれが……五百年の雌伏の果てが……」
「残念だったね、魔族のお兄ちゃん。アリスと戦うには、あと五百年くらい足りなかったんじゃない?」
おれは武器を槍から大剣に変えると、動きを止めたマリシャス・ペインの首を容赦なく刎ねた。
頭部を失った胴体が、血を噴出させながらその場に頽れる。
「ざーんねん、でした」
余裕しゃくしゃくの様子でそう告げて、妹が飛ばす小鳥型のドローンカメラに向けてキメポーズをする。
コメント欄は歓声の渦だった。
皆が喜びと感謝のコメントをしていた。
王族たちも、喜んでいた。
よくやった、と褒めてくれている。
「みんな、
笑顔で、ばいばいと手を振る。
本当はもっとサービスした方がいいんだろうけど……。
放送が切れたことを確認したあと。
おれは、地面に片膝をついた。
ぜえぜえと荒い息を吐く。
全身から、とめどもなく汗が滴り落ちる。
「やばかった。いくらなんでも魔力を使いすぎた」
「兄さん!」
シェリーの声が降ってくる。
目の前が真っ暗になる。
おれはそのまま、意識を失った。
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