第12話
おれは、丘の上の聖教寺院には、あまり行ったことがない。
知り合いが死んだときの葬儀くらいか。
この世界は一般的に火葬で、残った骨の一部だけを一族の墓石の下に埋める。
町の共同墓地は丘の下の町はずれにあるから、寺院に行く用事なんて、ほかには重い病にかかったときくらいだろう。
怪我や病の治療は、寺院の役割だ。
僧侶たちは、治療に特化した魔術師である。
あと災害時には避難場所としても解放されることになっている。
つまり、今夜。
寺院には避難民が詰めかけているはずなわけで……。
そんなところで戦闘が始まっているのは、非常にマズい。
おれが飛翔している間にも、寺院の入り口付近で断続的に光が点滅している。
僧騎士が攻撃魔法を使っているのか、それとも敵側の攻撃なのか。
あまり派手な音がしていないということは、大型の魔物ではないようだが……。
「アリスお姉ちゃん。寺院の方で暴れている敵は、一体だけ。赤い肌の、腕が六つある魔族だよ」
妹であるシェリーの、いやシェルの声がする。
お姉ちゃん、と呼ぶということは、視聴者も聞いている前提の会話だ。
「おっけー、シェルちゃん! 魔族さんは、どんな攻撃をしているかな?」
「武器を四本持って僧騎士と切り結んでる。同時に、残ったふたつの腕で魔法の火の玉を出してるね。僧騎士十人以上が束になっても敵わなくて……全滅しそう」
「……化け物かな?」
いや、化け物だったわ。
六つの腕を自在に操って僧騎士を翻弄するとは。
みえてきた。
寺院の前で僧騎士部隊を相手に暴れている魔族は、単騎。
やっぱりあれが本命か。
六つの腕で、赤茶けた肌で、二足歩行。
背丈は二メートル半、というところか。
額から小さな角が二本、生えている。
まるで日本の昔話に出てくる鬼みたいだ。
下の四つの手で武器を持っていた。
それぞれ剣、斧、槍、槌である。
いちばん上の二本の手では、断続的に火球を飛ばしている。
僧騎士たちは魔法の盾で火球を受けては吹き飛ばされ、それでも食らいつこうとしているが、接近しても相手は巧みに剣や槍、斧や槌を操っていた。
うーん、戦士としての腕も魔術師としての腕も一流だな、あれは。
まあ、そもそもゲームだと後半に出てくる魔族だしな……。
マリシャス・ペイン。
種族名ではなく、人類側がつけた個体名だ。
中ボス的な存在の、魔王軍幹部。
ゲームでは無口かつ冷酷な強敵であった。
さて、ボスクラスにもいつかは遭うと思っていたが、それが今とは。
できれば消耗した今じゃなくて、万全の態勢で挑みたいけど……そういうわけにもいかないよなあ。
「兄さん、いったん中継を切る?」
シェリーの、おれだけに聞こえる声。
おれは無言で首を横に振る。
敵が、二重に陽動までしてこの寺院に送り込んだのが、ボスクラスの魔族だった。
そこまでしても、聖遺物を奪いたいのだろう。
それを奪われたら、きっと、ひどくまずいことになる。
そこまでわかっていて、退くわけにはいかない。
寺院の誰かがその聖遺物というものを持って逃げてくれればいいんだけど……。
そもそも持って逃げることができるようなものなのか、それすらわからない。
なにせおれが知る唯一の聖遺物は、さっきもいったようにその一部ですら高さ五十メートルの、あまりにも巨大な針であった。
この寺院に保管されているということは、あそこまでのシロモノではないのだろうけど。
容易には持ち上げられないほどのものである可能性は、充分にある。
なら、ここで敵を食い止めるしかない。
「いくよっ」
自分を鼓舞するように声を張り上げ、アリスはマリシャス・ペインに向かって急降下する。
武器を槍に変え、加速。
相手がこちらに気づく前に一撃必殺できれば最上だ。
あ、マリシャス・ペインが上を向いた。
こっちと目が合った。
赤い双眸が、おれを射すくめる。
ちっ。
おれはとっさに、左手を横に伸ばすと、魔力を放った。
反動で身体が斜め横に滑る。
直後、火球が連続して、おれの脇を通り過ぎた。
避けていなければ、完全に直撃コースだ。
おれはマリシャス・ペインから二十歩ほど離れた地面に着地する。
僧騎士たちが、桃色のワンピースをまとった少女の出現に目を丸くしていた。
皆、誰だ? という顔をしている。
あれ?
こいつら、いま話題のアリスちゃんを知らないの?
あ、そうか、まだ寺院に
ちゃんとしてくれよ、王家さあ。
:もっと端末増やさないとなー
アリスと僧騎士が顔を合わせたときの様子から、いろいろ察したらしいコメントが流れる。
王様だった。
よかった、余計なこと口に出さなくて……。
それは、さておき。
おれはマリシャス・ペインと対峙して、槍を構えなおす。
相手は、急に襲ってきたおれをみて、怪訝そうな顔をしていた。
戦場には不釣り合いな、小柄な少女。
おれの脅威をどう推し量ればいいのか、わからないのだろうか。
なら、先手必勝だ。
:とりあえず、いっぱいスパチャしとくわ
これも王様のコメントである。
フランクな態度だけど、それはそれとして一気に5000くらいの魔力が、
おれは貰った魔力のほとんどを
マリシャス・ペインに向かって突進する。
一歩目で風を置いていった。
二歩目で音速の壁を越えた。
三歩目には、刺突の距離に迫っていた。
二十歩を、三歩で埋めたのである。
爆発的な踏み込みだ。
常人の目には映らないだろう。
魔族の胸めがけて刺突を見舞う。
「ぬっ」
マリシャス・ペインがわずかに顔を歪めて、胸の前で剣と斧を交差させた。
アリスの槍の穂先が、その二本の武器を破砕する。
だが、あいにくとそれまでだった。
刺突は勢いを削がれ、続いて槌と槍が左右からアリスを襲う。
おれは身を低くし、敵の攻撃をかわす。
それは、刺突を諦めることを意味していた。
:いま、なにが起こった?
:みえなかった
:アリスちゃん消えた?
:魔族の武器が壊れたの、アリスちゃんがやったの?
:わからん、なんもわからん
仕方がない。
相手の側面にまわりこむ。
そこに、火球が襲ってきた。
まるでおれがそうするとわかっていたかのような攻撃。
「ちぇっ」
爆発が起こる。
おれはとっさに、魔力の塊を火球にぶつけていた。
火球は衝撃で破裂したのだ。
爆風が起こる。
敵の目からアリスの姿が消えた。
その隙に、間合いを詰めようとして……。
ふと、嫌な予感がして飛び退る。
直後、マリシャス・ペインの周囲の地面が爆発した。
:今度は爆発
:え、なにが起きてるの
:戦ってるっぽい、みえないけど
:なんもみえん
:中継しっかりして
:おまえらの目がしっかりしてないだけ、少しだけどみえた
:ちゃんと目に魔力を通せばみえる
:こっちは騎士じゃないんだ、
:一流騎士のおれはアリスちゃんのパンツもみえた
こいつ、アリスを狙った一撃のほかに、それをアリスが避けて反撃に出ることまで計算した
シューティングゲームでいえば、こちらに対する誘導弾と、黙っていればこちらに当たらないが少しでも動けば当たる攻撃をセットで放っていた、ということである。
なんだこのクソゲー。
死ぬがよい、ってことかよ。
それはそれとして、パンツもみえたといってるのは王族の剣の師範代をやっているひとだな。
達人の目をなんのために使ってるんだか。
「貴様、なにものだ」
マリシャス・ペインが、軽く片眉をつりあげて、そう訊ねてきた。
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