第11話

 アリスおれがコメント欄とアホな会話をしている間に、シェリーは自分の仕事を終えていた。


「アリスお姉ちゃん、モール・ドレイク亜種の解析完了。胴体下部の鱗が薄いみたいだよ」

「ありがとう、シェル!」


 よしっ、じゃあ行きますか!

 おれは寺院のある丘の上空から、モール・ドレイク亜種に急降下する。



:でかい

:なにこれ、山が動いてるみたい

:魔物って巨大な象くらいのものを想像してたわ、全然違った

:こんなの、もうただの災害

:生憎とこの災害、意思を持って動いているんだよなあ



 近くでみると、本当におおきい。

 鱗に覆われたもぐらにしかみえない魔物だが、ただ単純に巨大なのだ。


 全長三十メートル以上、ひょっとしたら四十メートルくらいはあるんじゃなかろうか。

 怪獣映画かよ。


 そんなものが、町の家々を破壊しながら丘を登っている。


 僧騎士たちが懸命に攻撃を繰り返しているが、武器も魔法も矢も、まったく効いた様子がなかった。

 モール・ドレイク亜種が少し身体を振るだけで、すさまじい衝撃波が走り、無謀にも接近戦を挑んだ僧騎士数名が吹き飛ばされる。


 運の悪い者は瓦礫に頭から突っ込み、動かなくなった。

 手足がへんな方向にねじ曲がって倒れたまま、ぴくぴく痙攣している者もいる。



:マジでやばいな、僧騎士隊がボロボロだ

:僧騎士って騎士と何が違うの?

:精鋭

:入隊基準の魔力の足切りが十倍くらいある

:しかもトリアでしょ、あそこの寺院の僧騎士は超エリート



 そう、コメント欄で解説されている通り、トリアの僧騎士は精鋭中の精鋭だ。

 それでも、モール・ドレイク亜種の前進を遅滞させることすらできていない。


 彼らが命を繋いでいるうちに、なんとかしないと。

 今、この化け物をなんとかできるのはおれだけなんだ。


 おれはモール・ドレイク亜種のそばの地面に着地する。

 モール・ドレイク亜種のが一歩、歩みを進めるたびに地面がおおきく揺れていた。


 おれのことなんて歯牙にもかけない。

 いっけん、ただの小娘だからか。


 なら、目にものみせてくれる。

 大量の螺旋詠唱スパイラルチャントを消費し、肉体増強フィジカルエンチャントの倍率をあげる。


「どっこいしょーっ」


 モール・ドレイク亜種に突進し、その胴体の鱗に手をかける。

 そのまま、力任せに持ち上げる。


 消費魔力は一瞬で20000以上。

 出し惜しみはなしだ。


 モール・ドレイク亜種の巨体が、わずかに傾いた。

 アリスの細腕によって持ち上げられたのだ。



:は?

:え、浮いた?

:あの化け物を持ち上げた?

:これ、アリスちゃんがやったの?

:遠くてみえない、シェルちゃんもっと近づいてよ

:この視点、シェルちゃんじゃなくてシェルちゃんの使い魔でしょ

:危なくて近寄れないんじゃないの

:そりゃ、僧騎士たちが吹き飛ばされるような怪物

:その怪物を持ち上げるアリスちゃん、ほんとなに?



 コメント欄が驚きの声で埋まった。

 こんなこともできるのか、ここまでできるのか、と。


 異国からこの国に来た貴族とおぼしきコメントでは「うちの国にもこの技術があれば……」とあった。


 まあ、そうだよな。

 螺旋詠唱スパイラルチャント王国放送ヴィジョンシステムは、まさにこういう魔物に対抗するために開発された仕組みなんだから。


 本来は、魔王軍との戦いに間に合わなかったはずの技術だ。

 奇縁もあって、リアリアリアはそれを、この時点に間に合わせることができた。


 モール・ドレイク亜種の下腹部が露になる。

 泥にまみれた下側の鱗は、たしかに上や側面よりも薄そうだった。


 そのなかでも、ひときわ。

 胴体の真ん中、普段はけしてみえない場所に、白い鱗が一枚ある。


 あそこだ。

 おれは魔物から手を離すと、一瞬で両の掌に魔力を集める。


「みんな、アリスに力を貸して!」


 コメント欄から、応、と返事が来る。

 主に王族たちから。


 すさまじい量の螺旋詠唱スパイラルチャントが降ってくる。

 おれは、それを魔力に変換し、一気に放出した。


 魔法ではない。

 ただ魔力を打ち出すだけの、なんの芸もない暴力。


 しかし、それは螺旋詠唱スパイラルチャントを用いて膨大な魔力を集めることで、高純度で強大な力となる。

 名づけて……。


「アリス・アルティメット・ブラスター!」



:ダッサ

:ひどい

:五歳児のセンス

:アリスちゃん、ダサ可愛い

:もっとメスガキっぽい名前にしろ



 コメント欄の評判がひどい。

 このセンスの良さがわからんとは……やはりこの世界は遅れてるな。


 それはさておき。

 魔力の過剰放出、すなわちアリス・アルティメット・ブラスターはモール・ドレイク亜種の白い鱗をぶち抜き、内側で爆発を起こした。


 魔物の体内で暴れまわった魔力の暴風により、臓器がずたずたに切り裂かれる。

 モール・ドレイク亜種は断末魔の声をあげた。


 空気がびりびりと震える。

 風圧だけで、アリスが吹き飛ばされる。


 木の葉のように舞いながら、かろうじて空中で翼を広げ、制動。

 態勢を立て直す。


 それが、モール・ドレイク亜種の最期のあがきだった。

 巨大な魔物が、ゆっくりと地面に倒れ伏す。


 それきり、動かなくなった。



:倒した

:うわぁ

:え、マジで

:あんなダサい名前の魔法で?

:名前は関係ないだろ

:魔法じゃない、ただの魔力を放出しただけ

:あんなの魔法とは認めない by魔術学院教官

:魔物の内部で魔力を暴れさせて内臓を引き裂いたのか

:乱暴だけど理には適っているんだな

:技の名前はダサいけど

:アリスちゃんほんとなんなの



 おれは地面にへたり込む。

 魔力を大量に放出した反動か、身体中からちからが抜けていくような感覚を覚えている。


「ぷーっ、疲れたよーっ」


 本当は、こんな弱った姿はみせない方がいいのだろう。


 アリスは無敵で、可愛らしくて、小生意気で、王国の絶対の守護者。

 そうであるべきなのだろう。


 でも今は、そんな虚勢を張る気力がなかった。



:大丈夫?

:ちょっと無理した?

:あんな魔力の放出、初めてみた

:無茶をするから

:でもあの魔物、動くだけで周囲を破壊するからな

:存在そのものが災害だった

:あれが最善



 コメント欄が高速で流れる。

 おおむね、アリスを気遣ってくれていた。


 そんななか、ひとつのコメントがおれの注意を引く。



:まだだ、寺院



 うん?

 ふと、丘の上の寺院をみあげた。


 その瞬間、寺院の入り口付近で小さな爆発が、立て続けに起こる。

 げっ。


「これも、陽動だった?」


 だとしたら、まずい。

 慌てて立ち上がろうとして、よろける。


 アリスを気遣うコメントが大量に流れるが、今はそんなのに構っていられない。


「兄さん、無茶しないで」


 おれにだけ聞こえる、シェリーの心配そうな声。

 わかっている、とうなずく。


 おれの身体が限界に近くても、螺旋詠唱スパイラルチャントがあればまだ戦える。

 翼をはためかせ、空に舞い上がった。


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