第10話

 アリスとなったおれは、新しく現れたグリード・クロウラーのうち一体を倒した。

 残り、五体。


 そのときすでに、おれは背中におおきな翼を生やして羽ばたき、その場を離脱している。

 次のグリード・クロウラーのもとへ、矢のように飛ぶ。


 グリード・クロウラーはその巨体に似合わぬ動きでアリスの方を向いた。

 口のまわりに、緑の輪が現れている。


 すでに止めようもなく、吸引バキュームが発動されてしまう。

 おれはそれを、正面から喰らうことになるが……。


「でっかい図体して、同じことしかできないんだね」


 おれは剣を前に突き出し、そのまま突進する。

 全身が砕けそうになるほどの衝撃が襲うものの、螺旋詠唱スパイラルチャントをつぎ込んだ肉体増強フィジカルエンチャントによって強化された肉体は、かろうじて吸引バキュームに耐え、アリスの姿を保ったままグリード・クロウラーの口のなかに突入する。


 そのまま、内側から魔物の肉を引き裂いた。

 おれはグリード・クロウラーの胴体に大穴を開け、外に脱出する。


「あははっ、お口よりおおきな穴が開いちゃったね!」


 螺旋詠唱スパイラルチャントで得た魔力で障壁を張ることで、体液の付着を免れていた。


 配信映えに影響するからね!

 いや、どろどろでぐちゃぐちゃになったアリスは、それはそれでスパチャを稼げそうだけど……アリス、そういう路線で売ってないんで!


 ともあれ、アリスに穴を開けられたグリード・クロウラーは、体液をまき散らして倒れ伏す。

 これで、あと四体。



:え、アリスちゃん?

:緊急配信? なにがあった?

:暗くてよくわからん

:あの魔物、なに?

:グリード・クロウラーだよ

:うちの故郷の町は、あれ一体で壊滅しました

:アリスちゃん強すぎない?



 コメントに、王族以外のものが増えてくる。

 予告なしに王国放送ヴィジョンシステムが作動し、端末に映像が映し出されたことに気づいた人たちだ。


 魔王軍に侵略された国からの難民も混じってるってことは、各貴族の家の王国放送ヴィジョン端末も強制起動したんだな。


 王国放送ヴィジョン端末の強制起動は、まだ実験段階だったはず。

 それを今回、強引に踏み切ったということは、これも王宮の危機感の現れだろう。


「あと四体! さあ、吸引バキュームで町をこれ以上壊されないうちに、いっくよーっ」


 アリスは状況の説明を挟みながら、空中を高速機動して次の獲物に飛びかかる。


 三体目のグリード・クロウラーは、吸引バキュームをあらぬ方向に放ってる隙に背後から始末した。

 四体目は、口の下から上まで小剣で切り裂きながら一周し、輪切りにして倒した。


 五体目と六体目が、同時にアリスへ吸引バキュームを放つ。

 アリスはこれをジグザグの機動で回避する。


「ほらほら、こっちだよー! 地面に貼りついてるミミズさんにアリスが捕まえられるわけないよね? あの世で懺悔して?」


 相手の攻撃が終わった瞬間に一転攻勢、この残る二体も急所の頭頂部を一撃で貫き、仕留めてみせた。

 ここまで消費した魔力は、平均的な騎士を100として、5000と少し。


 序盤で王族がめちゃくちゃ貢いでくれたおかげだな。

 とりあえず、視聴者たちに感謝の媚びを売る。


「はい、勝利! やったね!」


 笑顔で、キメポーズをする。

 コメント欄で歓声があがっている。



:そんなことより、寺院に行って



 ふと。

 そんなコメントが、目に止まった。


 こっちから見えるIDで、わかる。

 いつもは「アリスちゃんのパンツ」とか「太くて硬い〇〇〇」とかふざけたコメントばかり残している、うちの国の王子のひとりだ。


 え、寺院?

 ここは領主の館を守る方が……。


 いや、ひょっとして。

 この町には、おれの知らないなにかがあるのか?


 それが、この町が襲われた理由?

 少なくとも、このIDの持ち主はそう考えている?


 考えている暇はなかった。

 アリスおれは宙高く舞うと、上空から周囲を観察する。


 領主の館があるこちら側の丘では、あちこちで火の手があがっている。

 丘の上の方では、松明や明かり魔法などを手に、多くの人が集まっていた。


 あれはおそらく、町の自警団と騎士たちだ。

 彼らがいるなら、とりあえずは大丈夫だろう。


 対して、もうひとつの丘の方は。

 寺院がある方の丘では。


 業火が燃え盛っていた。

 炎にあぶられて、グリード・クロウラーよりも巨大な魔物の影がみえる。


 それが、少しずつ動いて、丘の上へ這い上がろうとしていた。

 勇敢な兵士たちがその魔物に挑みかかるも、あっという間に蹴散らされている。


 あの兵士たちは、丘の上の寺院を守る僧騎士だな。

 最低でも平均的な騎士の三倍以上の魔力を持つ、この町の最精鋭である。


 幼いころ、寺院の僧騎士に抜擢される者は皆の憧れだった。

 当時のおれたちにとって、それは最強の代名詞だった。


 そんな者たちが束になって、足止めすらできていない。

 巨大な化け物は、明らかに寺院を目指している。


 なるほど、コメントの警告は正しかったわけだ。


 こっち側は、あくまで陽動。

 敵の本命は、あっち。


 王都にいながらにして、どうして敵の狙いがわかったのか?

 それについては、後で聞いてみる必要があるだろう。


 今は、ともかく。


「勇敢な町の人たちを助けに行きます! みんな、アリスに力を貸してね!」


 そう視聴者に宣言し、隣の丘へ飛ぶ。

 螺旋詠唱スパイラルチャントが束になって降ってきた。


 あ、これ王族ばっかりだ。

 やっぱりなんかあるんだな、必死だわ。


「兄さん」


 おれの耳もとで、妹であるシェリーの声が響く。

 彼女はいま、少し離れた場所で王国放送ヴィジョンシステムを展開・維持しているはずだった。


 魔法に関してはおれなど比べ物にならない才能を示す彼女だが、運動神経の方はいささか頼りない。

 魔族や魔物の攻撃を受けないよう隠れていてくれれば、おれも安心して戦える。


 そんな彼女が伝声の魔法でコンタクトをとってきた。

 おれだけに伝えたい情報があるのだろう。


「師匠から連絡。『寺院に聖遺物あり』」


 ちょっと待って。

 聖遺物?


 この世界において、神は実在する。

 過去には神が降臨したこともあるという。


 で、聖遺物というのは、神が降臨の際、残していったもののことだ。


 ゲームでは、星の杖、という聖遺物が登場する。

 ダイヤみたいに輝く棒状の存在で、いっけんちょっと変わった杖にみえるものだ。


 星の杖は、地面に深く突き刺さっている。

 問題はそのおおきさで、地面から突き出た部分だけでも五十メートル以上あるようだった。


 これはとある場所に突き立って、伝承によると、神がこの大陸をつくったとき、大陸を固定するための楔であるという。

 楔を引き抜くと、大陸はばらばらになってしまうのであると。


 この伝承は事実だった。

 ゲームのストーリーの終盤で星の杖は引き抜かれ、大陸は文字通り、崩壊する。


 聖遺物とは、そういうものである。


 そんなものが、あの寺院に?

 マジで?


 冗談じゃないぞ。

 詳しく説明してくれ。


 いや、今はそんなことをいってる場合じゃないか。

 とにかく、寺院に侵攻する敵を阻止しないと。


「シェル、ナビをお願い!」


 視聴者向けに、シェリーの偽名を呼ぶ。


 アリスの相棒であるシェルは一度も画面に映ったことがない、謎の人物だ。

 アリスを姉と呼んでいることから、十歳くらいのロリであると推定されている、らしい。


 王都では完全に妄想で描かれたシェルの絵画なんてものが出まわっている。

 アリスと同じ銀髪紅眼のロリであるらしい。


 十歳の女児がこんな戦場のアシスタントできるわけないだろ、いい加減にしろ!

 欺瞞工作としては完璧なので文句もいいがたいんだけど。


「アリスお姉ちゃん、あのおっきな魔物は推定モール・ドレイクの亜種。おっきなもぐらさんだね!」

「グリード・クロウラーといい、地面を掘り進むのが得意な魔物さんばっかりだねえ」

「でも鱗はドラゴンみたいにカッチカチなんだって! 気をつけてね、お姉ちゃん!」



:シェルちゃんの声かわいい

:もぐら、カッチカチ……閃いた

:ボ、ボクのモグラさんもカッチカチなんだな



「ちょっと! うちの妹にセクハラ禁止! アリスとの約束だよ、お兄ちゃんたち!」



:はーい

:ちーっす

:ごめんなさーい

:アリスちゃんもっと叱って

:罵って、どうぞ



 なお叱ってとか罵ってとか書いているのは、うちの国の王子と王女である。

 こいつら、さっきは焦った様子で寺院を守れっていってたくせにさあ。


「お兄ちゃんお姉ちゃんたち、ひととして恥ずかしくないの?」



:恥ずかしくないです

:アリスちゃんにすべてを晒したい

:剥き出しのおれを受け入れて欲しい

:すまん……うちの子たちがすまんの……



 最後のコメントは王様のものだ。

 なんかこっちが申し訳なくなる。

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