第9話
おれは、空中から身体ごと飛び込んできた妹を抱き留める。
「兄さん、無茶ばっかりして!」
「悪い。ちょっと張りきった」
ふらり、とよろけた。
シェリーが慌てて身を離す。
「ちょ、ちょっと、兄さん。血だらけだよ」
「たいした怪我じゃない。おれより師匠の方が……」
「あたしは大丈夫さ」
倒れたグリード・クロウラーの脇を抜けて、師匠がやってきた。
左脚を引きずっている。
彼女がグリード・クロウラーを引きつけてくれたおかげで、なんとか勝てたようなものだった。
だが、さすがに無傷とはいかなかったようで、顔からも腕からも脚からも、あちこち血を流している。
「ふたりとも……」
「命があっただけでも、儲けものさ。なあ、アラン」
「ですねえ」
おれと師匠は、笑いあう。
互いに手を挙げ、ぱん、と打ち合わせた。
「むう」
なぜかシェリーは、不機嫌そうに頬を膨らませた。
「おっ、妹さんは可愛いねえ」
「もうっ、エリカさん! むーっ」
「あっはっは、むくれるな、むくれるな」
師匠はシェリーの頭の上に手を置いて、金色の髪をわしゃわしゃ撫でる。
シェリーは嫌がって頭を振るが、知ったことではないとばかりに、上機嫌で撫で続けた。
「ま、これであたしはお役御免だな。あとはアリスの出番、だろう?」
シェリーが、はっとしておれと師匠の顔を見比べる。
おれは肩をすくめてみせた。
「そうもいかないんだ、師匠。あれには、いろいろと条件があって……」
「それより兄さん! どうしてエリカさんが!」
「剣筋でバレていたってさ」
シェリーは顔を曇らせる。
「ええと……あとでうちの師匠から
「うへえ、そういうの勘弁しろよ。大丈夫、誰にもいわねぇからさ」
「で、でも、国家の機密で……」
露骨にうろたえる師匠。
そういえば、昔、国とか忠誠とか、そういうのが苦手でこの町に引っ越してきた、とかいってた気がする。
「と、とにかくさ。これで終わったってことだろ」
「そうだといいんですけど……」
師匠の言葉に、シェリーがなにかいいよどむ。
そのとき、だった。
また、地震。
こんどは、さっきよりずっとおおきい。
ぼこり、ぼこり、ぼこり、ぼこり。
周囲の地面がいくつも陥没する。
そこから、ぬっと顔を出す巨大な影がある。
確認できただけで六体のグリード・クロウラーが、おれたち三人を取り囲むように出現した。
「げっ」
師匠が、心底嫌そうに顔をしかめた。
「は、はは。これはまた……」
絶望的な状況に、おれは乾いた笑い声を出す。
せめてシェリーだけでも逃がしたいが……。
「大丈夫」
だがシェリーは、強くうなずいた。
「兄さん。準備はできているよ」
「準備?」
返事のかわりに、シェリーは
おれの目の前の中空に、リアリアリアの顔が浮かび上がる。
リアリアリアは寝間着姿で、頭の上に熊耳のついたかわいらしい帽子をかぶっていた。
「王宮のぼんくらたちを、たたき起こしました」
熊耳帽子のリアリアリアが告げる。
「
※※※
今は夜、そして町に魔物たちが出現してから、まだたいした時間が経過していない。
シェリーが最速でリアリアリアと連絡をとったとしても、
「念のために、とそちら側のわたしの屋敷にとりつけておいた警報が発動しましたからね」
まさか、リアリアリアは彼女の屋敷が襲われることを想定していたのだろうか。
そうかもしれない。
なにせ、四百五十歳以上の魔術師である。
おれからの事前情報で、彼女が魔王軍に囚われることを知っていれば、そのための用心もするだろう。
そもそもの問題は、なんでこんな前線からはるかに離れた地に、グリード・クロウラーのような大型の魔物が現れたのか、ということだ。
はぐれた魔物が、たまたま?
それとも、なんらかの必然があって?
ゲームの前史についてはほとんど描写がないし、ゲームにはこんなちいさな町など出てこなかったから、判断の材料がない。
とはいえ、この町、トリアにはひとつ、ゲームに関係する特徴がある。
そう、リアリアリアだ。
トリアは、おれがこれまで出会ったなかでは、数少ない、ゲームにも出てくる人物であるリアリアリアが百年に渡り住んでいた土地なのである。
ゲーム本編において、彼女は魔王軍に囚われ、その研究は魔族たちに利用されるわけだが……。
今から五年後、魔族たちが研究を利用しているということは、ある程度、研究を理解し応用するための時間があったはず。
ひょっとして、彼女は本来、今、このタイミングで攫われるはずだったとか?
だとしたら……送り込んできている戦力は、ちょっとやそっとじゃ済まないはずだ。
現状、おれにみえている敵戦力は、リザードマンが二十体とグリード・クロウラーが七体。
そのうちリザードマンたちとグリード・クロウラーの一体を討伐した。
「兄さん、いける?」
「大丈夫だ。シェリー、いつも通り、サポートを頼む」
おれは
おれの身体が虹色の光彩に包まれる。
アランというたくましい身長百八十センチの二十歳男性から、アリスという身長百四十センチの十一、二歳にみえる可憐な少女へと変身する。
着ている服も、酒場帰りのラフな麻の服から、フリルがたっぷりついた派手な桃色のワンピースに変化した。
武器は全長二メートル以上の大剣に変化させる。
師匠の得物を思わせる武器だ。
シェリーが自分の
同時に、彼女自身は
敵の標的から逃れると共に、敵に囲まれたこの状況で配信に映らないようにするためだ。
アリスのサポートをしている人物の面が割れるのは、保安の面でもおれとシェリーの平穏の面でも危険だからだ。
師匠が、口笛を吹く。
「生アリスちゃん、可愛いねえ」
「勘弁してくれよ、師匠……」
「んじゃ、あたしは邪魔にならないところに逃げるぜ。あとは、任せた」
「ああ、任された」
師匠が拳を突き出す。
おれは、アリスの拳をちょこんと師匠の拳と突き合わせた。
「あたしと同じくらいの手だな」
「だから、余計に師匠の剣を使いやすかった」
「そっか」
師匠は、にぱっと笑う。
「あたしの剣、王都じゃ認められなかったんだ」
「前に、そんなことをいってたね」
「そんなあたしの剣がおまえの役に立った。嬉しいよ」
これまでみたこともない、爽やかな笑顔だった。
思わす見惚れてしまうう。
「兄さんの馬鹿!」
シェリーの声が耳もとで聞こえてきた。
これ、魔法でわざわざおれにしか聞こえないようにしてるな。
「じゃあな、がんばれ!」
師匠は最後の力を振り絞り、
まだ少し脚を引きずっているが、まあ彼女のことだ、自分ひとりくらい、なんとでもなるだろう。
「がんばって、アリスちゃん!」
シェリーの声が上空から聞こえた。
あ、あいつは飛行魔法も使って上空に逃れたのね。
なら、安心だ。
白い小鳥が、アリスに変身したおれのまわりを飛びまわる。
おれは小鳥に向かってカメラ目線で手を振った。
「みなさん、こんばんは。トリアという町を凶暴な魔物が襲ったと聞いて、アリスは大急ぎで駆けつけました!」
小鳥がアリスのそばから離れて舞い上がり、破壊された町の無残な光景と、蠢くグリード・クロウラーたちの姿を映す。
コメントがぽつり、ぽつりと流れていく。
コメントの数が少ないのは、あまりに急すぎて
その数少ないコメントは、アリスちゃんぷりちー、とか、アリスちゃんきゃわわ、とか。
ちなみにこれ全員、王族である。
うちの国、ほんともう駄目かもしれない。
いやまあ、この人たちが
そう、コメントの数は少ないにも関わらず、膨大な量の魔力がおれに流れ込んでくる。
王族は長年に渡り、魔力の豊富な者同士で婚姻を結んできた。
今のヴェルン王家には魔力の豊富な者が多いし、もちろん
彼らもわかっているはずだ。
これはヴェルン王国に対する魔王軍の組織的な侵攻である、と。
もはや猶予はない。
この国も、遠からず前線になるということを。
この戦いは、その試金石となることだろう。
「ミミズごときが、いつまでも偉そうにして!」
おれは駆け出す。
先ほどよりも、はるかに身体が軽い。
それでいて、どこまでも力が沸いてくる。
強く地面を蹴って、跳躍する。
衝撃で地面で爆発して、土煙が舞う。
「ちょっとおっきくて硬いだけのくせに!」
グリード・クロウラーとすれ違いざま、その頭頂部にある、緑に輝く突起部を大剣で切断する。
ちょうど
大口がばらばらになり、肉片が飛び散った。
:デカくて硬い〇〇〇がなんだって?
:はぁはぁはぁ……
:アリスちゃん、もう一回、今のお願い。ちょっとだけ、ちょっとだけだから!
重ねていうが、今、コメントしているのはうちの国の王族たちである。
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