第8.5話

 あたしはエリカ。

 いさましいちびの剣士だ。


 あたしの背が低いのは誰のせいでもない。

 でも背が低いせいで、あたしが王都でいくら活躍しても、弟子ができなかった。


 背の低い者が大柄な者に対抗するための剣術。

 そんなものは必要ないと、皆がいった。


 伝説の魔族とでも戦うのか、となじる者がいた。

 魔族とは、もう何百年も、大陸でその姿をみたことがない存在である。


 貴族も、騎士も、あたしの剣に習う価値なしと断じた。


 あたしは失意のうちに王都を去り、旅に出た。

 旅のなかで、好きな男ができて、その男が住む町に定住することになった。


 トリアという小さな町だった。

 あたしはそこで、不思議な子どもに出会った。


        ※※※


 アランという十歳の子どもが、あたしに弟子入りを希望してきた。


 当時は、あたしより小さな小僧だった。

 でも、すぐあたしなんかよりずっとおおきくなるだろう。


「あたしの剣は、あたしみたいな子どもが大型な大人と戦うためのものだ。いまのあんたにはよくても、背なんて数年で伸びるぞ。その頃には、あたしの剣を習って失敗だった、って思うようになる」


 せっかくの弟子入り希望者に対して、あたしはそんな言葉を投げつけた。


 お金には困っていなかった。

 結婚して、夫となった男はそこそこ金を持っていたから。


 金にならない道場を開くことも許されていた。

 結婚する前、行商人だった彼を山賊たちから救った剣、それを受け継ぐ者ができたら素敵だね、と夫はいっていた。


 実際のところ、あたしの剣はあたし一代で終わると思っていた。


 こんなもの、あたしみたいな小柄な女にしか必要がないのだ。

 存在する価値がないのだと、そう思っていた。


 アランはまっすぐに、「その剣がいい」といった。

 彼に懇願されて、あたしは初めて、弟子をとった。


 アランは、練習熱心な小僧だった。

 なにかにとりつかれたように修練を積んだ。

 そうしなければ死んでしまうとでもいうかのように。


「魔族や魔物とでも戦うつもりか?」


 いちど、冗談でそう訊ねた。

 十二歳になった小僧は、真顔で、「この剣なら、魔族や魔物を斬ることができるでしょうか」と返してきた。


 でもそれは、子どもが伝説の英雄の物語に夢中になるようなものだと思っていた。

 まさか、本当に魔族や魔物が現れて、彼がそのときのために、それに特化した技術を磨いていたなんて、夢にも思わなかった。


「あたしなんかの剣で、英雄になれるわけがないだろう」

「師匠の剣がすごいことは、おれがよく知っていますよ」


 アランはそういって笑った。


「いつか、おれが証明してみせます」


 アランのあとに、何人か弟子ができた。

 いずれも女の子だった。


 女子の護身術としては優れている、というのが、あたしの道場の評判となった。

 歳月が経過した。


        ※※※


 あるとき、領主の屋敷のすぐ外に設置された王国放送ヴィジョン端末に映るアリスの剣をみて、すぐにわかった。

 あれは、あたしの剣だ。


 でも、あたしよりずっと鋭い。

 あたしよりずっと、魔族や魔族との戦いに特化して磨き抜かれている。


 身体にまとう魔力の差もあるだろう。

 それがどういうものか、アランという弟子が彼の妹と行っていた特殊な訓練のことを思い出した。


 すべてが繋がっていたのだと、そのときようやく理解した。

 最初から、アランはここを到達点としていたのだと。


「なんてやつだ」


 全身が震えた。

 あたしは、アリスの活躍を食い入るように見守った。


 アリスの正体がアランだと、叫びたかった。

 町中の人に、あれはあたしの剣術なのだと教えたかった。


 でも、それはきっと駄目だ。

 それくらいは、あたしにでもわかる。


 アランがあんな姿で戦っていることには、きっと意味がある。

 彼が正体を隠している以上、あたしがその邪魔をするわけにはいかない。


 だから、待ち遠しかった。

 いつか、彼が町に帰って来る日が。


        ※※※


 アランが町に戻ってきた日の夜。

 町は魔物に襲われた。


 家々が倒壊する。

 人々が悲鳴をあげて逃げ惑う。


 数多の財貨が魔物の巨体に砕かれた。

 何人もの民が、魔物の巨体の下敷きとなった。


 にもかかわらず、あたしは……。


 喜んでいた。

 歓喜して、魔物と戦っていた。


 騎士の矢が弾かれる。

 あたしの剣でも、ろくに攻撃が通らない。


 少しでも油断すればあたしの命も危うい。

 だというのに、笑みがこぼれてしまう。


 アランが、蜥蜴男どもを駆逐していく。

 そして、彼がグリード・クロウラーと呼んだ魔物を、ただの一撃で屠ってみせる。


 力を、魔力を、一点に集中させて、大物を駆逐する。


 あたしの剣技の極地だ。

 彼は、それを為してみせた。


 いま、このとき。

 あたしの目の前で、あたしの剣が完成したのである。


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