第4話

 おれの名前は、アランである。

 現在、二十歳。


 断じてアリスではない。

 そのはずだ。


 でも最近、ちょっとアリスとして振る舞うのも悪くないかなあって思うんだよ。

 どう思う、リアリアリアお姉ちゃん?


自己変化の魔法セルフポリモーフで長時間、翼や尻尾を生やしていると、いつしかそれが普通に感じるようになるそうですね。性転換も、同じなのかもしれません」

「知りたくなかったそんな副作用……」


 慌てて自己変化の魔法セルフポリモーフを解除して男に戻ったおれは、頭を抱えてうずくまる。


 任務から一時帰還して、王都につくられたリアリアリアの研究塔に寄ったときのこと。

 おれはこれまでのことをレポートで提出したうえで、彼女と軽い雑談を交わしていた。

 さっきまではアリスの姿で。


「じゃあ、アリスの姿だと敵を煽っちゃうのも?」

「それはあなたにメスガキ適正があるからでは?」

「マジレスはやめて」


 リアリアリアとおれは、この数年間でだいぶ打ち解けていた。

 おれの前世の記憶、という秘密を共有していることがおおきい。


 リアリアリアは、たびたびおれの記憶を覗き、前世の発展した技術やらなんやらを知りたがった。


 その結果、ヴェルン王国にはアイドルが誕生したり、王国放送ヴィジョンシステムがちょっと妙な方向に発展したりしている。


 それがまわりまわって、大陸の将来のために、ひいてはおれのためになっているから、まあいいっちゃいいんだが……。


「男性が偶像化された女性になり耳目を集める職業、ばびにく、ですか。興味深いですね」


 リアリアリアは、口癖のように「興味深い」といってはおれから更なる前世の情報を聞き出そうとする。

 知識欲が旺盛すぎるといえば、まあ聞こえはいいのだが……。


 あとバ美肉は職業ではない。


「男性と男性の恋愛について、あなたがたの文明はたいへん深く掘り下げているのですね。興味深いです」


 腐った方面にも食指を伸ばしてみたり。


「ねずみこう、ですか? それについてもう少し詳しく思考してくださいますか。実に興味深い」


 たいへんよくない方向に関心を抱いてみたり。


 ねずみ講とか腐った本とか、魔王軍との戦いに全然関係ないよな!


「人は生きるために生きるにあらず、生を実感するために生きる。古の賢者の言葉です」

「ああ、いってることはわかりますよ。生き甲斐が必要ってことですよね。でも、今は魔王軍の対策を優先させませんか」

「わたしにできることは、おおむね終わっていますから」


 リアリアリアのいう通りだった。

 おれが二十歳になった時点で、王国放送ヴィジョンシステムはヴェルン王国中に広まっている。


 特殊遊撃隊として、魔王軍とおれ・・が戦う様子を王国放送ヴィジョンで映し出した結果、予想をはるかに上まわる螺旋詠唱スパイラルチャントを獲得できることが実証された。


 先日の砦の戦いでは、最終的に、少しスパチャが余ってしまった。

 その余剰分は、シェリーが逃げた魔族と魔物を狩り立てるために活用したのだが……。


 余った螺旋詠唱スパイラルチャントを電池のように蓄積できる装置の開発が待たれる。


 アリス隊以外の特殊遊撃隊の創設も検討されていた。

 問題は、おれとシェリーのように多量の魔力譲渡が可能なコンビはなかなかいないことである。


 王国放送ヴィジョンシステムの運用と戦闘をひとりで同時にこなすのは、いささか困難であった。

 現状、シェリーのような中継に徹する魔術師が必要で、その魔術師から魔力を受けとれる、対魔族、対魔物戦闘に長けた者を訓練、配備するというのは一朝一夕にはいかないのだという。


 おれの場合、何年もかけてシェリーから魔力譲渡されてきたおかげで、普通の騎士なら魔力過剰で即座に昏倒するほど膨大な螺旋詠唱スパイラルチャントを受けとることができるようになっていた。

 同じことができる者を増やすため、現在、王国は懸命になって候補生を訓練している。


「あなたの記憶では、この国は王国放送ヴィジョンシステムを本格的に普及させる前に陥落したのですよね」

「そのはずです。そもそもゲームの開始は今から五年後ですけど、この国まで魔王軍が侵攻してくるのに一、二年はかかるでしょう。この国とあとふたつの大国を攻め滅ぼすのに、五年は少々、足りない気がします」


 そしてこのヴェルン王国は大陸の中央南、くらいの位置。

 ゲームが開始するのは、大陸の東端の国に魔王軍が攻め込むタイミングである。


 それとも、なんらかの加速要因があるのだろうか。

 どこかにおれの見落としがあるだろうか。


「必要以上に思い悩んでも仕方がありません。それより、あなたの記憶から発掘した、このショウギでも遊びませんか」


 リアリアリアはおもむろにテーブルの下から木彫りの将棋盤をとりだした。

 コマはこの国の伝統的なテーブルゲームの名称に置き換わっているが、ルールは完全に将棋だ。


 王国の職人につくらせたのだという。

 近々、本格的に売り出すのだという。


 すでに王家や公爵家には試作品を配り、たいへんな好評なのだとか。


「おれ、将棋は苦手なんですけどねえ」

「こんぴゅーた、のゲームはさすがに再現できませんから」


 おれの返事を待たず、リアリアリアはコマを並べ始める。

 現状、あまりこのゲームを遊んでいる者がいないうえ、その数少ないプレイヤーも大半は王侯貴族、おえらいさんである。

 気楽にゲームを楽しめる相手に飢えているようだ。


 仕方がない。

 一局、つき合うことにした。


 と、騒々しく塔の階段を駆け上がる音が聞こえてくる。

 扉が乱暴に開く。


「あーっ! 師匠、兄さん! まーた、ふたりきりでいちゃいちゃしてる!」


 リアリアリアの書斎に大声が響いた。

 わが親愛なる妹、シェリーが用事を片づけて戻ってきたのだ。


 ちなみにおれの前世云々を知っているのはリアリアリアだけだ。

 王国放送ヴィジョンシステムは、すべてリアリアリアの発案ということになっている。


 シェリーはおれが王国放送ヴィジョンシステムをリアリアリアに売り込んだことを知っているが、そのあたりは「ただの騎士の息子のおれが前に出ない方がうまくいく」として、黙ってもらっている。


 で、そのシェリーであるが。

 なんかここ数年で、いっそうブラコンをこじらせているような気が、そこはかとなく……。


「わたしは触媒の発注で忙しかったのにーっ」


 ぷくーっ、と頬をふくらませておれとリアリアリアを睨むシェリー。


「わたしたちも、ついさきほどまで打ち合わせをしていたのですよ。それにシェリー、あなたはこういったテーブルゲームが苦手でしょう?」

「うう、カードゲームなら……」


 シェリーは完全情報ゲームが苦手だ。

 サイコロや手札で運がかかわるようなゲームはけっこう好きで、実際にそこそこ上手く立ちまわる。


 対して師匠のリアリアリアは、運がかかわるゲームだとなにかと不運である。

 複雑な完全情報ゲームである将棋が好きになるのも、わかろうというものだった。


「せっかく久しぶりに三人なんだし、サイコロ振るゲームにしようよ! ね、ね?」

「嫌です。よろしいですか、愛弟子。サイコロなんて何度振っても一と二しか出ない欠陥乱数発生機ではありませんか。あんなもの、なにが楽しいのだか……」


 リアリアリアの場合、これは本当にそうなのだ。

 悪い目ばかり出る。

 ちなみに、一が成功で六が大失敗のゲームをやらせると、六ばかり出す神業の持ち主でもある。


「うーっ、兄さーんっ」

「シェリーももう十五なんだから、少しは師匠に合わせてやれよ」

「うーっ、うーっ」


 下唇を突き出して、牛のように唸るだけになった親愛なる妹。

 それを放っておいて、おれとリアリアリアは駒をぱちん、ぱちんと打ち合わせた。


 まあ、おれがすぐに負けるんだけどね。

 さすがに四百五十年の年の功か、彼女はまたたく間に将棋というゲームのコツを理解してしまった。

 それこそ、おれなんて遠く及ばないくらいの領域に。


「心配しなくとも、しばらくはゆっくりしていられますよ」


 リアリアリアはまだスネているシェリーにそう言葉をかける。

 幼いころに弟子入りした彼女は、今やリアリアリアにとって娘のようなものであるようで、なにかと気にかけてくれていた。


「修行の方はいいですから、数日は家族でゆっくりしなさい」

「いいんですか、師匠!」


 シェリーは目を輝かせる。


「実家にも、ずいぶん顔を出していないのでしょう?」


 それは、そうなんだけどな。


 この王都は、実家のある町から馬車で七日の距離にある。

 おれとシェリーの場合、ふたりで飛んでいけば半日だ。


 リアリアリアが王都に引っ越してからは、当然、弟子のシェリーも師匠についていった。

 おれもシェリーの保護者という名目で王都入りした。


 螺旋詠唱スパイラルチャントシステムと王国放送ヴィジョンシステムの開発、実験の関係で、ここ数年はほとんど実家に戻れていなかった。

 たしかに、一度、両親に顔をみせる必要があるかもしれない。

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