第3話 天使のお仕事
フェリエルが家に来てから2週間、彼女もかなりこの生活に慣れてきた。背中の羽がないので一見普通の女の子に見える。自分の家に女子がいる生活。冷静に考えると信じられない光景だ。今までそう言う事は妄想でしか有り得なかったのだから。
基本、彼女とは食事の時くらいしか接点はなかった。俺も彼女も個別の部屋があるので、普段はお互いに自室にこもっていたからだ。
いくら見た目が女の子でもフェリエルは天使。色々聞きたい事もあったりはしたものの、話しかけるきっかけがなかった。また、そう言う事を聞いてもいいのだろうかと言う葛藤もあった。
日曜日、目覚めた俺があくびをしながら台所に向かっていると、珍しく彼女がリビングのソファに寝転がっていた。この家にも慣れてきたと言う事なのだろう。
「おはよ。結構早起きになってきたじゃん」
「おはようございます。はい、この世界にも馴染んできましたので」
「それは良かった」
簡単な挨拶をしてすぐにこの場を去る予定だった。でも、フェリエルの様子を目にしてピタリと足が止まる。何故なら、彼女が見慣れない本を読んでいたからだ。
「何読んでんの?」
「これは……神様の言葉を記したものですね」
「聖書みたいな?」
「そうそう!」
フェリエル目を輝かせながら俺の顔を見る。よっぽどその本が好きなのだろう。聖書のようなと言った比喩も気に入ってたみたいだ。
しかし、よく考えると何故彼女がそんな本を持っているのだろう? その手の本はこの家にはなかったはずだ。チラっとページを覗くと、日本語じゃない不思議な記号のようなものが並んでいる。天使語とかそう言うアレだろうか?
「その本、どこにあったの?」
「私が元から持っていた本です。読みます?」
「いや、読めないよ」
「あっ、ごめんなさい」
俺の表情を目にしてフェリエルも分かったようだ。自分が今読んでいる本が特別なものだと言う事を。何となく気まずい雰囲気がリビングに漂ったものの、彼女はまた本に目を移して読書を続ける。
今なら天使の事を聞けるのかもしれない。俺はタイミングを見計らって声をかけた。
「何で落ちてきたかは思い出せた?」
「ごめんなさい。その辺りはまだ記憶がハッキリしていなくて」
「そっか……。いやほら、原因が分かったら対処出来るかなってそう言うアレでさ」
「お気遣い、有難うございます」
フェリエルはいつものエンジェルスマイルで俺を気遣う。天使だけあって、その優しさは俺の心を暖かく満たしてくれた。天使はみんなこんなに優しいのだろうか。きっとそうなんだろうな。天使だもの。
そんな訳で、好奇心の赴くままに質問は続く。
「あのさ、天使っていつもはどう言う事をしてるの?」
「え?」
「えっと、仕事って言うか……そう言うアレ」
フェリエルは本を閉じると、俺の目を真っ直ぐ見つめてきた。天使だけあって、その美しさに目を奪われてしまう。そして天使らしい真面目な返事が返ってきた。
「私達天使の仕事は、地上の人々の生活をサポートする事です」
「君もそう言うのを?」
「私はまだ子供なので、仕事をする成人天使のサポートをしていました。だから直接人間に関わったのは今が初めてです」
「へぇ~」
言われてみれば、目の前の美少女天使は確かに見た目俺と同じか、もう少し幼いように見える。天使の成長が人間と同じなのか別のシステムなのかは分からないものの、年齢に関する話題はデリケートのような気もしてきた。
なので、この話題はこれ以上深掘りしない方がいいだろう。と言う訳で、質問を変える。
「天使の住む世界って、空の上にあるってマジ?」
「次元階層が違うので物理的に空の上と言う訳ではないです」
「天使って性別とかあるの?」
「ありますよ。私は女性です」
物語に出てくる天使には女性のイメージが強いけど、やっぱり男女いるようだ。そう言えば、子供の天使は男の子のイメージだよな。物語の天使と実際の天使はまた違うものかも知れないけど……。
会話がスムーズに進んでいたので、俺は更に話を続ける。
「どうして羽を触ったら消えてしまったんだろう?」
「この世界と同化してしまうからです」
「天使って神様に仕えてるんだっけ? やっぱ神様っているの?」
「いますよ。神様によって私達は生かされていますから」
うーむ、やはり神様はいるっぽい。そりゃ天使が実在しているんだものなあ。神様もいなくちゃおかしいよなあ。神様の話題を出したところで、彼女の目は輝き、心なしか鼻息も荒くなったように感じる。天使だけあって、神様には特別な思い入れがあるみたいだ。
でも天使って神様の直接的な部下みたいなイメージがある。今度はその辺りを聞いてみよう。
「天使って種族的なものだよな。自由はないんだ?」
「確かに人間に比べたらないかも知れませんね。でも不満とかはないですよ」
フェリエルは天使の生活を全肯定する。そりゃ天使だから当然かも知れない。不満があれば天使を辞めて堕天使になっていただろう。そう言う意味で言えば、そこそこ自由な気もしてきたな。
じゃあ今度はその辺りを深掘りしてみるか。
「堕天使って元は天使ってマジ?」
「天使に生まれて天使の生き方が出来なくなったらそうなりますね」
「じゃあ、悪魔って全員が元天使?」
「いえ、元から闇の者もいます」
悪魔の話題に移ってからは、彼女の表情が深刻なものになる。あまり触れてはいけないような話題なのだろうか? まぁ天使の天敵だし、心地良い話題ではないのだろう。天使の実在は、神の実在と悪魔の実在を同時に証明している。
好奇心は猫を殺すと言うけれど、俺はもっと悪魔についても知りたくなってしまっていた。
「つまり、悪魔もいるんだよな。やっぱり天使は悪魔と戦ってんの?」
「悪魔には悪魔の役割があります。なので、基本静観と言うのが私達のスタンスです。ただし、やりすぎたらそれを止めるのも天使の役目です」
「悪魔は怖い?」
「怖いです。私は未熟なので」
フェリエルはそう言うとさらに暗い顔になる。震えているのかも知れない。そんな表情を見ていたらこれ以上は無理だなと、悪魔の話を止める。
そして、何となくこの場にも居づらくなってしまった俺は自分の部屋に戻ったのだった。
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