第24話 命日

『ミーンミンミン』とセットしてないはずの目覚ましが鳴り続ける。蒸し暑い気温で最悪の目覚めをした。季節は夏、あの日と同じ夏が来た。


「……最悪の目覚めだ」


大の字で寝ていた蓮はそのまま体を動かさず、ただ天井を見つめていた。

何分か立ち、のそのそ体を起こして朝飯を取りに下へ向かった。


夏休みではあるものの、店は今日とて開店している。だから朝の挨拶をする相手はどこにもいない。パンと牛乳を取り出し、テレビをつけて黙々と口を動かす。


なんの華もない朝食を食べ終える。

いつも通りならもう一度ベットに入って二度寝をするところだが、今日は違う。

奈々の命日の一日前だ。

九条家と被らないように、毎年一日ずらしている。


制服に着替え、顔を洗い歯を磨き、家を出た。

サッカーボールを持っていこうか迷ったが、結局やめた。

墓場までは少し距離がある。だからあまり使わないチャリを引っ張り出し、ギシギシと音を鳴らしながら漕いだ。


途中のコンビニで奈々が好きなmeijiチョコレートを二つ買い、墓場の前にある花屋で花を買った。


「随分逞しくなったねぇ」


花屋のおばさんがそう声をかけた。

奈々が死んで最初の年はここには来れなかった。やっと来れたのは二年目に入ってから。

その時の印象が強かったのか、こうしておばさんは蓮のことを覚えている。


「まあ、もう高一っすから」


「それもそうだ」


ガハハはははと盛大な笑いをおばさんは飛ばした。この人は全く変わらない。


同じような墓が並んでいる。

水場で水桶に水をくみ、柄杓ひしゃくを持ち、雑巾をとる。そして蓮は迷うことなく奈々の墓まで向かった。


定期的に葉月家が会いに来ているのか、奈々の墓は綺麗に保たれている。


「綺麗だけど、まぁやるか」


そう独り言を呟く。

水を墓石に流し、雑巾で丁寧に拭く。

それをしているだけでも涙が出そうになる。

もう5年ととるか、まだ5年ととるか。

蓮の奥底はまだ立ち直ってはいない。


零れ落ちそうな涙を袖で拭い、ゆっくりと拭き続ける。太陽の光が綺麗に墓石で反射し、蓮は手を動かすのをやめた。


花を添え、線香を立てて火をつけた。

この匂いはあまり、好きじゃない。

でも、思い出が蘇る。だから嫌いじゃない。


蓮は墓石の前に座って二つのチョコレートを開けた。ひとつは奈々に渡し、もうひとつは蓮が噛じる。


『久しぶりだな。』

『まだ立ち直れてはねぇみたいだ、俺。』

『だから一年に1、2回来るのが限界だ。』

『今年、おれは高校に上がったよ。』

『花蓮は今年で中三で美波は小五だ。』

『何とか勉強やって中卒にならずに済んだぜ。』

『花蓮とも上手くやれてるよ。』

『奈々が生きてた時より喋ってるぜ。』

『お前が見たら喜ぶんだろうな…。』


チョコレートを噛じる。

もう、涙は出ている。

涙は頬をつたい、口の中に入る。

チョコレートが少ししょっぱく感じる。


『明日は花蓮たちが来るから言ってやってくれよ。もうちょい優しく叩けって』

『中学の時までは花蓮目覚ましがあったからよ、今全然起きれねーんだ』

『そーいえば小学校の時も痛かったな。お前が叩いてたよなあれ』


たわいもない事を沢山話した。

返事は返ってこない。

それでもいい。

この場所で、本来するべきだった話をできるのだから。


いつの間にかチョコレートは一欠片になっていた。それを口の中に放り込み、ゴミをぽっけの中に突っ込む。


「それじゃーな、また来るよ」


そう言って手を合わせ、水桶を持った。

涙を拭き、次こそは笑って話せるようにと。

そう心に、奈々に願いながらその場を後にした。


◇◇◇


お母さん達がよく話していた。

「蓮くんも一緒にこればいいのにね」と。

何となく勘づいてはいた。

あいつは一緒に来ないだろうと。

変なところで変な気を回すやつだから。


──そしてまだ、自分のせいだと思っているから。


墓石が沢山あるこの墓だ、隠れる必要は無い。

墓石の間柄から見える蓮は多分…泣いている。

何度も目を擦り、長い間奈々姉の前に座っている。


何度もそこに行こうとして止まる。

奈々姉がいなくなっても、あの二人は結ばれている。私が邪魔することは許されない。


蓮のことは、奈々姉がいなくなってからどんどん分かるようになった。すっごい不器用なところ。不器用な優しさがものすごく分かりにくいところ。我慢は得意だけど限界はあるというところ。


奈々姉がいなくなってから、限界を越えることが増えたと思う。多分、いや絶対にまだ蓮は立ち直れていない。退院して初めて中学に行った時と何も変わっていない。もう六年、まだ六年。蓮はあの時から変われない。


蓮が立った。

目を擦り、水桶を持ってこっちに向かってくる。色んなことを考えていたせいか全く体が動かなかった。初めて、墓場で蓮に会った。






















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