第21話 制服のボタン
時は流れ3月1日、卒業式が終わった。
在校生と保護者は
先にグラウンドへ出て、卒業生を待っている。
周りには泣いている子もいる。
だいたいが女子で部活の先輩やら彼氏やら。
花蓮は違う。別に先輩にそんな関わりのある人なんていないし、いるとすれば近所の幼なじみ。卒業してもしなくても、どっちにしろ顔を合わせる事になる。
卒業生が出てきた。
全員で花道をつくり拍手が鳴り始めた。
花蓮も同じように拍手を始めた。
知らない人がズラズラと歩き去っていく。
たまに見たことはあるような人や、サッカー関係での知り合いは見かけるけど声をかけるほどでもない。
前の方で人だかりが出来ていた。
「何、なんかあったの?」
「制服のボタン貰ってるんじゃない?」
あー、と制服のボタンになんの意味があるのかと思いながら止まってる行列を見ていた。
やっと動き出したかと思えば、一人前を全開に開けて堂々と歩く男が見えた。
「おっす花蓮!これみてくれ!」
蓮が何やら自慢げに話しかけてきた。
見せびらかしているのは第二ボタン以外全部取られた制服だ。案外蓮はモテてたらしい。
「使いもんになんないじゃん」
「そーゆー事じゃねぇよ」
どうだ羨ましいだろ?と何度も自慢げに言って、満足したのかまた花道をルンルンで歩いて行った。
「モテモテだねー」
「みんな見る目がないんだよ」
「そー?でもかっこいいとは思うでしょ?」
「思うわけないじゃん」
幼なじみってそんなもん?と
そこからは写真撮影が始まり、またもや蓮のところには人だかりが出来ていた。
◇◇
「蓮ちゃん卒業おめでとー!!!」
その日の夜、卒業祝いは食事処九条で開かれた。さすがに花蓮も駆り出され、いつもの客で賑わっている。
「蓮ちゃんボタンほぼ無くなったんだって?」
「やるなぁ…この色男め!」
もう完全に酔いが回っている酔っ払いの中で蓮も大いにはしゃいでいる。
「ったりめーよ!この俺がモテないわけがない!」
ジンジャーエールを一気にクビっと飲み、ゴンッとテーブルに置いた。妙に今日はテンションが高い。中学に入ってから1番と言えるほどに。
「お!いい飲みっぷり!」
「こりゃ将来が楽しみやな」
負けじと飲んだくれ達も喉の音を無駄に立てて
ジョッキを空にする。黒い髭に白い髭が合わさっている。
「蓮くんは仲瀬に決まったのか?」
ビールをもう一杯頼み、焼き鳥を食べながら聞いた。
「んや、まだ入試終わってないから。でもまぁ行けるっしょ」
「ぶははははは!大した自身だな!」
愉快そうに笑って運ばれてきたビールにすぐ口をつけた。まだ始まったばっかりだと言うのにもう机の上には空ジョッキが何杯も置いてある。
「花蓮ちゃんはもう志望校決まってんのか」
「ううん、まだ」
枝豆を食べながらそう答えた。
みんなのようにやけにテンションが高い訳でもなく、ちまちまと机のご飯を食べている。
「まあ、花蓮ちゃんは頭いいからなぁ」
「そうだなぁ」
どんな話をしても飲む食べるのスピードは緩まない。全くどんな胃袋をしているのか…。
しかしどんなに酔っ払ってもこの人たちは口を滑らせない。蓮と花蓮のサッカーの話に関しては一切話題に出さない。それは二人がいない時でも一緒だ。この店でサッカーの話はいつの間にか禁句となっていた。誰かが言い始めたことではなく、全員が空気を読んだのだ。そんな中、初めてその禁句を破った。
蓮はジュースの入っているジョッキを片手に花蓮の向かい側の席に腰を下ろした。
「花蓮、お前サッカーどうすんだ?もう俺だって卒業したんだしそろそろやり直したらどうだよ」
一瞬、ほんの一瞬だけ場が凍りついた。
しかしその空気はマズいと悟り、全員が当たり障りもない話で何とかして場を保った。
今この話をするのはこの二人だけだ。
他は聞こえないふりをしてほかの話を始めた。
「分かんない、女子サッカー部人数少ないし」
「お前が入ればギリ11人足りるだろ」
「てゆーか、もう受験だし」
一瞬、蓮がじっと花蓮の目を見た。
目の奥を見ようとしてるその目から花蓮は逃げた。
「ま、それもそうだな」
ゴクリ、と音を鳴らしてオレンジジュースを飲んでおばさんが持ってきたチャーハンを二人揃って食べた。
黙々と食べてると蓮がまた切り出した。
「おまえ、なんでそんな不機嫌なんだよ」
「不機嫌じゃないし」
「絶対不機嫌だって」
「ちがうし!」
残りのチャーハンをかき込んで蓮を睨みつけた。
「…やっぱり不機嫌じゃん。なぁおじさん?」
「さぁーねー」
不機嫌の花蓮に触れないでおこうと判断したおじさんは知らんぷりをして酒を飲んだ。
◇◇◇
「みんなありがとなー」
卒業祝いはお開きとなり、外にいるみんなに蓮は手を振った。酔っ払いは何やら爆笑しながらタクシーの中で手を振っている。美波たちも手を振りながら家の方向へ向かっていった。
そこで一人いないことに気づいた。
「みなみー」
先頭を歩いていた美波は「んー?」と振り向いた。
「花蓮はどこ行ったんだ?」
「知らなーい」
もう家帰ったんじゃない?と言いながらまた家へ突き進んでいった。美波は眠くなるとすぐに家に帰ろうとするのだ。
帰んの早すぎんだろ、と思っていると美波の後ろを歩いていたおばさんが言った。
「あれ?花蓮なら蓮くんの部屋に貸した本があるとか言って取りにいったけど…」
「あー、借りてたような気もする…」
にしてもだ、部屋の主に一言いうべきだと思うんだ俺は。なんで不機嫌だったのかも結局わかんねーし。昔からあいつは難しいやつだ。
「おーい、かれーん」
階段を登りながら名前を呼んだ。
蓮の部屋はドアが開いていて中の明かりが暗い廊下に漏れている。
「おい花蓮、部屋入んなら一言いえよな」
そう言って中に入ると花蓮は一枚の写真とボタンに目を向けていた。その横顔はどこか安心したような、それでも悲しそうな表情を写していた。
「どうした花蓮」
「良かった」
「どーゆーことだ?」
花蓮は何も返してこなかった。
結局一回も正面からの表情は見えず、本棚に入っていた本を一冊抜いて何も言わずに部屋を後にした。
花蓮の見ていた写真を見る。
小さな写真立てに入っているのは小さい頃に取った奈々との写真。そこに蓮の制服のボタンが置いてある。
「良かった、か」
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