第19話 幻想

終わりを告げるチャイムが鳴った。

覇気のない挨拶が飛び交い、部活に行ったり帰路に着いたり。


花蓮は後者の方。

今日は職員室の方へ寄ってから帰路に着いた。


我が家へ入る前に九条家に寄った。

店の方へ一声かけて蓮の部屋に向かう。

ドアは半開きで中からは何の物音もしない。


花蓮が入ってきた事にも気づいていない様子でピクリともしないで左を向いて寝ている。

カーテンが閉まって少し薄暗い部屋の電気をつけた。それでも蓮は動かない。


眩しいだろうとやっぱり電気を消した。

何となくドアを閉めてベットに近寄った。

カーテンをしめきり電気もついてないと言っても、隙間から太陽の光は入ってきている。


「水、もうないや」


聞こえていないだろう言葉を呟き、机の上にある空のコップを持ってリビングに向かった。

リビングも誰もいない。

カーテンは開いているけど、少し暗い。


冷蔵庫から水のペットボトルを出して入れる。

キンキンに冷えた水はコップと手を冷たくする。


右手を冷たくしたまま部屋に帰った。

さっきと景色は殆ど変わらず、違うのはコップに水が入っていることだけだった。


ベットの傍らに腰をかけると汗をかいているのが見えた。花蓮は鞄からハンカチを取り出し、コップの水を少しつけて額と首の汗を拭いた。


これには少しだけ反応をして、表情を少しだけ動かした。


「蓮?起きてる?」


言葉にならず音だけで返ってきた。

徐々に目を薄っらと開き、目が合った。

しかし、そこに花蓮は写っていないように焦点が合わない。


「奈々……?」


そう言った。

目をしっかりと開き見ている。

幽霊でも見るかのように。

私たちは幽霊でもいい、もう一度一緒にいたかった。その奈々姉を蓮は今、見間違いでも見ている。


ガバッと身体を起こし、奈々の両肩を掴んだ。


「──久しぶり、奈々」


何も返事はしない。

それでも良かった。

蓮は今会えている、もう会えることの無い命と。


声はどんどん上ずり、頬に汗ではない雫を垂らす。


「良かった…本当に、良かった…」


勢いよく抱き寄せ、ちから強く抱きしめた。

『本当に良かった』あの日、あの病院で、言えなかったこの言葉を、今心の底から唱えている。


大粒の涙を流し、鼻をすする。

力はどんどん強くなって、奈々と花蓮の身体を締め付ける。


蓮と奈々姉の愛の重さを感じた。

あの日から溜まっていた愛が、幻想でも今放たれた。


病院にいる時、何度も叫び声が聞こえた。

聞いた事もないような悲鳴が響き渡った。

お父さんとお母さんが私たちを待合室に座らせて、走ってその声の元へ向かっていた。


内緒で後をつけて行った。

近付けば近づくほど、耳を塞ぎたくなるような叫び声が強くなった。


病室にはおじさんおばさん、お父さんお母さん、そして先生達が一人の子供を抑えていた。


───蓮だった。


ベットはガダガダと震え、心臓を突き刺す声が響いた。

恐怖を感じ、花蓮は逃げた。

あの悲鳴を聞くのは、奈々姉を失ったことを確信づけるものだった。

涙を流して、外まで逃げた。

あの悲痛な叫びが聞こえないところまで、どこまでも逃げた。

それでも逃げきれない。

あの声は生涯忘れることの無いほどに心臓に植え付けられた。



溜まっていた愛を感じた。

どのくらいこのままなのか分からない。

力は弱まってきたがそれでもまだ強い。

ずっと涙を流して『良かった』と言っている。


泣き疲れたのかどんどんと力が弱まってきた。

身体を完全に花蓮の胸に預けている。


「──ごめん」


最後にそう言い残して、眠りについた。











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