第16話 面影

目覚まし時計も花蓮も起こしに来ない。

今日は土曜日、まだしばしばする目で時計を見れば時間はとうに12時を回っていた。


寝すぎてだるい身体をベットから剥がした。

ノロノロと歩いて下に向かえばラップのしてある目玉焼きとベーコンがある。


蓮はレンジで温める事もせず、ひんやりとした目玉焼きを一口で詰め混み、食パンにベーコンをくるんで三口で食べ終わった。


洗面所で歯を磨き、店の服に着替えてガヤガヤとする方へと向かった。


「遅いわよ蓮」

「あー、思ったより寝ちまった」

「早く厨房入ってきな」


飯を運びながら母さんが言った。

厨房の方には親父が一人、黙々と注文された飯を作っていた。


「お、やっと起きたか蓮。今結構立て込んでんだ、炒飯三人前作っといてくれ」


「おー」


休日の昼間は結構な人数がこの店に出入りする。親父と母さん二人でも回せなくもないが、人数が多いに越したことはないと暇をしている蓮が駆り出されるようになった。



昼間のピークを越えて一段落を終えた。

店の椅子に体を預けてだらりとする。


「ったく多すぎるぜ…」

「良いことじゃない」

「そりゃそうだけどよ……」


疲れきった体が机に吸い込まれていく。

机に突っ伏すように倒れ込み目を閉じた。

それと同時に「できたぞぉ」と親父が昼飯を運んできた。


暖かいチャーハンをゆっくりと食べた。

親父と母さんはまだ仕事中だからと言って食べ物を口にはしない。

この時間帯はあんま客がこねーから気にする事ねーのに。謎のプロ意識ってやつだ。


そんな事を思っていれば、フラグと言うやつか客が扉を開けた。


「「いらっしゃーい!!」」


ドアベルがなると同時に親父たちは声を揃えた。この時間帯には珍しいせいか、いつもより少し遅かったかもしれない。いや、俺の勘違いかもしれんが…。


客は二人、花蓮と美波が入ってきた。


「何かようか?」


チャーハンを頬張りながら花蓮を見た。


「ご飯食べに来たに決まってんでしょ」

「ご最もで」


呆れた顔をして花蓮と美波は蓮の隣の卓に座った。


蓮がお構い無しにチャーハンをかきこんでいると何やら隣から視線を感じた。

気のせいだ、そう思いながらも目だけを動かして隣を見た。


「…何だよ」


どうやら気のせいではなかったらしい。

無言の圧で蓮の方を見ているのは花蓮だ。

隣の美波はその花蓮を見ている。


「それ、美味しそうね」


花蓮の言う『それ』とはもちろん蓮が食べているチャーハンの事だ。


「ん?これ欲しいのか?」

「そうよ」


何だそういう事か、と蓮はそう思い食べていたチャーハンを花蓮の方に持っていった。


「少し多かったからまだ全然残ってるぜ」


「「「……」」」


花蓮は蓮から視線を外してチャーハンへ。

親父、母さん、美波は視線を蓮へ。


「何だよ食べないのか?」

「……」


花蓮は無言のまままだチャーハンを見つめている。隣の美波は席を立ちこっちに寄ってきた。


「どうした美波」


そう聞くと、ポンポンと蓮の肩を叩き首を振った。何だと周りを見れば親父も母さんも同じように首を横に振った。


「な、なんだよ!」


静かにドアベルを鳴らして出ていく美波にすがるように言う蓮は凄く惨めに見えただろう。


親父も母さんも気づかれないよう、そっと厨房に消えていった。


「ったくなんなんだよ……」


頭をぽりぽりと掻きながら消えていった三人の残像を見た。

すると『ガタッ』と椅子からもう一人が立ち上がった。


「お前までどうしたんだよ…って」


肩を押して椅子に座り直させようとしてもなかなか折れない。


「な、なんだ?何にそんな意地になってんだよ」


本当に何もわかっていない蓮を見て産みの親は頭を抱えた。なんでこんなバカに育っちまったんだと。


花蓮は蓮の手を掴んだ。

しかしその手はすぐに離してストンと椅子に座り直した。


「???????」


頭にはてなマークが何個ついているだろうか。

目の前で起こっている簡単なことに理解が全く追いつかない。


のチャーハン1つ」

「お、おう…?」


蓮は戸惑いながらも厨房の親父にそれを伝えて席に戻った。





「おじさんおばさんご馳走様ー」

「おーう、またな花蓮ちゃん」

「はーい、ありがとねー」


花蓮はドアベルを鳴らして外に出た。

そして蓮も続いて外に出た。


「おい花蓮」


そう呼び止めると花蓮はくるっと後ろに振り返った。蓮は仁王立ちでその場に立っている。


「……」

「なに?」

「……」

「…なによ」

「………」

「……はぁ、わかったわよ」


何に痺れを切らしたのか花蓮は深いため息をついた。


「ご馳走様、これでいいんでしょ?」

「そうだ、店員には平等であるべきだ」

「そーねー」


蓮を軽くあしらって今度こそ花蓮は家に帰って行った。

完全に家に消えていくのを見終えた後、店の中に戻れば親父と母さんが席に座ってこっちを見ていた。


「なんだよ?」


「仲良くなったわね、花蓮ちゃんとも」


どこか遠い目で母さんは言った。


「そーか?まあ少しはあいつ丸くなったのかもな」


「いや、ちょっと似てきのかもな」


誰に?とそんな事は言わなくてもわかっていた。言った親父も、蓮も母さんも昔は全く感じなかった奈々の面影が少しずつ花蓮に見えていた。


それが意図的なものなのか自然的になのか。

それは本人にしか分からない。いや、もしかしたら本人ですら分からないのかもしれない。

















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