第12話 変わる日常

『チリリリリリリリリリリリリン!!』


そのうるさい目覚ましは何時いつものように蓮を起こした。


まだ開かない目をそのままに音のする方向へ手を伸ばし、うるさい歌の根源を止める。

そしてもう一度手を布団の中に潜り込ませ意識を夢の中に飛ばしていく。

二度寝だ。


『ゴンッ!ゴンッ!!』


お次はベットの横にある窓から音がなり始めた。こればかりはどうしようもない、鳴り止むまで布団に潜り込もう。


蓮は布団を頭まで被り二度寝の妨害を妨害する。

それから何度も妨害は続いたが、いつの間にか音は止んでいた。

そして『ドンドンドン…』と足音が階段から次第に大きくなって扉の前まで来た。


「蓮ッ!!あんたいつまでも私に起こしてもらってんじゃないわよ!!」


勢いよく部屋の扉を開けてその正体は入ってきた。


「……おっけいおっけい…」


布団から右手だけを少し出して手を振った。

その正体は目を開けなくても分かる。それは超能力でもなんでもない。いつも通りの日常だからだ。


その正体は蓮にまとわりつく布団をガシッと掴み、大きな素振りで身体から剥ぎ取った。


「……さみーよ花蓮。……あと五分だけ」


蓮はベットのシーツの中に四肢を潜り込ませ、何とか温もりのある場所へと避難した。


「時間みてよ!私も遅刻しちゃうじゃない!」


そんな事させまいとシーツも剥ぎ取り、目ん玉をほじくり出すように開かせ時計を目の前に持ってきた。


「……七時、十五分……」


徐々に思考が冴えてくる。

しばしばとしていた目は乾くことを知らないかのようにかっぴらき、時計の針をじっと見つめる。


血の気がどんどん引いていく。

サーっと上から下に引いていく。


「遅刻しちまう!!!」


「…そう言ったでしょ」


呆れたように花蓮が言う。


蓮は手すりを掴んでベットの下に足をつく。腕の力を使ってゆっくりと立ち、重たく硬い体を動かして下に向かう。


急ぎたいけどもゆっくりと。

ゆっくりと階段を下っていく。


花蓮は蓮よりも先に階段を下り玄関でローファーを履いている。


「それじゃ、今日は間に合うように」


蓮の方は向かず、でかい独り言をつぶやくようにして玄関から出ていった。


◇◇◇


『キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン……』


その音と同時に蓮は教室のドアを開けた。

席に座っている生徒は一斉にこっちを向く、という訳でもなくいつも通りの日常として見向きもしない。


「今日もギリギリだぞ九条〜」


覇気のない担任の声が黒板の方から聞こえる。

これもまたいつも通り。

奈々がいなくなってからの、当たり前の日常。


「すんませーん」


蓮は心のこもっていない謝罪をし、そそくさと自分の席につく。


「おっす蓮!今日は間に合ったなー」


篭丸が前の席から振り向いて言う。

小学生の時よりも一段と肌を黒くしている。


「あぁ…昨日遅刻したのを花蓮がどこからか聞きつけてな……。いつもよりも少し早い時間に起こされたんだよ」


蓮は大きな口をクラス中に見せびらかすようにあくびをした。


「…毎日毎日、花蓮ちゃんもすごいな……」


隣でそう言うのは巧だ。

蓮はそんな篭丸と巧の話を聞きながら鞄を机の横にかけ、睡魔に逆らおうともせずに机に突っ伏せた。

先生はそれをわかった上で蓮の名前を呼び頭を叩いていく。

これもまたいつも通りだ。




「おい、おーい蓮」


体を誰かに揺さぶられる。

ぼやける目を擦り視界がはっきりとするようになった。


「…もう昼だぞ」


篭丸や巧、他の友達が蓮を囲んでいる。

前に掛かっている時計を見ると針は12時30分を指している。


「や、やべぇ四時間ぶっとうしで寝ちまった…」


「久しぶりに見たな蓮のスーパー熟睡」


笑いながら巧が言う。

それを聞いて周りが笑う。

そんな何の変哲もないもない日常を蓮達は過ごしている。


「ほら、早く飯いこーぜ」


「おー」


気力のない声で返事をして固まった体を伸ばす。

そして鞄の中から弁当箱を取り出す、はずだった。


鞄の中で腕を無造作に動かしても何にも当たらない。不思議に思い、机の上に鞄を置き中身を確認するとあら不思議。底の見えるブラックホールではありませんか。


「……弁当忘れたわ」


「またかよォ」

「今日は俺少ねーから無理だー」

「この時間帯だと売店も売り切れてる頃だな」

「どんまい」


せっかく起きた体は机に吸い寄せられる。

いつの間にか机と体の距離はゼロセンチ。

起きる気力もゼロだ。


いや待てよ…?

もしかしたまだある。

いいや、もうこれしかない。


「おいおいおい…俺は考えついちまったぞ」


ギュインッと体を起こし全員の方を向く。


「なんだよ?」


思考をフル回転させ、行き着いたその答えは……


「───花蓮ところ行ってくるわ」


『いつものパターンじゃねぇか!』


怒涛のツッコミがクラス中に響き渡った。

しかし蓮はそんなのも知らんぷり、席を勢いよく立ち一目散に目的地へ向かった。


クラスで昼食を食べていた生徒たちはポカーンと、箸を宙に浮かしたまんま蓮が教室から出ていくのを見ていた。


周りにいた篭丸たちも同じように見ていた。


「前々から思ってたんだけどよ…花蓮ちゃんて蓮にもっと当たりきつくなかったか?」


「まぁ…あんな事あったら色々変わるだろ」


「だな…」



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