第11話 回る記憶
奈々が死んだ。
それは紛れもない事実だった。
葬式は俺が目覚める前に既に終わっていて、最後に顔を見る事さえ叶わなかった。
何も考える事が出来ないまま何日たったのか。
母さんが来た。
親父も来た。
監督とチームメイトも来た。
しっかりと顔を見る事が出来なかった。
みんなどんな顔をしていたのか。
どんな心境で来ていたのか。
ベットに寝転がったままの少年には分かりもしない。
『コンコン』硬い物がぶつかり合う音が響いた。
何の音か、そんな事は考える必要はなかった。目を覚ましてから、何度もその音を耳にしのだから。
硬く閉ざされている扉が開かれる。
一人、二人、三人、四人。
「…よう、蓮坊…!元気知ってかー?」
いつもとはまるで違う、作っているとしか言いようのない元気な男は三人の女を連れて病室に入る。
「…よっすおじさん。まだこの体じゃあ元気になれねー」
その空元気に合わせるように、今できる精一杯の元気を言葉に表した。
「「「「────」」」」
一同が戸惑う。
何を話せばいいのか、何をすればいいのか。
当の本人である蓮はこの四人を見ないで今日を終える程、肝が座ってはいなかった。
今できる範囲でその四人の顔をみる。
おじさんとおばさん、花蓮と美波。
奈々の家族だ。
全員の表情を見れる程蓮の間接視野は広くない。ただ、見れなくても分かる。誰も彼もが
前よりも痩せている。この場にいる全員が奈々の『死』を悲しんでいる。
「……」
蓮は何かを話そうとした。
しかし開いた口からは音がでない。
「……ご…」
震えそうになる唇を何とか抑え、言葉を紡ぐ。
蓮は泣くまい、と堪える。
この家族の前ではは涙を流してはいけないと考えていた。
「……めん。ごめんなさい……」
視線を天井に当てた。
小さな声は、少し大きめの病室に響き渡るかのようにはっきりと聞こえた。
おばさんは口に手を当て何かを抑えている。
視界がぼやけそうになるのを眉間に皺を寄せぐっ、と堪える。
「何言ってんだ蓮坊、お前は何も悪くねぇよ」
「そうよ蓮くん。あなたは何も悪くないわ」
二人はそう優しく、言葉をかけた。
二人の方に視線をやると本当に優しい顔で、言葉じゃ表わせないような悲しい顔をしていた。
「……お前、が、何で助けられてるのよ…」
少し震えた声は小さいけど耳に入る。
おじさんので隠れている声の正体は、おじさんが振り向いたことで現れた。
「何で、何であんたが助けないんだよ…!!」
壁を越えて隣の部屋まで聞こえる程の声量で花蓮は叫んだ。
その場にいる花蓮以外の者は固まって動けなかった。
美波が裾を引っ張るのを振り払い、ベットの横に来る。
「…ごめん」
「花蓮!!!!」
「やめなさい花蓮!!!」
謝ることしか出来ない蓮。
花蓮を止めようとするおじさん達。
それを不安そうに見つめる美波。
その様子は見えるのに、花蓮の顔だけは見れなかった。
「ごめんな蓮坊。今日は帰るわ。またな」
「じゃあね蓮くん」
美波は小さく手を振って、花蓮はおじさんに連れられて病室を後にした。
ドアがゆっくりと閉じていく。
ガチャんと閉まる音が聞こえ、病室にまた
一人となる。
病室はおじさん達が来る前よりも一段と静寂さが増したような気がした。
音のない病室は徐々に暗くなっていく。
太陽が沈み、廊下の電気が付き、病室の電気も付いた。
朝と昼同様に味気のない病院食が運ばれてくる。手を動かせない蓮は看護師の人に口まで運んでもらい飯を食べる。
その行動に恥ずかしいと言う気持ちは一切なく、作業のようにただひたすらと口を動かした。
夕飯も食べ終わり、また静かな時間を過ごした。何も考えれずただぼーっと天井を見つめるだけ。
いつの間にか病室の電気、廊下の電気は消え真っ暗な世界へ変わっていた。
蓮の心を表すかのようなその世界は無性に嫌な事を思い出させる。
ギュッとギプスを握りしめ、唇を噛む。
目頭がぐっと熱くなるのを感じながら蓮は目をつぶった。
────そしてすぐに目を開く。
涙とは別の水が体中にこびりつく。
息を荒くして心臓が耳から飛び出そうな程大きく動く。
「はぁっはぁっ──────────」
鼓動は徐々に加速していく。
目をかっぴらきどんどん息が荒くなる。
頭の中のフィルムが高速回転しているようにあの光景が回る。
目が回る、心臓が回る、頭が回る。
体温が上昇し体中の水分を奪っていく。
「奈々…奈々、奈々、奈々─────」
口が勝手に動く。
「───────ぎゃア"ア"ア"ア"ア"ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」
その常軌を逸した叫び声は病室内だけでは収まらず、病院全体に響き渡る程だった。
「大丈夫ですか!?!?九条さん─────!!」
看護師が声をかける頃には、蓮の意識は飛んでいた。
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