第10話 真実

雨を弾くアスファルトの上を走る。

しかし前にいる奈々にいくら走っても追いつかない。


───待てよ奈々っ!!


腕を伸ばし、手を掴もうとするがとどかない。


そのまま奈々は薄暗い道を一人突き進み、消えた。


◇◇◇


目がゆっくりと開いた。

霞む視界に映るのは見覚えのない天井。

目だけを動かし足下の方を見ようとすると

人工呼吸器がつけられている。


「──っ!!」


首を動かそうとすると激痛が走った。

痛みで目に涙が浮かび、また視界が霞む。


「…あれ、手が───」


涙を拭おうと手を持って来ようとしたが、動く気配がない。

目を動かすとぐるぐる巻かれた包帯が見える。ガチガチに固定されてる腕は動かせそうにない。


蓮はどこかの病室で入院している。

期間は分からない。

ただベットの横には点滴スタンドが立っていて腕に管が繋がっている。


目だけ動かすのも疲れ、何が起こったのか分からないまま、ただ天井を見つめ続けた。


『コンコンコン』


病室の扉が叩かれた。

数秒の沈黙をおき、扉の開く音が聞こえた。


目を動かしそっちを見る。

入ってきた人間はまだ遠くて分からない。

しかし、何かを落としたような音が聞こえベットに駆け寄ってきた。


「蓮!俺が分かるか?!」


ベットの横に手をついて問いかけるのは父親の善仁。


「…何言ってんだよ。分かるに決まってんだろ」


思ったよりも声が出ない。

かすれ切った音が二人の耳に響く。


善仁はナースコールを押した。

直ぐに女の看護師さんは来て、蓮を見た瞬間何が起きたのか理解をし踵を返して先生を呼びに行った。


蓮は目が疲れ、瞳を閉じた。

善仁もそれを分かったのか蓮が目を瞑っていても、話し続けた。


「……何があったか、覚えてるか?」


家や店にいる時とは違う、そんな神妙な話し方で蓮に聞く。


頭の中で病院の天井を見る前の事を映した。

何秒か、いや何分かは何も出てこなかった。

なぜ自分がここに。なぜ怪我しているのか。


『思い出せん』そう父親に言おうとした途端、走馬灯のように鮮明に描かれた映像が映画のように流れ始めた。


雨の中、ひとつの傘に二人で入っていた事。

雨が傘や地面を撃ち、周りの音が聞こえにくかった事。

何か光るものが蓮と奈々を照らした事を。


───そして


「車に轢かれた」


蓮の意志とは別で勝手に口が動いていた。

目を開き善仁の方を向く。

その悲しそうな表情を初めて見る。


蓮にとっても異質な空間に、嫌な空気が降り注ぐ。


「……」


言いずらい事でもあるのか、善仁は口を小さく開いたり閉じたりと声が着いてこない。

いつも男らしい彼を知っている者からすると、それはとても奇妙で少し怖かった。



横目で見える扉がゆっくりと開く。

蓮の病室に四人はいってきた。

白衣を纏う人が二人、看護師が一人、何の人が分からないのが一人。


善仁にペコりと挨拶をして蓮の方まで歩いてくる。

善仁は「みんなに電話してくるわ」と言って入れ替わりで病室を後にした。


「初めまして蓮くん」


白衣を纏う医者の一人が挨拶をする。

眼鏡をかけて、マスクの上からでも分かる顔に深く刻まれた線がベテラン感を強調させる。


「……」


どう返したらいいのか分からない。

蓮はただ、目だけを医者に向けた。


「君に何があったのか、覚えているかい?」


優しい口調で問いかけた。

小さい時に優しくしてくれた祖父を連想させるその声は、安心と不安を駆り立てる。


「…多分おぼえてるっす」


思い出しているはずなのに『多分』と付ける。蓮は少しの不安を誰にも分からないように訴えた。


「…良かった、脳には問題が無さそうだ」


医者はそう言うと横にいる、看護師ではない一人の女性に目を向けた。

その女性は善仁と耳元で話をし、医者と場所を入れ替わる。


「初めまして蓮くん。私は貴方のメンタルケアをする事になった真宮まみやです」


「はあ…」


メンタルケア??俺の??

何で俺のメンタルケアなんか、と不思議に思いながら定まらない返事をした。


「まず蓮くんに伝えるなきゃいけない事があるの」


一度言葉を区切り唾を呑み込む。

周りの人間も唾を呑み込むような錯覚も見えた。当然全員がほぼ同時に呑む何て事ありえない…蓮は錯覚だと思い込み話を聞いた。


「…信じたくない話だとは思うけど、しっかり受け止めてね」


「……信じたく、ない?」


先の話を醸し出す様に言う。

一体何の事なのか、蓮にはまだ検討もつかない。


「蓮くんが交通事故に会った時に一緒にいた葉月奈々さんの事です。

蓮くんは交通事故に会ってから約一ヶ月の間寝たっきりだったの」


「一ヶ月も……?」


信じ難い話を理解出来ず混乱する。


「そう、あなた達は酷い怪我をしたの。

でもここにいる先生が何とか手術を成功させて一命は取り留めたの」


先生とやらに視線を向ける。

頭を下げようと思いもしたが、それ以上に脳を埋め尽くす疑問があった。


「奈々は?」


鼓動が早くなる。

息が乱れ酸素マスクの色が白く濃くなる。

少し、ほんの少しだけ嫌な予感が過ぎる。

心の中で思うだけでも吐き気がする嫌な予感が。


「…亡くなりました」


渦巻くように天井が遠くなる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」


同じ映像が何度も、何度も頭に流れる。

フィルムが幾つもコピーされ脳に張り付く。

目は閉じれない。瞼を閉じたところで見たくもない映像が何度も映る。


光が俺たちに近づく。

その光はどんどん濃くなっていく。

右を見れば鉄の塊、そして左にいたはずの奈々が目の前にいた────。


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