第5話 最高で最悪

(あと、5分か……)


汗が額から流れ、袖で拭う。

ボールがタッチラインを割った頃、監督が手のひらを広げて残り時間を知らせた。


点が動かないまま、試合も終盤に差し掛かる。


「1点決めるぞー!!!!!」


籠丸のデカい声がコートに響き渡る。


成悟がスローインをしてボールがコートの中に戻った。

楽はワンタッチで前を向いたが、硬いDFに阻まれた。


「後ろ!」


ボールは成悟に渡る。

そのまま横にずらし大きく蹴る。

ボールは宙に浮き逆サイドの宏に渡った。


VANSはDFを固めている。

FW一人を前線に残して他は守備に回っている。


巧が下がってボールを貰う。

後ろからのチャージが激しいが遠い足でボールをキープする。


後ろ向きのまま左手側にボディフェイントを入れて一人剥がした。


左で持ちながら中にドリブルで運んでいく。

周りを間接視野で見ると一人猛スピードでスペースに走り込む選手が視界に入った。


巧はそこ目掛けて、鋭いパスを蹴り入れた。



◇◇◇


「花恋?」


「ん?」


無言でずっと試合を見ていた二人。

急に奈々が話しかけた。


後半が始まってもうすぐ20分が経過しようとしている。蓮は二、三枚のマークに付かれてフリーになる事が少ない。


いつもならもう四点は取れているところなのに…やっぱり決勝ってすごいなぁ。と感じる。


それでもみんなは勘違いしてる。

蓮の本当に凄いのはキレキレのドリブルでも必ず決めきる決定力でもない。


どんなボールでも足に吸い付いてしまうトラップだ。


「蓮の一番すごいところってなんだと思う?」


何でもない日に聞いても花恋は悪態をついて言わない。けどサッカーの試合に熱中している時は違うの──


「そんなんトラップに決まってるじゃん」


何を当たり前の事を、と言うような顔をしている。


「そうよね」


私は無性に嬉しくて笑顔になった。


やっぱり私と同じように…いや違うかな。

私と違って小さい頃からサッカーを一緒にやってた花恋。

私よりも蓮のサッカーを見て、実感している。


あの上手さを、あのセンスを。努力を。

スポーツ選手として感じているのかも。


なんだかんだ言いながらいつも集中して見てるもん。感じてるに決まってるよね。


「奈々姉?どうしたのボーッとして」


「うんうん、何でもない」


「そっ」と言って奈々は試合に目を戻した。

奈々もまた試合に集中し始めた。



◇◇◇


レーザービームのように鋭いボールが走る。

膝あたりまで浮いたそのボール。

CBの間目掛けて飛んでいった。


蓮は全速力で走った。

ボールは必ず来ると信じ、後ろを振り向かず斜めに走り込む。


ボールが来るのが分かる。

浮いたボールを左のアウトサイドで流れるように吸収し、自分の前に落とした。


「「!?!?!?」」


CBの二人は驚きを隠せず戻る一歩が遅れた。


ゴールを護る者は竹林ただ一人。

トラップ際を狙って詰め寄って来ている。


「…さすが、だけど──!」


蓮はボールをすくうように宙に浮かせた。


手を広げて飛び出した竹林の前にボールは無い。宙に浮き、竹林のいた場所と入れ替わるようにボールはゆっくりとネットを揺らした。


歓声が何秒か遅れた。

会場の全員、ベンチにいる全員、コートの全員が目を丸くしているのだろう。

それ程今のゴールは芸術的で心を折る、最高で最悪の点となった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る