第3話 試合開始

『ピーッ!』


その合図でピッチに立つ選手の脚はいっせいに動き出した。


蓮は最初にボールの渡った中盤にプレスをかける。相手は綺麗なトライアングルを創り3対1の鳥籠のようにパスを繋いぎサイドに繋げた。


バンズの両サイドハーフは県内でもかなり早い快速ドリブラー。


ワンタッチで縦にポンとボールを運び宏を抜いた。


「カバー入れ!」


大西が左バックの成悟に声をかけて位置をずらした。


大西が距離を取って剥がされないようにステップを踏む。


対してバンズの快速は細かいタッチで揺さぶる。


(──来るぞッ!)


相手の姿勢が低くなる。

タッチに緩急をつけ始め、


「なッ…!」


大きいタッチで大西をぶち抜いた。


逆を疲れた大西は盛大に尻もちを付き、後ろに消えたボールを目で追うことしか出来なかった。


そのままペナルティエリアに侵入していく。

待ち構えるのは左バックの成悟。

そのカバーに凛が入る。


中には楽と巧がクロスを待つ相手をマークしている。


独特なリズムで成悟を揺さぶる。

身体を大きく横に振り成悟の逆を取る。


「しまった!!」


その一瞬で空いたコースを見逃さない。

バンズの快速ドリブラー、宮原大智みやはらだいちはゴールに一直線のボールを放った。


「させてたまるかッ───!!」


素早い瞬発力と自慢の跳躍量を魅せる絶好の機会。


緑色の芝にスパイクのポイントをつけた。

力強く地面を蹴りサイドネットを揺さぶろうとするボールを両手で『バシンッ!!』と音を鳴らして止めた。


『うおおおおぉ!!!!!』会場が歓声を上げた。


「ナイスキー篭丸ーー!!!!!」


「サンキュー篭!!」


立ち上がった篭丸は片手を上げて親指を立てて見せた。


「ライン上げろー!」


前に行けと手を使いながら指示を出す。

ボールを手で持ちながらペナルティエリアギリギリまで行く。


「蓮!!」


『ボン』と鈍い音と共に綺麗な弾道をしたボールはFWの蓮の所目掛けて走ってきた。


手を使い後ろからチャージをしてくる相手を押さえる。


ボールは胸にポンッと乗り足下に落ちた。


「蓮!ヘイ!」


「こっち!!」


後ろ向きになった蓮の目の前にいる凛。

もう一人は右サイドに開いた巧がいる。


選択肢は3つ。

凛に出すか巧に出す。

そしてもう一つ。


自分で抜き切る事だ!!


アウトサイドでちょんちょんとタッチをし、くるりと相手と入れ替わる。


それに反応した巧が抜ききった蓮の斜め前に走り込んだ。


「蓮!!」


相手のサイドバックの裏をインカーブで足下に吸い付くように出した。

それは巧の足とボールに糸が繋がっていたと思わせるような鮮やかなスルーパスだった。


SBの裏を取った巧はCBと1体1。

中には蓮と楽、こぼれを狙う凛。

そして巧のサポートに入る宏。


しかし巧がサポートを使う事は殆どない。

なぜなら───こいつのドリブルは止められないから。


簡単な足技でも磨けば最高に輝く武器になる。


キレのあるシザース。

まるで本当にカットインをするんじゃないかと思わせる程に。


左足で1回跨ぎ右足でポンと前に出した。

CBはシザースに騙され一歩遅れる。

実質フリーの状態で巧は得意の右足でゴロ球のクロスを入れた。


地面を擦れながら曲がっていく。

ボールが目指すのはポスト前に走り込んでいる蓮だ。


相手の前に入り込み自分の前に入れさせない。


軸足に体重を乗せた。

ダイレクトで撃つ時は振り切ってはダメだ。

ボールに足を当てるだけでいい。


ボールはあと少しで蓮の足に届いた。

しかしそれを邪魔する形でスライディングをした相手がボールを止めた。


ボールはラインを割りコーナーキック。

キッカーはゴールに直接狙える様に左利きの楽。


蓮たちはペナルティエリアの外で固まっている。


キッカーが手を挙げた。

蹴る合図だ。

楽は助走をつけて走り込み、ゴールに吸い込まれるように蹴った。


蓮たちはボールが蹴りあげられた瞬間、ニア、ファー、こぼれ、とそれぞれの位置に走り込む。


ボールは円を描くように曲がった。

直接ゴールには行かずファーにいる大西に向かって行く。


大西は競り合いながら高くジャンプをした。

ボールはピンポイントで頭に当たり強烈なヘディングがゴールに突撃した。


しかしそのシュートはキーパーではなくクロスバーに阻まれ相手DFが大きくクリアをした。


◇◇◇


「あーっ!!おっしい…!!」


奈々は妹の花恋を連れて蓮たちの試合を見に来てた。


三女の美波は「暑いから私の分までよろしくぅー」と奈々に言って家にいる。


「あんな決定機外すなんて情けない」


「花恋そんな事言っちゃダメでしょ。

…確かに今のは決めて欲しかったけど」


当の本人、大西君は一瞬頭を抱えていたけどすぐに走ってボールを追いかけてた。


「前半のうちに決めておきたいね」


奈々が試合を見守りながらそう言うと──


「…別に私はあいつらなんか応援してないし」


──と少し素直じゃない花恋はいつもこう返す。


そんな所がとっても可愛いんです。ちなみに花恋もサッカーをやってます。準々決勝で負けちゃったけどとっても上手です。


蓮には及ばないかもしれないけど底らの男子なんかには負けるはずがありません!


奈々と花恋な試合を見ながらも話していると展開が大きく動いた。



◇◇◇


ハーフラインで蓮がボールを奪った。

前を向き逆サイドで走り出した楽にパスを飛ばす。


会場はそのパスで歓声をあげた。

走っている楽の足に吸い付くように飛んでいきワントラップでDFを一人剥がした。


楽はスペースに入り込んだ蓮にリターンをした。


「10番にボールを持たせるな!二人でいけ!!」


相手監督のデカすぎる声が会場全体に響き渡った。


監督の指示通り蓮にマークが二人つく。

選択肢は何個でも存在する。

そん中で俺が一番目立って輝く選択肢。

やっぱりこれしかねぇよな…。


蓮はパスを出さずにボールを運ぶ。

姿勢を低くしタッチは柔らかく。

リズムを崩しながら揺さぶる。


右にボディフェイントを入れて一人目が簡単に釣れた。

試合中の1体1程簡単な物はないと思う。

みんなサポートが何人もいると思っているから。


でも実際は全然いない。

一人抜いたらあと一人だけ。

流れに乗って前に行く。


DFはそれに反応して足を出した。

その瞬間蓮の軸足はバネのように縮んだ。

そして次の瞬間にはボールと一緒にDFの前からは消えていた。

代わりにいた場所はゴールとボールを結ぶ場所。


DFが気づいた時にはもう遅かった。

地面に穴を空けるのかと思う程強く踏み込み、手でバランスを取りながら右足を振り抜いた。


ボールは物凄いスピードでキーパーの手を通り過ぎネットを揺らした。


一瞬会場は静まり返った。

しかし次の瞬間ベンチの歓声が、スタンドにいる俺たちを応援してくれている人達からの歓声が鳴り響いた


『うぉぉおおおおぉぉおおおおお!!!!!』


蓮は右手を突き上げてベンチに向かった。














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