第69話

 戸惑っているあゆみとひみかを後目にメアリーは傍へ寄る。そしてしゃがみこんだ後、アンリの身体を横にしながら二人に手招きした。

「と、とりあえず。このままじゃしゃあないやね。吐き出させよう」


「で、でも、吐き出させるってどうやってやるのさ」

「そんなことできるのかい」

 言われた若い二人は困惑顔を浮かべつつアンリの傍に近寄っていく。


「背部叩打法を試してみよう」


「ハイブコウダホウって、な、何それ?」


「老人が餅を喉に詰まらせたときにやる奴だよ。身体を横向きのままにしたいからそのまま持ってておくれ」

 お正月に餅を喉につまらせてお年寄りが亡くなるというニュースを耳にすることがあるが、そんなときにまず対処法の一つとして利用されるのが背部叩打法だ。

 手のひらの付け根で肩甲骨辺りをバシバシと叩くというもの。流石に養護教諭でもある彼女はその作法が頭に入っていた様だった。


「ああ、うん。わかった」

「これでいいかな」


 ひみかはあんりの頭を膝枕状態にして乗せる。そしてあゆみはそのまま横になったあんりの身体をそのまま支える形になった。が、


「いくよ! …………ぬ? こりゃまずい」

 

 メアリーが思いっきりあんりの背中を叩こうとしたその瞬間。ぼわーんと彼女の口から黒い煙が吐き出された。


 メアリーは異常に気付くすぐに身を引く。


「こ、これは。ヘビ?」


 あゆみもそれにすぐ気づいてひみかの手を引いて立ち上がらせる。

「まだ、動く気力があるんだ。全くしつこい奴だね」 


 呆れように言うひみか。対して膝から落ちたあんりの身体は地面にべちゃりと落ちた後、うずくまった様な姿勢のままゆっくりと身を起こす。そして、

「ぐるるるるるるるるっるるるっるああああああああああああ。その通りだ。まだだ、まだまだまだまだまだまだまだ、私は諦めぬ。諦らめぬぞ」

 彼女の口からは煙と共に辺りに響き渡る様な低く太い吠え声が吐き出されていった。


「ふん、そんなこと言ったってヘビよ。これ以上抵抗しても無駄だよ。お前の本体である石は砕けている。100%の力も出せないだろ」

「そんな事は百も承知よ。だがな、この身は貴様らの仲間であろう。傷つけることはできまい」


 身体をくねらせていうあんりのその瞳は真っ黒だ。ヘビが体内に宿る事により彼女の身体を動かしているのだろう。更に口からは長い舌が這い出して来る。一瞬これもヘビの影響かと想ったが、よくよく考えたらそれはあんりの身体の特性だった。


「な、ナメ山さんの身体をどうするつもりだ」


「ふん。大した力もない半端な身体の様だが贅沢は言えんのでな。この身体を宿り身にして力を溜めさせてもらうとしよう。そして、時が満ちたら真の姿を取り戻す。それまで仮初の身体として利用させてもらう」


「そんな事はさせないぞ」


「邪魔はさせん。そうさな、まずは貴様らの精気を吸わせてもらうとするか」


 言うとあんりの身体から長い舌がびよーんと伸びてあゆみとひみかの方へ向けて襲い掛かろうとする。が、


 ズシャッ。鈍い音が響き渡ったかと想うと、


「ぐぎゃああああああああああああああ」


 凄まじい叫び声が響き渡った。メアリーが長く爪を延ばしてあんりの舌を切り裂いたのだ。


「にゃ、にゃんでゆぇ? にゃ、にゃかまじゃにゃかったにょか」


 舌が傷つけられて上手くしゃべれないながらもヘビは混乱した声をあげる。


「ふん。確かにそいつは仲間というよりも深い腐れ縁の仲さね。でも、だからこそ遠慮なんかないんだよ。あゆみ、後はどうする?」


「ありがとう、メア姐。ひみか、ごめん。最後にもう一度力を貸してくれないか」


「うん。いいともさ。終わったらいっぱい暖めてくれよ」


 言われたひみかはそれだけで吞み込んだようであゆみに向かって笑顔で言った。


「あ、ああ。勿論だよ。じゃあ、頼むね」

 

 あゆみは顔を少し赤くしながらも彼女の肩に両手を置くと力を込める。


「はあああああああああああああ」


 ひみかはその力を全身に受け止めると持てる力の全てを傾けて右手をかざし冷気の塊をあんりinヘビに向けてぶつける。


「しょ、しょんにゃ~。こりぇでおわりにゃんてえ、あんみゃりだぁ~」


 ビシッ!


 情けない断末魔を一つ残しナメ山あんりの身体は全身凍り付いた。

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